No.110 欧州視察 ~ドイツTuebingen~
2011年04月発行
欧州視察 ~ドイツTuebingen~
山田 雄作 ( WMO )
はじめに
昨年9月、欧州におけるシカや森林管理について学ぶためドイツとイギリスの視察を行ってきました。移動日を含めると合計10日間を以下の日程で行いました。
訪問日程(ドイツ)
1日目(9/12) 成田空港出発-ドイツStuttgart空港到着
2日目(9/13) Baden-Württemberg州の食糧庁へ訪問後、Freiburgへ移動
3日目(9/14) Freiburg政府訪問後、Schluchsee(黒い森)へ
4日目(9/15) Tuebingen を訪問
5日目(9/16) FreiburgにてDr.Pabstと面会、バスでbaselへ移動
Euro国際空港-ロンドン Heathrow国際空港到着
6日目(9/17)~10日目(9/21) 英国視察
Forest Research Institute、New Forest訪問後、帰国
Forest Research Institute、New Forest訪問後、帰国
4日目 –Tuebingen-
上記の訪問日程のなかで、今回は4日目(9/15)に訪問したバーデンヴュルテンベルク州(以下、BW州)のチュービンゲン( Tuebingen) での視察内容を紹介します。
チュービンゲンはドイツの南西部に位置し、BW州の東側に位置する都市です。前日の3日目 (9/14) はドイツ南部のフライブルグに滞在していたため、朝からバスに乗り、3時間ほどかけて現地へ向かいました。ドイツに来てからバス移動が多く、ほとんどの時間で広大なドイツの田園風景 (写真1) を眺めながらの移動となりました。
チュービンゲンに到着すると営林局の森林官が出迎えてくれました。森林官の方々にはBW州の森林の変遷や、森林管理、野生動物の管理など、現地を巡りながら案内をしてもらいました。
野生動物-アカシカとノロジカ-
ドイツには複数のシカ科動物 (ヘラジカ、アカシカ、ダマジカ、ニホンジカ、ノロジカなど) が生息しており、今回説明を受けたアカシカとノロジカを中心に紹介する。
・アカシカ( Cervus elaphus )
ニホンジカと同様のシカ科シカ属に分類される。体長は約2m、肩高1.3m、体重110kgで枝分かれする立派な角をもつシカ( 写真2 )。
・ノロジカ( Capreolus capreolus )
ノロジカはアカシカよりも小型の偶蹄類で、成獣で約20kg程度である( 写真3 )。また、ニホンカモシカのようにテリトリーを持ち一定の場所に単独で生活をしている。
年間で活動性が異なり春には活動的になり初夏になると休息している時間が多くなる。7-8月は発情期、秋に落葉が始まると隠れて不活発になり、晩秋になると再び活動的になる。真冬では不活発になる。
アカシカはウシのように一面を採食するが、ノロジカはカモシカみたいに選択的に採食をするつまみ食いタイプ。年間の捕獲数は約100万頭。
BW州の森林と木材利用
ドイツにおける中世の森林はナラとブナを主体とした落葉広葉樹林であった。現在のトウヒを主体としたドイツの森林は約200年から150年前くらいに成立した森林である。
森の多様性は歴史と関係しておりBW州の800年前の生態ではブナ( 他にカシ、モミ )が多かったが、森林面積は13世紀までに小さくなり、樹種も人間活動により大きく変わってしまった。
18世紀の終わりから19世紀の初めにかけて規制により森林が再生できる範囲の伐採が許可された( 19世紀初頭に初めて文章化された )。これ以降、私有林を除く、州有林と公有林に関してデータをとっている。
1850年では州有林と公有林合わせて約100万haあり、その時点でブナは40%、カシは10%、モミは13%に減ってしまった一方、植林や自然に生えた9%のマツ、20%のトウヒ( 人工林 )とその他の8%( シラカバとかポプラなどのパイオニア種 )は増加した。
1850年以降は営林管理の形態が変化し、区分けして植林がされた( 主に植林されたのがトウヒ )、約100年後の1980年にはトウヒは2倍の40%になっている。ブナは22%と1850年のさらに半分になっている。
BW州では、38%が森林であり、森林は木材の生産場として利用されている。木材にする樹木は日本のスギやマツのような植林ではなく、天然更新により生育している。木材に加工できるまでに生育するのに約100年を要す。ドイツで営林業について重要なのは湿気、土壌、気候であり、それによってそれぞれの森林を異なった地域に分けることができる。また、過去に誰が所有者だったかということでも木の種類が変わってくる。
森林管理
シカやBW州の森林について、一通りの説明をしていただいた後、森林を移動し「理想的な林」を見せてもらった( 写真4 )。
そこは天然更新により選択的に伐採をしている場所で、1haに対し100~150本の間引きをし、どれを残すかは自分たちで決めつつ選択しているという林であった。
また、ここでは気候に適した木を残すため1つの樹種に偏ることなく、いろいろな木が生育していることが大事である。植林した木は保護するが、自然林は自然に近い森林管理を目標としている。日本の植林地は無駄な植物が生えてこないように管理されているが、ここでは太陽光は有効に利用されるため木に吸収されるべきで地面まで届いてはいけないという理論のもとに管理を行っている。
森林のモニタリングシステム
森林管理のためのモニタリングシステムは4つあり、以下の4つの違いは面積が観点となるようだ。
1、連邦政府の取り組みによる調査
2、行政区の下の自治体が行う経済的な営林管理被害調査。林班毎に10年おきに見る
3、営林局が行う、2と同じ調査
4、細かい猟区のモニタリング
3年ごとに鑑定を行う
狩猟法
1934年に当時の狩猟長官ヘルマン・ゲーリングにより新しい狩猟法が成立した。この法律では減少傾向にあった動物達の保護に対する責任が明記されていた。また、それまでは誰がどこで狩猟をしても良かったが、この狩猟法成立以降、誰がどの地域で狩猟をしていいかということが明確になった。
連邦狩猟法により、狩猟の資格を得るのは非常に難しく、狩猟の権利は75ha以上の土地を所有する地主にある。1農家辺りの平均土地所有面積は約34haで、小さい面積しか所有していない狩猟者は土地の共同所有などにより土地所有者に料金を支払い狩猟を行っている。
ハイシートによる捕獲
最後にハイシートが設置してある現場へ移動し案内してもらった。ドイツに来てからは幾度となくバスの移動中に目にしていた。ハイシートとは、梯子の先にベンチや小さな小屋が乗っかっている見張り台の様なもので、狩猟者はこのハイシートの中で息を潜め、獲物が現れるのを待つ( 写真5 )。
ハイシートには様々な形状があるが、ここでよく見られたものは写真のように木材を使って作られたものである。低いものは人の肩くらいの高さのものもあり持ち運べるようになっている。また、台の上の人が座る場所の形状も座るだけのベンチタイプから、横になって休めるような屋根つきの小屋タイプまで様々である( 写真6、写真7 )。
この台はドイツの狩猟を代表するもので、いろいろな場所に設置されており、ハイシートが設置されている田園景色を懐かしい故郷の景色と認識しているドイツ人も多いようだ。
設置は森林と草地や畑の境目を見渡せるような場所に多い。これは日中を林内でひっそりと過ごした動物が、陽が沈み辺りが薄暗くなるとともに、採食のため開放地へ出てきたところを効率よく狙うためであろう。
かといって何もしないで待っていては可能性が低いので、捕獲の準備として誘引餌を用いる。冬にはリンゴの汁を絞ったカスを使い、いくつかの場所に餌をおき、その中で一番食べられている場所に設置してあるハイシートを選択し捕獲を実施する。また写真のように塩も用いる( 写真8 )。そのため、ハイシートはその時期、その日のシカの利用状況や風向きなどにより選択ができるよういくつも設置をする必要がある。
私も日本で試験的に一晩中ハイシートの中に入ったがことあるが、全く動いたつもりがないのに遠くからシカの警戒音が聞こえ、がっかりした経験がある。ハイシートも万能な方法ではなく、動物との勝負である。利用する際には、まず風下の設置地点を選択し、肌が見えない様に服を着て、日没時は日没の2時間前から朝はまだ暗いうちから気配を殺し待機する。それでも成功するのは7回のうち1回程度だという。
また、捕獲効率には時間帯が大きく関ってくる。日本では日没後から日の出前に発砲することはできない。ドイツ( 連邦狩猟法 )でも夜間の狩猟を禁止としているが、ここでいう夜間とは日没後1時間半から日の出前1時間半までの時間を示している。つまり動物が林内から開けた場所にでてくる薄暗い時間帯にも発砲が可能であり、安全性が確保されていれば非常に効率よく捕獲ができる。安全性の管理の一つとして着弾点を確認し、危険な箇所については写真9のようにマークをして近づかないようにしている。
最後に
ドイツでは森林管理と野生動物との管理が一体として行われており、森林被害のモニタリング結果により被害が大きいということがわかれば、ハンターと捕獲数を調整し、バランスをとる体制ができている。日本では森林は林野庁、野生動物は環境省と管轄が異なるため、被害と個体数のバランスを計ることが困難である。また、そのような体制から同じ地域の自然環境調査に関して、異なる機関が関わって同じようなデータを収集しているが、それらの情報が集積されずにいるということがある。
さらに現実的な被害防除の手法である、狩猟に関しても肝心のハンターの減少はずいぶん前から騒がれており、個体数を抑制する力が不足している。ハンターの人口という点ではドイツも同様に減少傾向にあるようだが、ドイツでは狩猟は高い地位におり、その重要性も認められている。この点については、歴史的な背景もあるので同じが良いということはできない。日本では狩猟者の重要性が認められてきているものの、銃の規制などが厳しく、作業的にも厳しいというイメージからか減少に歯止めがかかっていない。
BW州の農村地帯食糧課の職員が「野生動物の被害は森林と農村地帯で問題があり、モノ同士というよりも関係に問題がある」といっていたのが印象に残っている。被害が起こるのを動物や森林のせいにし、それを管理するという姿勢ではなく、それぞれに積極的に介入している私たち人の自然に対する関り方の問題ではないかと思う。自然に関与している社会組織内の体制づくりや組織同士の協力体制が上手く構築されていくことが、今後必要なワイルドライフマネジメントの姿ではないかと思う。
日本の自然は色彩豊かで、われわれ日本人の貴重な財産であり誇れるものである。諸外国をそのまま真似るということでなく、良いところは取り入れながら、自然と人が真剣に向き合い、日本独自の体制が築かれていくことを願う。
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