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No.144 サル、ムササビ、そしてドローン

2019年10月発行

サル、ムササビ、そしてドローン

岡野 美佐夫(WMO)

ムササビとサル

サルに発信器を装着しようと群れを追跡し、捕獲チャンスを狙っていた時の話である。

林の中でゴッゴッというサルの威嚇の声があがり、ほかの個体もそれに追随して威嚇しながら何かを追いかけるような騒ぎが起こった。また群れの中で喧嘩が起こったのだろうと様子をうかがっていると、いつもと様子が違う。悲鳴をあげて逃げ回るサルはおらず、聞こえるのは興奮して威嚇するサルの声だけである。

これはサルではなく、別の生き物が追われているのかと林内をうかがうと、何かを追いかけるように林縁部に出てきたサルの前には、いつの間にかムササビがころがっていた。すでに負傷しているらしく虫の息の状態である。

興奮したサルは林縁部に出てきてヒト(私)に気づくと慌てて林内に戻ったが、興奮は収まらない。林縁部でムササビと私とを交互に見ていた1頭のメスザルが私の目の前に出てきて悲鳴のような声を挙げながらムササビをつかんで放り投げるような動作をする。ヒトを怖れ腰が引けているせいか、ムササビをしっかりつかめず、うまく放り投げることはできなかったが、異様な興奮状態であった。

半ばサルを蹴散らすようにして私がムササビに近づくと、すでに絶命したようで息はなく、千切れた尻尾のようなものが付近に落ちていた(写真1)。おそらくサルが噛みちぎったのだろう。

写真1 尾を食いちぎられたムササビ

サルがムササビを襲う場面は、数年前にも目撃している。このときには、サルの群れの頭数を数えようと我々は道路に待機し群れが道路を横断するのを待っていたのだが、群れは斜面上部にいてなかなか降りてこなかった。そのうち上部から喧嘩のような騒ぎが聞こえてきた。何頭かのサルが興奮した様子で威嚇の声をあげている。その声は収まることなく、むしろどんどん興奮度合いを高めながら、他の個体にも拡がり次第に斜面を下ってきた。声の方向をうかがっていると、何かが薄暗いスギの林内を飛んでくる。サルはますます興奮した声を挙げながら、そのあとを走って追いかけてくる。はじめは鳥かと思ったが、それは羽ばたきをしない。ということは鳥ではなくムササビか?

やがてその動物は地面に降りたらしく、興奮したサルが地面の何かに噛みつくような動作を繰り返している。その後も数分は興奮したサルの声がしていたが、やがて騒ぎが収まり、サルが斜面上部に戻って行ったので、林内に確認にはいった。地面にころがっていたのは、やはりムササビだった。発見した時点で完全に息はなく、背中側から噛まれて絶命したようであった。

 

林内でサルを追跡しているさなかに、サルとムササビとが遭遇する場面をみたこともある。このときもスギ林の中だったと記憶しているが、オスザルが威嚇の声をあげながらスギの木を登っていく。20mほどはあろう木を登って途中から姿が見えなくなるが、威嚇の声は出し続けている。ほとんどてっぺんに登ったと思えるあたりで威嚇の声がすると、そのあたりから飛び出し滑空するムササビの姿が見えた。そのとたん威嚇していたオスザルは滑り落ちるように木を下り、ムササビの飛んで行った方向めがけて林床を走り、ムササビが飛び移ったらしきスギの木を登って行って、再び威嚇の声をあげた。このときはその後どうなったかはわからなかったが、執拗に追いかけていたのはオスザル1頭のみで、やがて威嚇の声も収まったことから、ムササビは逃げおおせたのではないかと思う。

ムササビは鳥のように羽ばたくことはせず、皮膜を拡げて滑空するだけであるから、サルに追われて別の木に飛び移っても、すぐにサルが追いかけてくると木を登ることができず、再び慌てて滑空することになる。これを繰り返すと次第に高度が下がり、しまいには地上に着地する。地面に降りるとすばやく動くことはできず(佐伯 2012)、サルの攻撃をやすやすと受け、たいていの場合絶命するようである。

 

そもそもサルはなぜこれほど興奮してムササビを攻撃するのだろう。ムササビをサルが襲うという場面は、佐伯が目撃した事例のほかに神奈川県小田原市(頭本ら 2002)、長野県地獄谷、岡山県真庭市(大西ら 2010)で報告されている。

いずれの報告でも、サルがムササビを噛む行動や引っ張る、または抛るような行動が目撃されているが、ムササビを食べたという例はない。報告されたどのケースでもムササビは死ぬかほとんど動けない状態になっているので、サルが食べようとすれば食べられるはずである。しかしそうした目撃報告がないことから、サルはムササビを捕食対象としては認識していないのは間違いない。

ではなぜか?

おそらく林内を滑空するムササビは、サルにとっては脅威の対象であり、恐怖を感じて興奮状態になり、集団で威嚇・攻撃するのではないかと思う。タカ類やフクロウ類、カラス類などが現れると、小鳥が群れを作ってつきまとい、追い払う「モビング」と呼ばれる行動が鳥類では確認されているが、サルがムササビを攻撃するのはこの「モビング」に近い行動なのではないかと私は考えている。

樹上はサルにとって安全地帯で、人も野犬も近づくことはできないため、安心できる場所である。しかし、この安全地帯にはいってくる外敵がいる。それはクマと猛禽類である。クマと遭遇した場合もサルは非常に警戒するが、その敏捷さを考えると元気なサルがクマに襲われることはまずないと考えられる。

しかし猛禽類の場合は違う。岩棚に作られたイヌワシの巣の下ではサルの骨が見つかることがあるそうなので、イヌワシはサルをハンティングすることがあるようである。クマタカもまたサルを捕食する。青森県でのサルの調査中に同僚の調査員はクマタカがサルをハンティングする場面(このときには失敗に終わった)を目撃している。群れはオトナのオスを除いて一斉に木にあがり、クマタカのハンティングを回避しようとしたそうである。

上空をジェット機が飛んで轟音があたりに響いた時に、何頭かのサルが悲鳴を挙げ、オスのサルが木のてっぺんに登って、ガガガと威嚇の声を出すのを見たこともある。サルにとって空から来るものは、脅威ととらえられるようである。

ムササビは木の葉や種子、花などを食べる植物食であり(曽根ら 1996)、サルを攻撃するとはとうてい考えられない。ただし夜行性であるため、サルの泊り場の周辺を夜間に飛んでサルを脅かす可能性はある。

ニホンザルが他の動物と出会った際の行動について、大西ら(2010)がまとめているので、それを一部改変して表1に示した。ムササビに対する行動は、今回の観察とほぼ一致し、またイヌワシ、クマタカといった捕食者を警戒する行動も同じである。

 

表1 ニホンザルと他種との関係 (大西ら2010を抜粋、一部改変)

動物種 調査地 ニホンザルとの関係 ニホンザルへの反応
ヌートリア 勝山 なし 複数頭が集まって見るが、接近・警戒・攻撃はせず。
ムササビ 勝山 一部の採食品目が一致 滑空時に集団威嚇。複数個体による執拗な追跡・威嚇・攻撃。
小田原市 一部の採食品目が一致 事例1:負傷して地面にいるムササビに対して、遠巻きに囲んで声を出す、尾をつかんで投げる。ムササビが移動するとサルはその場を離れた。
事例2:木の上のムササビをオスザルが威嚇。ムササビが滑空すると集団威嚇と追跡が生起。ムササビは地面に落ち、周囲を取り囲んだ個体から複数回攻撃を受けた。
二ホンノウサギ 勝山 なし 反応なし。
タヌキ 金華山 なし 倒木の洞で弱っているタヌキをサルの集団が発見。第1位オスが威嚇音声を発し、数頭が集まる。生体メスが威嚇音声を発する。約1時間で集団は離れた。
白山 なし 反応なし。
イヌ 嵐山 捕食者 捕食による死亡事実のみ記載。
高崎山 捕食者 全個体が逃避し、木に登る。木に登った後は基本的に反応なし。
下北西部 捕食者 警戒音声を発し、避難する。
淡路島 捕食者 距離が離れているときには警戒音声を発し、多くの個体が木の上に避難する。距離が近づくとすべての個体が素早く餌場から森の中へ避難する。
ニホンジカ 屋久島 一部の採食品目が一致 基本的には反応なし。
金華山 一部の採食品目が一致 反応なし。
淡路島 一部の採食品目が一致 基本的には反応なし。
イノシシ 嵐山 食物資源競合 基本的には反応なし。
箕面 食物資源競合 反応なし。
クマタカ 広島市 捕食者 ニホンザル成体メスが捕食されたという間接証拠の記載のみ。
山形県西吾妻山 捕食者 群れのすぐ頭上にクマタカが急接近した際、成体オスと成体メス数頭が警戒音声を発し、他のサルは一斉に避難し、クマタカが飛び去った方向へ成体オス3頭が威嚇音声を発しながら追跡した。
イヌワシ 下北西部 捕食者 上空を旋回中は反応なし。子ザルへの攻撃を試みたイヌワシに対して成体が警戒音声。
トビ 勝山 なし 高高度を飛ぶ場合は反応なし。低空を飛ぶとコザルが悲鳴を上げ、母ザルが子ザルを回収する場合がある。
金華山 なし 頭上をかすめ飛ぶが反応なし。
淡路島 なし 10-15mの高さを飛んでも反応なし。

 


ドローンによるサル管理の可能性

ムササビに遭遇した時のサルの異様な興奮状態から、「空からやってくるもの」をサルが非常に警戒することがわかる。

この観点からサルの被害対策に有効と思われるのが、ドローンによる農地からの追い払いである。

動物用GPS首輪を製造販売している(株)サーキットデザイン社とともに神奈川県の研究開発事業としてドローンによるサルの追い払い試験を行ったことがある。

これはGPS首輪を装着したサルの位置情報をドローンがリアルタイムで受信し、自動追尾するシステムである。ドローンには威嚇音発生装置がとりつけられていたが、これを使うまでもなく、サルはドローンが上空から接近するだけで、林内をどんどん逃げ、農耕地から遠ざかって行った。

この様子は(株)サーキットデザイン社のホームページにアップされているので、ご覧いただきたい(https://www.tracking21.jp/news/2017-02-16)。欠点は、GPS首輪のバッテリー消耗が激しい点である。

サルの位置を常時把握するために2秒おきに測位させるが、このやり方だとGPS首輪のバッテリーが2日ほどしか持たないという。サルの位置特定を通常のビーコン型発信器で行えるようになれば、実際の被害対策に使えるようになるだろう。

将来的には、山林と農地の境界付近の木の上にドローンの巣(充電基地)を置き、ソーラーパネルで発電して飛行時間の短いドローン(通常は20-30分しか飛べない)のバッテリーを充電し、サルの発信器の電波を受信したら現場に急行して、農地から山林内へサルを追い払うということも可能になるのではないかと考えている。

 

参考文献

大西賢治,山田一憲,中道正之 2010: ニホンザルによるムササビへの攻撃反応. 霊長類研究26:35-49.

頭元昭夫,広谷浩子 2002: ニホンザルがムササビを襲う.自然科学のとびら 8:6.

佐伯真美 2012:サル観察時のまれな事例に思いをはせる. FIELD NOTE113:8-11

曽根晃一,高野肇,田村典子 1996:弾森林科学園におけるムササビの植生の季節変化および夜間灯の設置が給餌に及ぼす影響.日林誌78(4):369-375

 

参考資料

ドローンを利用したサルの追い払い

https://www.tracking21.jp/news/2017-02-16

地獄谷野猿公苑

 http://blog.livedoor.jp/cpiblog00543/archives/50330918.html

http://blog.livedoor.jp/cpiblog00543/archives/50525356.html

 

 

 

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