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No.135 謎の多いイノシシの山での仕事

2017年07月発行

謎の多いイノシシの山での仕事


岸本 真弓(WMO)

 

野生動物は生態系の中で様々な役割を担っている。その役割や関係性は複雑で、私たちヒトの理解を超えている。だから、わかったなんて言うのはおこがましいが、それでもその一端を見て、想像を膨らませ楽しむことぐらいは許してもらいたい。

2017年4月上旬、京都の山を歩く。もう20年続くシカのモニタリング調査である。そしてこの日の私の担当するコースは、この20年間誰にも譲ることなく私が歩いてきたコースであった。勝手知ったる地形の中、いつものように登り、曲がり進んでいく。
見慣れないものが目の端を掠め、足を止めた。調査をいったん中断し、戻れるように目印をおいて、コースを離れる。周りを見渡すと、同じようなものがあちこちに見えた。
ヒノキの皮が不自然に並べられているのである。自分の上半身くらいの範囲、そして少し窪んでいる。これは、、、、イノシシの寝床?

 

イノシシがササやシダ、ススキなどを敷き詰めて「寝屋」と呼ばれる場所を作り、そこで休むことはよく知られている。私もササやシダの寝床(寝屋)はよく見てきた。しかし、ヒノキは初めてだ。周りを見ると、ヒノキの立木にイノシシの切歯の歯形がついており、その下には短めのヒノキの柵(さく)が雑然と落ちている。ここで切り取って、使える長さのものを運んだのか? ササやシダが育っていない林の中ではヒノキをクッションにするのだな、と新たな発見に気分を高揚させながら調査に戻った。
シカ調査を再開させる。このコースは京都府と兵庫県の境に近く、昔から両府県のシカ分布のコアであった。シカが好む植物はすでに消失し、広葉樹林では樹皮が好まれない高木のみが林立し、植林地内にはシカが忌避する植物のみが繁茂している。このコースではアセビが優占している。下層植生が何もなければ、足下が見やすく調査に適したコースとなるのであるが、アセビが繁茂してくるとやっかいだ。常緑のアセビが膝丈でびっしり生えていると、足下は全く見えない。ササやシダであれば、シカ道が見やすく調査も可能であるが、アセビだと地表面には空隙があるからか、シカがどこを歩いているのかわからないし、踏みつけによる道もつくられにくい。そんなアセビの道ではより集中力を動員し調査しなければならない。
少しアセビが少なくなったところで、妙なものを見つけた。アセビの枝である。折られている。長さ50cmほど。ブロッコリーのように枝分かれが多く、先には葉がたくさんついている。ここを歩いた人が邪魔になるアセビの枝を腹いせに切ったのか? それにしてもなんだか不自然にここにある。と、足を止めて周囲を見渡す。
すると、なんと、アセビで作られたイノシシの寝床があった(写真2)。調査を中断し、周囲を散策。尾根から1~2mほどくだった斜面一帯に、多数のアセビベッドを発見。

 

確かにこれだけ繁茂しているアセビを使わない手はない。細いササやヒノキをいっぽんいっぽん集めてくるより効率的に思える。しかし、集めただけではただのアセビの山になっていないのだろうか。そこにどさりと体を横たえればアセビの小枝は折れ、ベッドのクッションとして快適なものとなるのだろうか。ササやシダ、ヒノキと比べるとさすがにイノシシにもちょっとごわごわ感じるのではないだろうか。そんなことを考えながらアセビベッドを見回っていた。すると、さらにびっくりするものを発見した。アセビの上にヒノキがかぶせられていたのである(写真3)。

 

写真ではわかりにくいかもしれないが、アセビのベッドのもっとも窪んだところに、ヒノキの柵が並べられているのである。長軸に沿って。これはさすがにすごい。ごわごわするのが嫌だからシーツとしてヒノキを並べたのか? それともヒノキで作ってみたら良い具合(殺菌殺虫効果、精神安定?)だったから、ここでも使ってみたのか?周りを歩くと、ヒノキの皮を噛み切った跡があった(写真4)。

 

最初に見つけたヒノキベッド周辺の採集跡よりも線がそろっていてきれい。歯形もない。最初のが切歯で噛み切った様なのに対し、こちらは犬歯の縁で切り取ったよう。こちらはオスなのか? まるで古い社寺にある檜皮葺屋根のためのヒノキの皮の採集のようだ。檜皮葺の檜皮を採取する技術者を『原皮師(もとかわし)』というらしいが、内樹皮を傷つけない技術によって約8年後には皮が再生されるという。ヒノキのシーツを作ったイノシシは、ごく表面だけをいただいたようだからこの段階ではヒノキの生育に問題はないだろう。優れた技術、見識だ。

イノシシが何を思ってこのようなことをしているのかはわからない。シカによって下層植生が貧弱となるなか、必要に迫られてなのか、それとも自らの欲求にしたがってなのか、はたまた生態系に属する生物として何か突き動かされるものがあるのか。何が理由であったとしても、シカによって森林環境が変えられていくなか、イノシシがそこでたくましく生きていることに変わりない。また、その行動によって、繁茂する一方で他の植物の生長を許さないアセビが少し勢いをそがれることは、私には少し嬉しいのである。

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イノシシの行動に私なりに意味を感じることがもう一つある。伐倒・抜根である。
山を歩いていると寿命の尽きた木を見ることも多い。倒れている場合もあるし、まだ倒れていない場合もある。倒れている場合でも、根っこから倒れている場合もあれば、途中から折れて、切り株になっていることもある。もちろん人が切り倒して切り株になっていることもある。
朽ちた木には朽ちた木の役割があるのだろう。虫や菌がそこを住処にしていることが多い。子供の頃食べたサンリツパンか、栗まんじゅうのようだ思って愛でていたキノコが、実はアカマツが枯れると育つ非食用のヒトクチタケ(写真5)であったと知った時少し悲しみ、ヒトクチタケが発生するのは枯れて2年目のアカマツと知った時もうすぐ倒れるのかなと少し驚いた。

 

木が倒れてからも根が残れば、それは虫や土壌生物といった小動物や菌類に活用されている。それらの働きによっていつか根も地上に残った幹もやがて土に還るのだろう。それには長い年月が必要だ。それを力で推し進める動物、それがイノシシだ。

おそらく切り株一帯の土壌には土壌生物が多く集まっているのだろう。それを採食するためか、切り株の周りにイノシシの掘り返しをよく見る(写真6)。こうやってただ掘り返している場合もあれば、完全に根を掘り起こしてしまって切り株が地上に倒れている時もある。そうなれば、根も風雨にさらされやすく、地に還る時間もより短くなるのではないだろうか。

 

枯れた木や切り株の始末をつけるだけでなく、生きた木を倒すこともある。イノシシは泥浴び(ヌタうち)のあと、体を樹木に擦りつける。そのため木に泥がべったりついていることがある(擦り跡)。擦って何をしているのかわからないが、気持ち良い面があるのか、特定の木で激しく擦ることがある。お気に入りの木があればなんどもなんどもこすりつけ、やがて木の皮は剥がれ、木の内部まで削がれて変形してしまっている木がある(写真7)。そんな木が、その場所から折れてしまっているのを見ることもある(写真8)


擦り過ぎて物理的に倒れたのか、周囲を擦られて木が息絶えたのかわからない。もしかすると最初から枯れた木で擦っていたのかもしれない。しかし、おそらくイノシシには生きた大木を倒す力がある。ましてや枯れた木ならば容易だろう。そしてその行為には何かしら意味があるのだろう。

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2017年4月下旬、鳥取の山を歩く。もう17年続く、イノシシのモニタリング調査である。
シカの密度があまり高くない地域ではササが密生している場所が多くある。突然一帯のササが高さ膝丈くらいでバサバサ切られたところに出た。しばらく歩くと案の定、イノシシの寝床が見つかった。それも屋根付きのドーム(シェルター)型だ。これはイノシシが子育てに使う繁殖巣と言われている(写真9)。

 

いったいこれだけのササをどのくらいの時間、労力をかけて切り集めているのだろう。イノシシの口は意外とおちょぼ口で、大きく開かない。なのでササのように極細の茎を切り取るのは切歯を使うしかないだろう。1本1本切りとってそれを加えて特定の場所に集めていく。ぱっと見たところ百本以上はあるように思う。お百度参りのように、切っては運び、切っては運びを繰り返し、コドモのための育産室を作っている。そんなイノシシの姿を想像すると、心からの賞賛と敬意しか浮かばない。

同じ調査の後半。雨の中遠方にイノシシの寝跡が見えた。近づいていくと、なにやらふわふわの黒い毛が敷き詰められている(写真10)。檜皮葺とは異なる、新たなシーツかと心躍らせながら近づくと、そこには毛だけでなく、皮と骨があった。イノシシだった(写真11)。

病気か、昨冬は雪が多かったために寒さと飢えでか、それとも半矢で這々の体で安心できる寝床に戻り息絶えたか。一生懸命つくり、愛用してきた寝床で永遠の眠りについたイノシシ。その一生はどのようなものだったのだろう。寝床にはもう一頭分の凹んだ寝跡があった。ダブルベッドの相棒は今どこにいるのだろう。生きる役目を終えて、体を多くの生物の肥やしにしつつ、イノシシは生態系での役目を未だなお果たしていた。

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イノシシは謎の多い動物である。被害対策の手法は多く開発され、きちんと行えばしっかり効果もある。だが、その生態についてはまだまだ未知の部分が多い。研究者も少ない。それはその調査のしにくさが原因だと思う。生態調査の王道は捕獲しての発信器による行動追跡だが、ブタと同じで麻酔管理が難しく、首のくびれがないため首輪型の発信器の装着には苦労が絶えず、最近ようやく進み出したところだ。センサーカメラの飛躍的な普及によってその行動が垣間見られるようになってきたが、未だわからないことだらけだ。
偶然出会うイノシシの痕跡、仕事跡を見ながら、イノシシの行動やその意味を想像する。地道に黙々と仕事をするイノシシは、ただ当たり前のこととして続けているに違いないだろうが、そのことがヒトにより急激にいびつになりつつある生態系をなんとか正常に回そうとしてくれているように思えてならない。

 

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