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No.106 道なき道のGPSテレメトリー

2010年04月発行
道なき道のGPSテレメトリー
濱崎 伸一郎(WMO)

 

八木式アンテナと受信機を担いで、電波発信器を装着したシカやカモシカを追跡していたのも今は昔。これまで本誌やホームページでも紹介しているが、WMOでも十年ほど前から野生動物の行動追跡に、全地球測位システム(Global Positioning System)を利用したGPSテレメトリー首輪(GPS首輪)を使用しはじめている。十数年前、かつての同僚であった手塚牧人氏、神山義徳氏とともに、栃木県足尾地域におけるシカとカモシカの行動を把握するため、夜を徹して追跡していたことが今では懐かしく思い出される。
GPS首輪使用の現状
動物用のGPS首輪は、海外のメーカー数社が製造・販売しているが、どのメーカーのものも、その機能は似たり寄ったりである。ただし、大型哺乳類とはいえ、ツキノワグマ、ニホンジカ、カモシカなどは世界的にはサイズが小さいため、装着できる首輪の大きさには自ずと限界がある。したがって、選択できるGPS首輪のメーカー、機種もサイズの面から限定されることになる。
GPS首輪の導入時から2年前まで主に使用していたのが、Lotek社(カナダ)の3300Sという機種である(写真1の右)。遠隔操作で首輪を脱落できるリモートドロップオフを加えても重量は470g程度で、シカやカモシカの成獣体重の1~1.5%にすぎず、それほど大きな負担にならないと考えられる。重量は小さいが、数年前のモデルでもその性能は十分なもので、1.数千点の位置データ採取が可能、2.設定するスケジュールにより1年以上の調査も可能、3.最短で5分間隔の測位(位置データ取得)が可能、4.日単位で測位スケジュールの変更が可能、5.動物の生死やシステムトラブルの状況を発信される電波のパターンで把握できる、6.遠隔操作あるいはタイマーにより首輪を脱落させることができる、など、それまでの電波発信器による行動追跡調査では考えられないような機能が満載であった。電波発信器を使って長年追跡をしてきたフィールドワーカーにとって、まさに魔法のツールを手にするような心地であった。
私が関わったプロジェクトでGPS首輪を本格的に使用したのは、平成16年度に岩手県から受託したシカによる農業被害の対策モデル事業であった。農業被害が激化していたある集落に出没するシカにGPS首輪を装着し(写真2)、約1年間をかけて5頭の行動を追跡した。

     

後述するようにいくつかのトラブルがあったものの、それぞれの個体で数ヶ月~1年間のデータが得られた。調査地の地形がなだらかで落葉広葉樹が多かったこともあり、測位成功率(位置の特定を試みたうち実際に位置が特定できた割合)はほぼ5割を超え、各個体でそれぞれ数千点の活動点を得ることができた。発信器の電波のみを頼りに追跡していた時代には、個体の行方をロストすることもあったし、短い間隔での追跡は不可能であった。しかし、GPS首輪の導入により、シカの季節別の行動圏を詳細に知ることができるようになり(図1)、5分~15分程度の短い間隔での測位により、加害個体の移動経路、集落への進入経路も把握することができるようになった(図2)。また、電波発信器を利用した追跡より位置精度が高く、ばらつきが少なくなったことも大きな進歩であった。

               


Lotek社のGPS首輪におけるトラブル
GPS首輪の導入により、野生動物の追跡に大きな進展をみることができたが、前述のプロジェクトで使用したLotek社のGPS首輪では、いくつかのトラブルに見舞われた。一つはシステムに組み込んだ測位スケジュールが狂ってしまい測位間隔が不定期になってしまうもの。二つ目はGPS首輪から発信される電波が停止してしまい、所在がわからなくなってしまうものであった。発信電波の突然の停止は、せっかく装着したGPS首輪を回収できなくなることを意味し、高価(オプションによるが1台あたり40~50万円以上)な機械を失うこともさることながら、それまでの調査の努力が水の泡となってしまう。致命的なトラブルである。また、これまでの経験では、リモートドロップオフが故障してしまい、GPS首輪を脱落させることができなくなるトラブルも少なからず発生しており、これも致命的である。
発生したトラブルはメーカーに報告し、修理等を依頼するのだが、現物を回収できないトラブルの場合は修理のしようもなく、メーカーも基本的には保証してくれない。踏んだり蹴ったりである。
GPS首輪の進化
トラブルの発生に改善のみられないLotek社のGPS首輪の代替として、一昨年前から使用し始めたのがTelevilt社(現Followit社)(スウェーデン)のTellusという製品である(写真3)。このメーカーの製品は、それ以前から日本でも使用されていたが、測位精度が劣ると報告されていたこと、また重量が大きいことから使用するのを控えていた。しかし、この数年間で軽量化が図られてシカやカモシカへの装着に無理がなくなるとともに、高機能化、低価格化など享受できるメリットが増してきていた。GPS首輪に必要な主な機能はLotek社のものとほぼ同様であるが、同社のものと比較して得られるさらなるメリットとして、1.重量は若干大きい(Lotek 3300Sと比して1.3~1.4倍)が、約2~3倍のデータが得られる、2.リモートドロップオフが電気式であり信頼性が高い、3.専用機器によるデータダウンロード(リモートデータダウンロード)が可能、4.国内に輸入代理店がありトラブル発生時のクレームがつけやすい、などが挙げられる。特に、GPS首輪を回収できなくなるという致命的なトラブルの発生に悩まされてきたことから、低価格帯の機種にもかかわらずリモートデータダウンロード機能が標準装備であるのが導入を決めた大きなポイントであった。
その後、Tellusはさらに軽量化が図られ、体格の良いニホンザルであれば装着できるモデルも発売されている(写真4)。WMOでも一昨年の夏に体重約10kgのニホンザルに装着し、ある群れの動きを約6ヶ月間に渡って得ることができた。バッテリー容量に若干不安が残ったものの、得られたデータからは群れの動き、泊まり場の分布などをつぶさに把握することができ、GPS首輪の威力を改めて実感した。ニホンザルの被害問題は、全国的にまだまだ拡大傾向にあり、各地で要因除去、追い払い、防護柵の設置、サル追い犬の導入、緩衝地帯(バッファーゾーン)の整備など様々な対策が試みられている。しかし、それぞれの効果についての客観的評価は不十分な状況にあるといわざるを得ない。今後、GPS首輪によって対策前後の群れの動きの変化を把握することで、費用対効果、効果の持続性、総合的な対策の立案などを議論する材料が得られると期待される。
  
Followit社のGPS首輪におけるトラブル
Followit社の製品に移行して約1年半が経過した。リモートデータダウンロード機能やリモートドロップオフの信頼性など、享受できたメリットも多い反面、Lotek社の製品と同様にトラブルに悩まされることも少なくない。これまで経験したトラブルとしては、1.データの記録装置(メモリ-)に不要なデータが書き込まれる、2.測位スケジュールが狂ってしまう、3.電力消費が極端に早く、バッテリーが早期に消耗する、4.バッテリー消耗を知らせるビーコンが数ヶ月発信されるはずなのに、きわめて短期間のうちに停止してしまう、などが挙げられる。3.の場合は、苦労して捕獲した個体から早期にGPS首輪を脱落させなければならず、業務によっては再装着の必要に迫られる。また、4.の場合は、脱落させるための電力も残っていないため、リモートデータダウンロードもGPS首輪の回収もできないことになる。これまでの実績から、何らかのトラブルが発生する頻度はLotek社の製品よりも高く、リモートデータダウンロード機能があることで、それによる損失を何とか埋め合わせられている状況である。メーカーの不断の努力により、早期に安定したシステムに改善されることを願うばかりである。
高山帯におけるGPS首輪の効用
近年、これまでシカが生息していなかった高山帯において、自然植生に対するシカの影響が大きな問題となっている。低山帯におけるシカ密度の上昇や、温暖化により高山帯の積雪量が減少するとともに積雪期間が短くなってきたことなどが高山帯へのシカの進出を促していると考えられる。
山梨県、長野県および静岡県にまたがる南アルプス(写真5)はその代表的な例であり、亜高山帯から高山帯にみられる高茎草本群落を中心に自然植生の衰退や土壌流出など大きな影響が出ている(写真6)。WMOでも山梨県などの委託を受けて当地域の調査を昨年度から実施しているが、調査項目の一つとして、シカの移動経路、各季節の利用環境、越冬地の特定などを目的としたGPS首輪を用いたシカの行動追跡を行っている。一昨年の12月に3頭のシカにGPS首輪(Tellus)を装着し、1頭は昨年春に死亡したものの、残る2頭は昨年11月までの約1年間の行動を調査することができた。南アルプスは大きな山塊であり、山脈を東西に横断できる林道は北沢峠を通る南アルプス林道くらいしかない。したがって、GPS首輪から発信される電波により装着個体の大まかな位置を把握するのにも苦労し、長い間電波を捕捉できないこともしばしばであった。また、タイマーによりGPS首輪が脱落する時期が近づいても所在がわからない個体については、最終的にセスナ機を用いた上空からの電波確認により大まかな位置を探索することも必要となった。しかし、こうした苦労により回収できたデータからは、当初予想もしていなかったダイナミックなシカの動きを知ることができた。これまでの電波発信器による追跡であれば、このような大きな山塊で、かつ使える道も乏しい地域においてシカの行動を把握することはほとんど無理であったのだが、まさに“道なき道のGPS首輪の効用”といえる成果であった。
GPS首輪は精密機械であり、これからも当分の間、いろいろなトラブルに悩まされることは覚悟しなければならない。しかし、早急な対策を求められている高山帯におけるシカ問題解決のためには欠くことのできないツールであり、解決の糸口を探る大きな成果をもたらしてくれるはずである。

  
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