WMO.club

No.95 カワウを訪ねて竹生島 (加藤 洋)

2007年07月発行

カワウを訪ねて竹生島

 

加藤 洋(WMO)

かつて「深緑 竹生島の沈影」といわれた島。
滋賀県琵琶湖、ここにはカワウによって大きく変化していく島がある。
竹生島は、琵琶湖の北部に位置する周囲2km、面積0.14km2の島である。全島が花崗岩の一枚岩からなり、標高197.6mの急峻な地形をしている。この島には、歴史ある建物がいくつもある。島の斜面、勾配の急な165段の石階段の上に建造された宝厳寺は、神亀元年(724年)、聖武天皇により使わされた僧・行基により建立されたと言われる。都久夫須麻(つくぶすま)神社は、雄略天皇3年(420年)から現在まで1500年以上もの歴史があり、建築物・彫刻・絵画・書跡・工芸品などが国宝や重要文化財に指定されている。竹生島は、古来より人々の深い信仰を受け、現在も多くの参拝者が島を訪れている。
竹生島を訪れる参拝客や観光客のために、いくつかの連絡船が運行している。ほんの数十分ほどの航行だが、波がなく静かで見渡す限りに広がった湖面を見ながらの航行はとても気持ちがよい。観光客は観光案内の船内放送を見たり、甲板で清々しい風を受けのんびり寛いだりしている。
だが、私の目はあるものを探していた。水平線に見えてくる黒い塊。湖面で蠢く黒い影。 

 カワウは、20世紀前半は全国的に生息していたが、1970年代を底として急激に減少したと言われている。各地に存在したねぐらやコロニーは消失し、全国で3000羽以下に落ち込んだ。1978年には、コロニーは青森、東京、愛知、三重、大分に1箇所ずつ、全国で5箇所しかなかった(環境省2004)。滋賀県では、昭和57年にびわ町(現長浜市)の竹生島のサギ類のコロニー内でカワウの繁殖が確認されて以降、次第に個体数は増加し、昭和63年頃には近江八幡市の伊崎半島にもコロニーが形成された。平成18年春期、琵琶湖には約35,000羽ものカワウが生息していると推計されている(滋賀県2007)。

 船が竹生島に近づくにつれ、島の異様な光景が徐々に見えてくる。乱舞するカワウ、白く枯れた木々、騒々しいヒナの鳴き声。
そして、あのかおり・・・。
何とも表現し難い、カワウ臭。島周辺を飛び交うカワウの数は、他の地域では見ることの出来ない、まさしく日本一の光景である。

 島に上陸すると、残された最後の緑の中に大きな建物が目に入る。宝厳寺である。お土産屋が並ぶ参道を抜けると、そびえ立つ165段の石階段。壮大な風格を呈する宝厳寺を前に記念撮影を・・・
・・・おや、何か降ってきた。白い液体。
おーい、まさか。
と、私は特に驚く事はないが、一般の観光客にとってはまさかの出来事。多くの観光客は、そこで上空を飛び交う黒い鳥に悪意を覚えるのだろう。

 竹生島の南東部には、都久夫須麻神社がある。ここには浅井姫命が祭られている。その昔、伊吹山(多多美比古命)と浅井岳=金糞岳(浅井姫命)が高さを競い合い、負けた多多美比古命が怒って浅井姫命の首を切り落としてしまった。そのとき琵琶湖に転げ落ちた浅井姫命の首が、現在の竹生島になったという古い伝承がある。金糞岳は標高1317mで滋賀県第2位の山である。一方、伊吹山は標高1377mで滋賀県最高峰だ。なるほど、金糞岳に竹生島の標高を足すと、滋賀県最高峰は金糞岳となるのである。

 そんな都久夫須麻神社の裏手には、もうすぐそこまでカワウのコロニーが迫っている。金糞岳の頭部は、今や白糞で埋め尽くされようとしている。

 宝厳寺、都久夫須麻神社、これら歴史のある文化財産を湛える竹生島は、カワウによってその姿を変えてしまった。

 カワウが営巣地の植生に与える影響の研究は、これまで何名かの研究者によって研究されている。カワウの植物に与える影響として、糞の葉への付着、羽ばたきや踏み付け、巣材採集のための枝葉の折り取りなどが指摘されている。糞が葉に付着すると光を遮断し光合成を阻害する。さらに糞によって葉が脱水されると言われている(石田1993)。こうして同化器官である葉を奪われた樹木は生命を脅かされてしまう。
また、カワウが地面にまき散らす糞により、コロニーの土壌の総窒素量、総炭素量、含水量は、コロニー外の土壌と比較して大きくなり、さらに土壌のpHは低下し酸性化しているという(石田1997)。このような土壌の性質の変化は、周辺に生育する多くの草本や樹木に負の影響を与えると言われている。

 竹生島では、島の植生を守るため、これまで様々な対策を試行錯誤しながら行ってきた。平成12年度から17年度にかけ合計9ヘクタールに渡って営巣妨害のためのロープを張った。人が頻繁に島に入って巡回追い払いを行った。石鹸水を散布して卵の孵化率を低下させる試みや、樹冠に大きなネットを掛け営巣妨害を行った。繁殖期を中心にした銃器捕獲では、平成18年度には竹生島で8481羽の捕獲数が報告されている(滋賀県2007)。

 しかし、これだけの労力をかけても、いまだ有効な効果は見出されていない。これだけの嫌がらせを受け、銃でドンパチやられても、カワウは竹生島に営巣する。そこまでして竹生島に執着する理由は何なのか。周りは湖、餌となる魚は豊富、手短にたくさんの餌が採れる竹生島はカワウにとって絶好の繁殖地なのだろう。

 このような竹生島の現状を目の当たりにすると、多くの人にとってカワウは「森の破壊者」という印象が残るかもしれない。しかし、水系の物質を陸に運ぶ物質輸送者としての役割があるとも考えられている(亀田ら2002)。愛知県鵜の山にあるコロニー内の土壌は、かつて肥料として利用されていた。コロニー内の土壌は総炭素含有量、総窒素含有量が増加しており、糞の供給が適切な量であれば、むしろ植物にとって有利に働く可能性があると言われている(石田1997)。このようなコロニーの土壌は、化学肥料がなかった時代には、大変貴重なものだったと考えられる。昔の日本には、かつてこうしたカワウとの付き合い方があった。

 カワウが植生へ与える影響は、まさに破壊と創造であるかも知れない。確かにカワウは糞をまき散らし植生を破壊する。短い時間感覚でものを見る私たち人間の眼には、その行為は破壊としか映らない。しかし、地に蓄えられた豊富な栄養素は、その後長い時間を経て植物にとって有利に働くとも考えられる。
長い時間をかけて、カワウは破壊と創造を繰り返す・・・竹生島では、そんなカワウと植物の関係が、人々が知らないうちに太古から続いてきたという事もあり得る。今、竹生島に生息するカワウの個体数は、これまでのカワウの生息密度とくらべ「異常」なのだろうか。異常だとしたら、異常になった原因は何だろうか。

  ~カワウ完全排除か、共生か~

 今、竹生島では待った無しの状況になっている。特に、島に身を置く住職や神主にとっては、長い伝統を途切れさせる訳にはいかないと、深刻な問題を抱えている事は確かだろう。カワウの森林被害問題は、竹生島のような観光地ではカワウの存在そのものが問題となる。竹生島はこのままハゲ山になり、土が流れ出し、人が入れない危険な島になってしまうものそう遠い事ではないのかも知れない。文化財産としての竹生島を守っていくには、カワウを排除するしかないのであろうか。しかし、そうは言ってもカワウを完全排除する手段を人間はいまだ手にしていないのである。
今後、竹生島から完全に排除できたとしても、カワウは餌があり営巣できる環境があれば、再びどこかにコロニーを作るだろう。対策を怠ったら再び竹生島に戻ってきてしまうだろう。カワウという生き物がいる限り、その付き合い方を考えなくては問題の解決にならない。

 カワウは、戦後に一度絶滅しかけた鳥類であるが、その後見事に個体数と分布を拡大し、現在では殆ど日本全国に生息している。個体数が増えるに従って、人々との軋轢は深まっていく。しかし、カワウは、撃たれても、撃たれても、決してへこたれる事なく生きている。私は、そんなカワウの生命力は、ひとつの生物として、純粋に尊敬に値すると感じた。


<引用文献>
・石田朗1993:森林防疫42:2-5、日本のカワウの現状と問題点-森林に及ぼす影響を中心に-
・石田朗1997:名大森研16:75-119、カワウの生息が森林生態系に及ぼす影響
・亀田,保原,大園,木庭2002:海洋34-6:442-448、カワウによる水域から陸域への物質輸送とその影響
・環境省2004:特定鳥獣保護管理計画技術マニュアル カワウ編
・滋賀県2007:滋賀県カワウ総合対策計画

 
 
湖面に広がるカワウの群れ
船が近づくと一斉に逃げていく
 
枯死した木々
現在、島の大部分がこのような状況にある
 
島の南部にある港
ここはまだ緑が残されているが・・・
 
都久夫須麻神社の「かわら投げ」
鳥居に向かってかわらを投げると
竜神様が願いを叶えてくれるそうな
 
樹上に営巣するカワウ
 
虚しくたたずむ爆音機
今はもう使われていないようだ
 
枯死してしまった樹とカワウ
 
No.96 一覧に戻る No.95
ページの先頭へ