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No.123 ニホンザル追い払い事業を終えて

2014年07月発行
ニホンザル追い払い事業を終えて
稲葉 史晃

 

2013年4月、京都で行われているサルの追払い事業に参加した私は初めて野生動物の調査という世界へ足を踏み入れた。大学で水産学を学んでいた私にとってサルの知識はもちろんの事、獣害の現状など知る由も無く、さすがにこんな住宅街までサルが出るわけがないと思っていた。しかしそんな甘い考えは初日で覆される事となった。
インターネットや新聞等では獣害の現実、原因が報告されているが文面でしか知らなかった。しかし実際にその地域に移住し現実を目の当たりに出来たことは非常に良い経験になった。そんなド素人だった私が1年半の追い払い事業を終えて感じた事を綴っていきたいと思う。
毎日サルに密着できるという事は私に様々な知識を与えてくれた。
これまでの生活では海沿いに住むことが多く、山の四季を感じながらの仕事は新しい発見の連続だった。植物等の知識が乏しかった私にとって、サルの食事風景は私の勉強時間でもあった。昔はやった曲を聴くと当時の情景を思い出したりするが、私にとってはその曲がニセアカシアだ。もちろんニセアカシアは落葉高木だが、春に咲くこの花はサルの大好物だ。この花はなんともたとえ難いのだが、非常に良い香りがする。きっとこの先ニセアカシアをどこかで見る度に、京都のサルを思い出すのだろう。
 『サルが食べているものは人も大丈夫だろ』どこかの誰かがそんな言葉を私に投げかけた。そんな訳あるか!と思いつつも好奇心には勝てず、色々と試している自分がいた。仕事中、半分サルになっていたような気がする。アケビなどはサルに食われるとなぜか悔しかった。
住宅街を平然と闊歩するサルたちだが、1年の中で唯一落ち着いてくれるのが春である。春先は新芽を求め山奥で大人しくしている、まるで嵐の前の静けさの様に。

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 既に住宅街を平然と歩くレベルにあった群れを追い払う上で問題と感じた点がある。現実問題として難しい事もあるが述べたい。
 まずは地元住民の追い払い隊に対する過信だ。サルの追い払いを業務とする上で、私達を重要な存在だと認識してくださっていることは非常に有りがたい。大変助かっているとお褒めの言葉をかけていただく事も多い。しかしそれが地元住民の危機感を奪っているような気がしてならなない。
私たちも猿害を100%防げる訳では無い。仮に追い払い隊の目の届かないところでサルが農地に侵入したとする。その結果サルが何も害を出さなかった畑はほとんど無い。その度に追い払い効果がリセットされている様な気がした。猿害に悩まされているはずが、あるようで無いも同然な農地の柵。農地の片隅に盛られた放棄野菜、放置された果樹園。極め付けは、農地にサルが出始め、追い払い隊が来たのを確認すると安心して帰宅する農耕者。そういった現状を見る度に私は地元住民の危機感の欠如を感じた。
根本的な問題が何も解決できておらず苛立ちを覚えたのも事実だ。そんな中で効率の良い追い払いをすることは難しい。よく言われている事ではあるが地域住民の『獣害対策は自分達で行う』という意識を持つことの重要性を感じた。周りの環境が改善され、住民の意識も変わっていけば追い払い効果がこれまで以上に意味をなしてくるのではないだろうか。

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 追い払い事業を通して人間と野生動物の共存がいかに難しいかを痛感した。野生動物の被害が拡大した理由の1つに農村の過疎化が挙げられている。確かに追い払いの現場でも放棄された農耕地は多い。しかし京都のサルを見ていると、それを改善したところで解決するほど簡単な問題ではないのだろうと思う。私は『里山』が大好きだ、現代の日本にとって里山は無限の可能性を秘めているのではないかとすら思っている。里山の減少が獣害の増加を引き起こし、さらに里山の減少に繋がる。里山をこよなく愛する私にとっては非常に悲しい事だ。自然の厳しさ、命の大切さ、大切な事をたくさん教えてくれる里山がこれからも残され、人間と野生動物の共存が戻る事を願ってやまない。

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 当初は獣害について知りたい、野生動物と関わる仕事がしたい、失礼ながらその程度の気持ちで始めた仕事だった。しかし京都で過ごした日々はそれ以上のものを与え、追い払いという仕事は私にとっては非常に有意義なものとなった。
 何も知らず不器用な私に多大なるご指導とご助言を下さった追い払い隊の皆様、素朴な疑問にも丁寧に答えて頂き、今回このような機会を与えて下さった野生動物保護管理事務所関西分室の方々に心から感謝致します。

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