No.121 カモシカの生活
2014年01月発行
カモシカの生活
山田 雄作(WMO)
ニホンカモシカ (以下、カモシカとする) は日本の特別天然記念物に指定されている大型の哺乳類である。近年、カモシカを取り巻く状況は大きく変化している。
はじめに
カモシカはどんな動物か、シカほどすぐにイメージができる人も少ないのではないだろうか。実際に、その生活やおかれている状況について分かっていない点は多い。これまでカモシカの研究は1980年代から1990 年代にかけて盛んに行われたが、それ以降あまり行われておらず、カモシカに関する調査研究が下火になっているのである。しかし、二ホンジカ (以下、シカとする) による農林業被害や生態系への影響が深刻化しており、同じ場所で同じような食べ物を食べているカモシカを取り巻く状況も大きく変化している。また、野外での調査方法も年々変化してきており、大型獣の環境利用や移動をみるさいにGPS首輪を用いるのが一般的ともなった。改めてカモシカが置かれている状況を把握することは不可欠な時代に突入しているのではないだろうか。
これまでのカモシカの歴史
古くからカモシカは狩猟獣として資源利用されてきた。しかし個体数の減少から1934年に天然紀念物に指定され、1955年には種指定の特別天然記念物に指定された。その後、農林業被害が顕在化し一部の地域で捕獲が開始されるようになり、現在では岐阜県、長野県、愛知県、静岡県、群馬県において捕獲が実施されている。
カモシカの暮らしと変化
カモシカは同性間において基本的に縄張りを持って生活し、その縄張りの大きさは地域によって大きく異なるとされている。その原因は食物資源により左右される。そのため食物資源が少なければ縄張りを大きくせざるをえない。ただし、積雪期には移動で消費するエネルギーと移動後に得られるエネルギー (食物資源) のバランスが重要であり、食事をするのに大きなエネルギーを費やしていては生活することが困難となる。そこで、シカの分布拡大と個体数の増加が問題となる。これまでカモシカのみが生活していた地域、もしくはカモシカが何とか生活できていた地域に、シカの影響がおよび食物資源量が減少してしまうと、その地域に生息しているカモシカは、生きていくのに必要な食物を確保するため縄張りを広げることにより、地域に生息する個体数が減少する。すでに四国や九州が危機的状況であるが、ひどい場合では地域的な絶滅も引き起こしかねない。
また、これまで農林業被害により捕獲されていた地域でもシカが増加することにより、カモシカの被害がいつの間にかシカの被害に置き変わってくる可能性も考えられる。そうした場合に具体的な調査や見直しをせずカモシカだけを捕獲していても被害が収まることがないばかりか、上記のシカの影響によりカモシカの個体数が著しく減少し、気づいたらシカの被害が農林業ばかりか生態系にまで大きな影響を与えているという可能性もある。獣害対策の基本ではあるが、どの動物が被害を出しているか正しく認識することが今後の被害をより少なく抑える方法であり、カモシカの個体群の健全な維持と無駄に失われる命を減らすことができるのではないだろうか。
カモシカ調査の開始
まず、カモシカについて正しく理解する上で、あまり知られていないその生活や環境利用に関する情報を収集する必要があることから、近年シカの進出が顕著な地域に生活するカモシカへのGPS装着の実施を計画した。運の良いことにWMOで実施している自主研究制度とプロナトゥーラファンドの助成金をいただき2012年度より研究を開始することができた。
現在も助成金を活用したGPSのデータを収集中である為、今後まとまった報告をする予定であるが、本報告ではWMOの自主研で装着した成獣メス1頭のデータをお示ししたい。
調査地域
調査地域は南アルプスの仙丈ケ岳と甲斐駒ヶ岳を結ぶ稜線上に位置する北沢峠周辺である。標高は約2000mで調査地域には南アルプス林道という道路が通っているがマイカー規制がかかっており、一般車の通行はできない。山登りのため、多くの登山客が訪れる場所でもある。
GPS首輪装着個体とデータ取得期間
2012年7月18日に北沢峠周辺の林内で麻酔銃により捕獲した成獣メスは推定年齢6歳、体重は36kgであった。残念ながらGPS首輪の不調の為、得られたデータは2012年12月1日までの131日間である。
GPSの測位地点
131日間で得られた測位結果を図1に示す。
北沢峠付近の標高約2000m付近で捕獲した個体だが、高い時では標高2600mまで利用している。また、測位地点の集中を見ると高標高地域の利用頻度も高くなっていることがわかる。
短期間の測位データではあるが、得られた結果から最外郭法により行動圏を求めると、その面積は約125haと大きなものであった。この大きさはこれまで報告されている亜高山帯のカモシカの行動圏と比較すると格段に大きいというわけではないが、小さい行動圏では10ha程度の地域も報告されていることから、その多様性が伺える。
また、植生図と重ねてみると標高2000m前後の低いところではシラビソ-オオシラビソ群落を、標高2500m前後ではダケカンバ群落をよく利用していることがわかる (図3) 。しかしながら実際に低標高を利用している際には、法面などで良く目撃されることが多く、素直に植生タイプと利用頻度を関連づけられそうにもない。法面は陽当たりがよく餌植物が豊富であり、さらにカモシカは休息するときに見晴らしの良い急傾斜地を好む傾向があることから、採食の場としても休息の場としても法面は最適な環境である。さらに、カモシカはシカ程警戒心が強くなく、日中に観光バスが横を通り過ぎても道路脇の法面で堂々と採食を続けている。一方、シカはバスや人が頻繁に通る時間帯 (日中) に法面などのオープンスペースを避ける傾向がある。このようなことから人工的な環境である法面の利用頻度が高くなっているとも考えられる。
調査地域のカモシカ密度
2012年11月には密度調査の為にGPS首輪装着個体が生息している地域の約77haを対象に区画法も実施したが、カモシカの目視頭数は0頭であった。この結果は調査精度による問題と調査地域のカモシカが低密度であることが考えられる。同様のことはGPS首輪装着個体の結果からもみてとれ、今後、生息環境が悪化した場合に、さらなる密度の低下が懸念される。
今後のカモシカを取り巻く動きについて
カモシカに関心を示している方々と話をしていると、最近は山の上ではなく里で見る機会が増えたと良く聞くことがある。逆に高山帯ではシカが見られるようになった。カモシカは奥山の高山帯に生息しているイメージがあるが、里山から高山帯までを生息地として利用することができる動物である。むしろ、高山帯に追いやられているといった印象である。しかし、近年これまでと違ったこういう動きがみられることはシカの分布拡大という問題だけでなく、シカの管理方法とも関わりがある気がしている。
この現象も一部の地域では人とカモシカとの距離が近くなり、認識を間違えると新たな問題に発展しかねない事態である。
今後はそれぞれの地域で保護管理のための密度や分布、被害状況の調査などのモニタリングから、一度下火になってしまった生物学的な研究まで、再び世間の関心が強くなり、日本固有の魅力的な動物「カモシカ」への理解が深まることで、カモシカ地域個体群の保全が行われることを願う。
≪参考文献≫
文化庁. 2013. 特別天然記念物カモシカとその保護地域の管理について
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