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No.134 市街地に出没するニホンザルの現状と対応

2017年04月発行

市街地に出没するニホンザルの現状と対応

海老原寛,清野紘典,檀上理沙,岡野美佐夫,岸本真弓,加藤洋(WMO)

~ハナレザルの市街地への進出~
全国的にニホンザル(以下、サル)による農業被害や生活被害、人身被害が増加しているのは、すでに周知の事実であろう。この中で問題の中心となっているのは農業被害であり、各地で捕獲や防除対策が行われ、被害問題の解決に向けて尽力している。
このような現状の中、近年、新たなサル問題として、市街地に侵入したハナレザル(ハグレザル)による生活被害や人身被害が増加傾向にある。テレビのニュースなどで、捕獲用の網などを持ってサルを追いかけている映像を見たことがある方もいるだろう。2016年には、関西分室のある神戸市の中心地である三宮周辺でもハナレザルが出没して大きな騒動となった。
まず前提として、ハナレザルとは何かについて確認しておこう。サルの群れは複雄複雌で構成される。群れは決まった行動圏内を周期的に遊動し、この行動圏は年次的に多少の変化があるものの大きくは変化しない。サルは母系社会であるため、群れの中のメスには血縁関係が存在しており、原則として生まれた群れから一生離れることはない。一方、オスは幼少期を生まれた群れの中で過ごした後、その群れを出ていく。オスはある程度の期間を1頭のみでもしくは複数のオス同士で過ごした後、生まれた群れとは異なる群れに入る。このある程度の期間を1頭のみでもしくは複数のオス同士で過ごしているオスのことを、原則、ハナレザル(オスグループ)という。ハナレザルは行動圏が決まっておらず、入る群れを探してか100km以上移動した事例も知られている。このため、群れが生息していない地域にハナレザルが出没することがある。
このように、普段サルが出没することのない地域に出没することにより、農業被害や生活被害、人身被害が突発的に生じることは大きな問題であり、同時に住民にとっては被害への不安や不快感といった精神的な問題が発生する。行政の立場からしても、このような問題について緊急的に不慣れな対応を強いられるだけでなく、問題解決に至るまで通常の一般業務に支障をきたす場合もある。
そこで、市街地に出没したハナレザルの概況を整理し、問題解決のために必要な情報収集の在り方や実際の対応策について取りまとめ、行政や実務者が円滑に対応するための方法について検討することとした。なお、この内容は、第22回「野生生物と社会」学会大会において、「市街地に出没するニホンザル(Ⅰ)現状と対応[発表者:海老原]」および「市街地に出没するニホンザル(Ⅱ)行動特性[発表者:檀上]」として発表したものを再編集したものである。

~出没事例の整理~
出没事例は、過去に弊社が受託したハナレザルの対応事例と、行政担当者から相談を受けた事例から収集した。関東地方、関西地方、四国地方から計18例の対応事例を収集した。以下、これらの対応事例を整理するが、上記のように弊社が受託したりヒアリングしたりした情報は特殊な事例が多い上に限定的なものである可能性が高い。例えば、問題が長期化したために、最終手段として弊社に相談をしたという事例などが多いと思われる。そのため、結果の解釈には注意しなければならない点があることをご考慮いただきたい。
まず、被害状況を整理した(表1)。被害内容を重複を含めてカテゴリー別に分類して集計すると、人身被害が7件で最多となり、威嚇のみ2件、人家侵入5件、生活被害3件、農業被害6件となった。収集した情報の半数近くで人身被害が生じていた。人身被害の詳細は咬傷事故がほとんどで、一部引っ掻きや乗っかりであった。このことから、ハナレザルの出没により、人への直接的な危害が発生するリスクがあることがわかる。ただし、この情報は弊社が受託したりヒアリングしたりした情報のみであるため、ほとんどの場合は人に直接的な危害を加えることなく問題が解決している事例が多いと推測される。

次に、出没時の頭数と性別について整理した(図1)。上述したようにハナレザルは複数頭のグループを形成することもあるが、収集した情報のうち14件は1頭のみでの出没であった。他に2頭の場合が3件、8頭の場合が1件であった。注目すべき点は、ハナレザルの性別についてであり、ほぼ半数がメスであったことである。上述したように、サルの社会学的にメスのハナレザルは「普通ではない」現象である。ただし、Tsuji and Sugiyama(2014) によると、これまで5つの餌付け個体群と3つの野生個体群において、メスの移出が確認されているようである。さらにTsuji and Sugiyama(2014) の中では、メスが移出する原因として、「1) 群れのエサ条件の季節的な悪化が原因で、群れから移出することでエサ条件が保証される時、2) 群れサイズの変化あるいは成獣個体の消失(特に家系やオスグループの消失)という極端な変化によって群れ構成が攪乱された時」と述べられている。現在のサルを取り巻く環境を考慮して解釈し直すと、1) は「農作物を食べて群れがどんどん大きくなった結果、群れの中でエサを得にくくなってしまった弱いメスがハナレザルとなる」と解釈でき、2) は「被害対策のための捕獲により、群れの秩序を保っていた個体が消失し、群れに留まりづらくなったメスがハナレザルとなる」と解釈できる。この他にも、メスのハナレザルが生じる原因として、3) 飼育個体の放獣、4) 捕獲個体の移動放獣等が考えられる。今回収集した情報は上述したように偏りがあると思われ、一般的にはハナレザルの大部分がオスであることに変わりなく、メスのハナレザルの出没が半数を示したことは偶然であると思われる。

続いて、ハナレザルが出没した際、問題解決までにどのようなプロセスを辿ったかについて整理した(図2)。解決までのプロセスは多岐に渡っていたものの、被害発生後にハナレザルの出没状況を収集し、適切な解決方法を選択していた点は共通していた。また、その選択した方法が上手くいかない場合は、収集した情報から解決方法を再検討していた。このことから、情報収集の重要性が明らかとなった。解決方法は、弊社が関わった事例が多いために麻酔銃による捕獲が多かったが、麻酔銃による捕獲で上手くいかなかった事例もあり、状況によって最適な方法は異なっていた。捕獲による問題解決だけでなく、ハナレザルの自然消失によって問題が解決する事例もあり、捕獲だけが解決の方法ではないと言える。問題発生から解決までに2か月以上を要していた事例も多く、最長で1年近くかかる場合もあった。速やかに問題が解決した事例は、出没状況を詳細に把握したことにより、的確な現場判断が実行された場合であった。

~ハナレザル問題発生時の対応~
以上を踏まえて、ハナレザルが出没した際の対応について整理する(図3)。ハナレザルが出没した際は、第一に出没情報を適切に収集することが重要である。収集する情報として、被害状況、出没個体の出没日時や場所、頭数、性別、外貌などが挙げられる。収集した情報は地図化した上、一元的に把握できるようにすることが望ましい。そのため、行政は地域に対して情報提供を呼びかける必要がある。一方で、被害を予防するために、地域への啓発、被害防止パトロール、ハナレザルの追い払いなどを行っていく必要がある。
次に、収集した情報に基づいて対応内容を検討する。検討すべき項目は、①ハナレザルが人の生命・財産を脅かす存在である、②①ほどではないが定着性が高く被害が大きい、③定着性は低く被害が少ないといったものである。これらの項目から問題の大きさを評価し、問題解決のための緊急性や対応内容を検討すべきである。捕獲には一定の予算が発生する上に、各方面への調整等の労力も必要となる。問題がそれほど大きくない③の場合は、追い払いなど捕獲以外の方法を実施する。捕獲以外の方法で、自然にサルが消失して問題が解決する事例も多い。一方で、①や②に該当する場合および③に該当していても問題が長期化した場合は、すぐに捕獲での対応を検討すべきである。捕獲を実施する場合には、収集された出没情報および捕獲方法の使用条件から最適な捕獲方法を検討し、捕獲方法の優先順や安全性を十分に検討しながら、適切に用いることが求められる。捕獲対応に麻酔銃を使用する場合には、改正鳥獣法(集合住居地における麻酔銃猟)に基づき、関係機関と十分に協議し、地域へ周知した後、適切に作業を実施できる体制を整備して取り組むべきである。捕獲が上手くいかないなど、検討した方法を実施しても問題が解消しない場合は、収集した情報から解決方法を再検討する必要がある。そのため、問題が解消するまでは情報収集を継続し、情報を蓄積していくことが重要である。

~まとめ~
全国的にサルによる被害問題が大きくなっているが、これは同時にサルの人馴れも進んでいることを意味する。人馴れの進んだ群れから個体が移出すれば、その個体が市街地環境に定着することは容易である。このような状態が続けば、ハナレザルの市街地出没は増加していく可能性が高い。このことから、被害を起こしている群れの対策を今まで以上に推進し、人への警戒心を高めていくことが、長期的な視点から見ればハナレザルの市街地出没を防止する対策なのかもしれない。
一方で、ハナレザルが市街地に出没して問題が生じてしまった場合は、必要な情報を迅速に収集し、適切な解決方法を実施することで、早期解決を図ることが必要である。対応に困ったときは、無理に対処せず専門家に相談することも必要である。
今回収集できた情報は、全国的なハナレザル出没情報のごく一部である。このような限定的な情報ではあるが、多くの知見が得られた。今回は主にハナレザルが出没した際の対応に注目して、情報整理をさせていただいた。報告した以外にハナレザルの行動特性についても興味深い知見が得られたが、その話はまた次の機会にさせていただきたい。今後もより多くの情報を収集し、市街地に出没するハナレザルについてさらなる知見を蓄積できればと考えている。

<参考資料>
Tsuji and Sugiyama. 2014. Female emigration in Japanese macaques,Macaca fuscata:ecological and social backgrounds and its biogeographical implications. Mammalia. 78: 281-290.
環境省. 2016. 住居集合地域等における麻酔銃猟の取扱いについて.
http://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5/masuijyu.pdf
環境省. 2017. ニホンザル対策モデル事業レポート(平成28年度)
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort9/saru_h28taisaku.pdf

 

 

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