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No.120 白いヒグマプロジェクト 2012年択捉島のヒグマ調査に参加して

2013年10月発行
白いヒグマプロジェクト 2012年択捉島のヒグマ調査に参加して
伊藤 哲治(WMO)

 

国後島および択捉島は、北海道の北東に位置する島々であり、各島でヒグマUrsus arctosが約300頭、約650頭 (約5~10km2当り1頭)分布すると推定されています。
2012年8月24日〜9月10日、北海道の北東に位置する択捉島に専門家交流グループのヒグマ班の一員として、調査に参加させていただきました。
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この調査は、2009-2010年に国後島でおこなわれた“白いヒグマプロジェクト”の継続調査として行われました。2011年に行われるはずであった本調査は、調査直前に中止となってしまいましたが、この年満を持して調査がおこなわれたのです。2010年の国後島での調査では、見事白いヒグマの行動観察および写真撮影が成功しました。択捉島でも体毛が白いヒグマが過去に確認されている情報があることから、我々は白いヒグマの確認、ヒグマの生態調査および遺伝子解析のための試料を採集することを目的として、調査をおこないました。現在、北海道のヒグマには、ミトコンドリアDNA(mtDNA)のコントロール領域約700塩基に17のハプロタイプがあることが報告されており、分子系統的に3つのクラスターA、B、Cに分類されています(Matsuhashi et al. 1999)。クラスターAは北海道の中央部から北部に分布し、西アラスカおよびユーラシア大陸に広く分布するグループに近縁なこと、クラスターBは知床半島およびその基部にかけて分布し、東アラスカのグループに近縁なこと、またクラスターCは渡島半島から石狩平野の西部にかけて分布し、北アメリカのヒグマに比較的近縁なことが明らかになっています (Matsuhashi et al. 1999; Korsten et al. 2009)。
択捉島の調査開始の前日、調査員一同は根室に集結しました。2012年の専門家交流グループは、「ヒグマ班」、「コウモリ班」および「希少外来種班」の三つのグループで編成され、ヒグマ班は、私を含む6人で構成されました。ちなみに、ヒグマ班およびコウモリ班が、専門家は全員血液型がB型という構成でした。よって、2010年の調査でもほぼ全員がB型ということから“Bチーム”と命名されていましたので、“新Bチーム”が結成されたのであります。前日の根室での懇親会も、“ほぼB型”という構成でありながらすぐに打ち解けるという“Bチームの奇跡”が再び起き、皆の調査に望む期待・連帯感は最高潮に達したのでありました。
根室港を出発し、入島審査などの手続きを行ない1日かけ択捉島に到着しました。調査の現地での責任者やスタッフの方々との挨拶・打合せを紗那で行ない、翌日いよいよ調査へ出発となりました。調査は、初めに択捉島の北部、次に紗那周辺の中部、最後に南部で、行動観察、痕跡調査、自動撮影カメラの設置およびヘアトラップが実施されました。調査日程のほぼ全日程がテント泊であり、北部および南部への往復は、ゾディアックボートに大量の荷物を積み、2〜4時間以上、波に揺られながら島の沿岸を疾走していくという過酷なものでした。テント泊は皆快適に過ごしていました。しかし、ボートでの移動は経験したことのない移動方法であり、”転覆=死”という恐怖、激しい天候と海の状況の変化などにより皆消耗していきました。何よりもこの調査で大変だったのはボートでの移動と言えるでしょう。しかし、ロシア人スタッフの運転テクニックおよび判断力を信頼し、私たちはヒグマが待つ楽園へとたどり着いたのでありました。
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特にクマの行動観察ができ、クマの目視が頻繁に起きたのは北部の調査地でした。河口に溜まっているカラフトマスを、クマが順番に食べにくるということが一日中おこなわれており、私達の視界外から突然クマが現れるということが何回もありました。海岸で座って待っているとクマが次々現れるという状況に興奮しながらも、クマの楽園にお邪魔していることの危険性を感じ、緊張をしながら踏査隊は河口周辺の調査に赴いたのでありました。ヒグマの痕跡は至るところにあり、ヘアトラップや自動撮影カメラを仕掛ける場所が所々にありました。寡黙な男ロシア人レンジャーの“サーシャ“(ちなみに、今回の調査でサーシャという呼び名の人は3人いました。サーシャという呼び名は人気みたいです。)は、新しいクマ道や痕跡を積極的に探しあて、初めて一緒に行動するにも関わらずカメラ・ヘアトラップの設置など我々の行いたいことを理解し、円滑な調査を実現させてくれました。何故こんなにも意思疎通ができるのか聞いたところ、彼は修士で択捉のヒグマについて研究をしていたのです。彼と仕掛けたヘアトラップで初めて体毛が採集できた時、寡黙だった男が笑顔を見せてくれました。あの憎まれ口をたたきながらもやはり喜んでいる姿は忘れられません。言葉があまり通じはしないが、ヒグマの調査で心を通わせることができました。
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肝心の白いヒグマは確認できたのか?残念ながら、今回の調査では白いヒグマを確認することはできませんでした。その代わり、全身黒い体毛、全体的に薄い茶色(クリーム色)、白斑が広くあるパターンなど、国後のヒグマに比べて体毛に多くのバリエーションがあることが確認できました。
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紗那から車で15分ほどの場所に、水産加工場のゴミ捨て場があり、そのゴミをヒグマが群がるように食べている場所がありました。私は、夜にその場所に赴いたのですが、ゴミ捨て場の周辺の道をクマがのそのそと歩き回っており、一度に8頭ほどのクマがゴミを食べていました。地元の人々は“動物園”と呼び、その場所に車で行って、ゴミを食べているクマを見るというのが流行しているようでした。私は、その場所に行った時に笑顔で見ているロシア人と温度差を感じてしまいました。今は、このゴミ捨て場にクマが集まっているが、もしこのゴミ捨て場が無くなりでもしたら、餌を求めて町への出没が頻繁になるのではという懸念が頭から離れませんでした。紗那の博物館にて、私は地元の人に向けてレクチャーをおこないました。その最中の質問で、「あの場所を見て、あなたはどう思いますか?」という質問がありました。町の人達の中でも、あの場所があることが危険であることを感じ始めている人がいるのだなと私は感じました。今後あのゴミ捨て場がヒグマと人にどのような影響を与えていくか大変心配されます。
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肝心の遺伝解析では、ミトコンドリアDNAの解析の結果、国後島・択捉島で、新しいハプロタイプが確認されました。これらは、北海道東部に分布するヒグマと同系統(クラスターB:東アラスカグループ)ということも明らかになっており(Itoh et al. 未発表)、両島のハプロタイプがクラスターBに属していたことは、両島が、知床半島と地理的に近いことに関係しており、今後、千島列島のさらに北方および樺太のヒグマの系統の情報が求められます。そして、調査が進み試料を多く集めることができれば両島の遺伝的多様性についても明らかにすることができると考えられます。今後の研究の発展が期待されます。
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 本調査では、様々な人々にお世話になり、無事に調査を終えることができました。今後ともこのヒグマ調査が継続的におこなわれ、様々な新発見が生まれること、および北海道・択捉島・国後島の友好の架け橋になってくれることを期待します。
皆さま、本当に スパシーバ!!
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