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No.128 IWMC関連シンポジウム「クマ類の安全な捕獲処理と捕獲処理技術・個体管理の最適化向けて」報告

2015年10月発行
IWMC関連シンポジウム
「クマ類の安全な捕獲処理と捕獲処理技術・個体管理の最適化向けて」報告
岸本 真弓(WMO)
 今でもよく思い出す。あれは2002年のことだったか?
 日が傾き始めた農地の横で、クマを放すなんてとんでもないと怒り口調で詰め寄る男性に、片山君は反論することもなく、静かに話を聞く。ひとしきり話した男性のトーンが少しさがったところで、片山君は「安全に作業を行います」と言う。そして作業は続けられた。
 今はもう私たちが住民の方の抗議の矢面に立つことはない。
各担当の行政の方々が説明にあたってくださり、担当者の皆さんの日常のご尽力と誠意あるお言葉に、住民の方々は納得は難しくとも理解は示すという状況だ。
錯誤捕獲個体や有害捕獲個体の放獣は、15年かけてここまできた。これはひとえに片山君の不動の意志と努力の成果である。
 その一区切りとして、というよりもさらなるステップアップのために放獣作業における注意点と課題を整理し、行政担当者の方々と情報共有することを目的に小さなシンポジウムを開催した。
 
IWMCのWMOシンポで招聘したHechtelさんを招いた神戸でのこの関連シンポの概要は以下の通りである。
IWMC関連シンポジウム
「クマ類の安全な捕獲処理と捕獲処理技術・個体管理の最適化向けて」
◇開催趣旨
 ツキノワグマの大量出没が社会問題として大きく取り上げられるようになってから10年が経過した。この10年間でツキノワグマの生息状況のモニタリング体制、捕獲対応の体制はある程度の整備が進められてきたが、体制整備の状況には地域差があり、また、整備の進んだ地域でも、体制の維持についての課題が生じている。今後、ツキノワグマの捕獲事例はさらに数を増す可能性があり、各地域における体制の底上げと最適化を考えていく必要がある。特に錯誤捕獲(誤捕獲)については、数の増加とともに危険性の高い状態の捕獲件数の増加も予測され、発生の予防と発生時の安全管理体制については現体制を改善してより安全性の高いものとする必要がある。さらに、地域間の情報の共有についても、共通のデータベースを構築し、共有する仕組みが必要と思われる。
 本企画は、ツキノワグマの捕獲対応に関する現況を整理し、対応作業の安全性を向上させるために必要な事項を議論するとともに、捕獲処理技術の向上と情報の共有のあり方について議論する。
◇日 程:2015年7月31日(金) 13:30~16:30 (13時開場)
◇対象者:行政担当者・研究者・WMO職員
◇場 所:神戸市勤労会館(神戸市中央区雲井通5丁目1-2) 403講習室
◇参加費:無料
◇プログラム
1)Public – Private Cooperation in U.S. Bear management(アメリカにおける官民連携によるクマ管理)・・・・John Hechtel(国際クマ学会会員・国際自然保護連合クマ専門グループ人とクマの軋轢対策専門チーム、 元アラスカ漁業狩猟局専門職員)
2)西日本におけるツキノワグマの錯誤捕獲の現状・・・・伊藤哲治(WMO関西)
3)誤捕獲における人・クマの事故リスクと対応技術・・・・中川恒祐(WMO関西)
4)捕獲対応から生み出された情報・・・・中島彩季(WMO関西)
5)総合討論
◇司会:片山敦司  通訳・アシスタント:姜兆文・金子文大・難波有希子・溝井彩ほか
各講演について簡単にまとめると以下のようになる。
1)アメリカにおける官民連携によるクマ管理
●背景
 アメリカでは、野生動物は基本的に生息する土地とともにその土地所有者の所有物であるが、それを超えて所属する州の住民の共有財産である。つまり、マネジメントの権限は州にあるが生息環境である土地の管理は土地所有者にあるため両者は協力していく必要がある。また、土地は民有地だけでなく連邦、州、地方自治体、部族の土地もあり、それらがモザイク状に配置されており、さらに連邦や州においては関連部署が複数あることから、それらの数多くの関係者が協力していくためにはメリットもデメリットもある。メリットは大勢の人が軋轢解決のために働くことができることであり、デメリットは全ての関係者に情報を行き渡し、クマ管理を支えてもらい続けるのはむずかしいということである。
●アメリカにおけるクマ関係の民間業界
 営利団体は、①行政の補佐、②野外労働者の警備、③対クマ安全訓練講習、④調査研究などを担う。非営利団体(NGO)にはクマに特化した団体もあれば、活動の一部にクマ関連のものが含まれる団体もあり、またクマ管理や保全を行う非営利団体へ資金を提供する団体もある。
 これらの事業体はクマの保全推進という目的に向け、合意形成のために協力する。共通の目標のためにそれぞれの強みや人員、資金、専門家といった資源を共有することができる。一方元々の組織理念の違いにより敵対関係にある役割を担うこともある。

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●クマ管理の実際 -問題個体への対応-
 問題個体の管理は行政が責任を持つが、その業務が民間へ委託される場合がある。たとえばフロリダ州ではクマを捕獲するためのワナは委託業者が設置するが、捕獲された場合には行政職員が対応する。ただし今後捕獲対応も民間委託になる可能性もある。(軽井沢にベアドッグを導入したことでも知られている)Wind River Bear Instituteはワシントン州でもベアドッグやその訓練プログラムを提供している。アラスカ州ではホッキョクグマ対策として、クマ専門家が不在の場合でも対応できるよう、工業地帯の警備員にクマの追い払いの訓練を行う試みがなされている。
 クマやクマ対応の知識についての普及啓発も民間の仕事であり、特に非営利団体は家庭、地域、子どもたちへの教育活動を熱心に行っている。
 このようなことを背景にクマの保護管理計画策定には複数の行政機関やNGO、業界、一般市民が関わっている。


●クマ管理の実際 -生息地管理-

 生息地管理には土地所有者と行政の協力が不可欠である。クマの侵入防止に電気柵は大変有効であり、その設置やメンテナンスは行政機関と民間企業が協力して行っている。
 これまでクマ問題の解決のために、非営利団体が家畜被害の補償金の支払いや、生息地内の放牧地の買い取りなどをして効果はあげてきていたが、根本的な対策として誘引物除去は必須である。効果の高い電気柵や堅牢なゴミ箱の購入を非営利団体が補助することもある。ボランティアを募って放棄果樹の撤去も行っているし、クマを誘引する死亡家畜の処分地の移動も専門家の指導により行われ、効果をあげている。
●まとめ
 以上はアメリカのクマ管理における官民協力のごく一部の紹介である。人々は低価格で簡単で全ての問題を解決するような技術を求めるが、そのような技術は一つもない。問題は複雑であり、様々な取組が求められるのである。誰もが覚えておくべきことは、悪い習慣を身につけてしまったクマを管理するより、問題を予防することのほうがよっぽど良いということだ。
2)西日本におけるツキノワグマの錯誤捕獲の現状・・・・伊藤哲治(WMO関西)
 WMOが西日本で対応した錯誤捕獲(有害捕獲は含まない)の件数は1997年から2014年の17年で6府県614頭であり、このうち逃走や殺処分を除く、放獣した個体の割合は92%である。錯誤捕獲個体の内訳をみると、性は年でも月でもオスの捕獲数が多く、年齢は2、3歳の個体が多い。錯誤捕獲の原因は箱わなが57%、くくりわなが41%で箱わなが多く、毎年9月から11月に錯誤捕獲数は急増する。
3)誤捕獲における人・クマの事故リスクと対応技術・・・・中川恒祐(WMO関西)
 人間側のリスクとしては①麻酔前の人身事故、②麻酔中の人身事故があり、クマ側のリスクとしては③わなによる負傷、④麻酔中の死亡事故がある。ククリワナ錯誤捕獲対応において、①を防止するためには、十分な装備、危険な状況のシミュレーションや関係者の行動の管理・指示指揮系統の明確化、銃によるバックアップが重要である。 実際、過去にくくりわながはずれて逃走した事例は261例中9例(3.5%)で、このうち4例は攻撃してきたため、3頭はクマスプレーで撃退し、1頭は盾で防御した。
 ③として、くくりわなによるクマの損傷には見回り間隔が大きく影響していることがわかった。すなわち毎日見回った場合には損傷は全くなかったが、見回りが1、2日おきで軽度損傷とわずかな重度の損傷で40%に達し、3日以上間隔ではおよそ8割、5日以上では100%で損傷が見られた。
 ④については、錯誤捕獲に有害捕獲個体対応を含めた1236件の対応実績のうち、17例(1.4%)でクマが死亡した。衰弱や熱中症という捕獲されたが故の理由が7頭で約4割を占め、狭い移送用のドラム缶に体勢悪く入れ込んでしまったり、檻内にできたぬかるみに鼻を突っ込んだりした窒息死が5頭あった。
 麻酔薬は当初のケタミン単味であった時代から、90年代にはケタミン、キシラジン、アトロピン、やがてメデトミジンの販売によりケタミンとメデトミジンの混合麻酔となり、近年は試験薬として入手したゾラティル(ゾラゼパムとチレタミン)とメデトミジンの混合麻酔を用いている。2002年から比較すると、途中覚醒率も覚醒遅延率も年々下がっている。
4)捕獲対応から生み出された情報・・・・中島彩季(WMO関西)
 捕獲個体の計測データなどを解析。年間を通した体重は、冬眠明けの春よりも夏の7、8月に体重低下し、12月にはピークに達する。計測データから年齢を推定できるとすると、体重20kg以下は0歳か1歳であり、手の掌球、足の足底球の幅が7cm以下であれば1歳か2歳と考えられた。手の掌球が95mm、足の足底球の幅が90mmであれば雄成獣の可能性が高い。
 錯誤捕獲個体の約19%が再捕獲個体であった。再捕獲個体の観察によりククリワナによる四肢の損傷や箱ワナへの噛みつきによる歯茎や下顎の損傷を受けていても一見健康そうに生活できていることが確認された場合も多い。
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 参加者は普段からおつきあいのある近隣府県の担当者の方々を中心に16名だった。毎日の作業時にもいろいろとお話をし、捕獲記録は対応日かその翌日には提出、年度末には報告書としてとりまとめているものの、いずれも個体ごとの情報であって、項目ごとに平均的にどうであるとか、過去から、また府県を超えて情報を分析するとどうなるかといったことを整理して提示するのは初めてのことであった。また、会議や打合せの席でなく、同じ材料を前にして他府県の担当者さん同士が忌憚ない意見や感想を述べあう機会も初めてであっただろう。そのような機会をセッティング出来たことは私たちにとっても大変光栄で、有意義なことであった。
 そういう会の必要性を常に意識し、いつか必ずと機を窺っていた片山君は、IWMCでHechtelさんを招聘するという絶好の機会を逃さなかった。IWMCの準備だけでも通常の国内学会の何倍もの労力を要し、5月にWMOの体制が変わり責任が増し、仕事が増えているなかでも着々と準備をしてきた。必要なことはどのような努力をしても貫く、事故や失敗は次への大きな糧であるから情報共有をしっかり行う、片山君の姿勢そのものが体現されたようなシンポジウムであった。
 しかし、このシンポジウムはもちろんゴールではない。次へのステップのための一里塚にすぎない。このシンポジウムのあともすでに45頭のクマ対応を行い、今年の対応数も100頭を超えた。私たちはまだまだこれからも多くのクマに麻酔をかけ、放獣していくだろう。
 片山君がきっちり築いた支柱を基礎に、その点検も怠りなく行いながら、安全な作業とクマと人が永久的に共存できるような社会のために、これからもWMO一同力をあわせてやっていく所存です。
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