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No.107 犬猿の仲

2010年07月発行
犬猿の仲
岡野 美佐夫(WMO)

 

 「犬猿の仲」とは、言うまでもなく仲が悪いことのたとえですが、フィールドでサルとイヌが出会う場面を見ると、イヌが追い、サルが逃げるケースがほとんどで、仲が悪いというより、優劣は一目瞭然です。林から離れた場所でイヌに出会うと、サルは林に向かってまっしぐらに走って木にあがるか、あるいは近くにある木の上にとりあえず逃げます。サルが地面でイヌと対峙してやりあう姿はなかなか見かけません。地上ではイヌの方が走るスピードが速く身のこなしが敏捷なので、サルは太刀打ちできないことをわかっているようです。ときどき木の上からイヌに向かって威嚇するオスザルを見ることもありますが、たいていのケースではイヌの方が優勢に見えます。
 青森県の下北半島では、私が学生のころには、飼い犬の管理が甘く、鎖をつけずにイヌを飼っている家が多く、冬にはこうしたイヌが山にはいり、数頭が徒党を組んで半野犬化していました。こうしたイヌの集団とサルの群れが出会うと、明らかにサルの方が劣勢です。イヌに気づいたサルは、即座に警戒声を発し、これを聞いた他のサルたちは一斉に木に上がります。イヌは群れの広がりのなかを走り回って、地面にいるサルを見つけると猛然とダッシュします。逃げ遅れたサルはおそらく噛み殺されるのではないかと思われるような勢いです。
 こうした場面を目にしていたので、サルはイヌを怖がるものと思い込んでいたのですが、これを覆す例をいくつか見てきました。
 
イヌをいじめるサル
小田原市で10年以上前に、ハナレザルが住宅地に出没し、飼い犬のドッグフードを奪ったり、イヌに攻撃したりする、そのうち人に危害を加えないか心配なので、捕獲に手を貸して欲しいと市から協力依頼がありました。近隣の住民に話を聞いたところ、ここに出没するハナレザルはイヌがつながれていて鎖の長さ以上は動けないことを見抜いているようだ、イヌの隙を見てドッグフードを盛った餌入れを手前に引き、猛烈に吠え続けるイヌの目の前で、ゆうゆうと餌を食べ続けるということでした。別のお宅では、物干し台につないだ柴犬がこのサルに威嚇され、逃げ回っているうちに鎖が物干し台の足に巻きつき、身動き取れなくなったところをサルに噛まれて、尻尾を食いちぎられたということでした。庭の隅を見ると、たしかにちぎれた尻尾が落ちており、これ以上サルにやられないようにと玄関に保護された柴犬は、足を何箇所か噛まれてお座りの姿勢がとれず、横座りの体勢で休んでいました。このサルは結局、イヌを飼っているお宅の近くをうろうろしているところを麻酔銃で捕獲されました。
 
イヌと仲良しのサル
 これも10年以上前の話ですが、熱海市からハナレザルの捕獲協力を依頼されたことがありました。1頭のサルが街中に出没し、人を威嚇し、商店の食品を奪う、それでいて犬とは仲がよく、毛づくろいをしてあげている、という話でした。イヌと仲良しになったサルは珍しいなと思いましたが、そのあたりは、群れの出没地域からは離れていたので、出没するサルが単独のハナレザルというのは、もっともらしい話でした。捕獲を依頼され、下見に行ったところ、仲良しの犬が飼われている商店のすぐ近くで、屋根伝いに逃げるサルをさっそく見ることができました。ただ何か変でした。ハナレザルになるのはオスと決まっていましたが、このサルはメスにしか見えません。市の職員に仲良しのイヌというのは、もしかするとオスではないかと尋ねると、このあたりにこのサルと仲良くなったイヌは3頭いるが、どれもオスで、近所のメスイヌはこのサルに噛まれたと言います。さらにこれまでの経緯を聞くと、サルが出没をはじめた当時はしきりに吠えていたイヌが、サルが通い詰めるうちに慣れたのか、やがて吠えるのをやめた。その後も通い続けたサルは、嫌がるイヌの鎖を手繰り寄せ、ヒンヒン悲鳴をあげて怯えるイヌに毛づくろいをするようになる。イヌの方もこうしたサルに次第に慣れ、気持ち良さそうに毛づくろいされるようになった、のだそうです。住民から通報を受けた市の職員が役所の車で駆けつけると、いち早く気づいたイヌが吠え立て、サルを逃がす、とも言っていました。
 こうした話は、市の担当者も自分でみたわけではなく住民から聞いた話ですので、伝言ゲームのように話に多少尾ひれがついたりしたものかもしれません。が、ともかく、イヌとサルが仲良くなっているというのは本当のようでした。
 市の職員と一緒に檻を設置していると、商品を略奪されるという店の主人が現われ、イヌを外につないでおくとサルが寄ってくるから、サルを捕まえるなら、家の中に入れているイヌを外に出しておけばいい、すぐにサルの方で見つけると言います。その助言に従い、イヌをつないだすぐ近くに檻を設置し、昼食を食べにその場を離れたところ、わずか15分後には問題のサルが現われて、檻にはいりました。捕まった個体を調べると、やはりおとなのメスでした。メスの単独個体(ハナレザル)というのは聞いたことがなかったので、あちこちでこの話をしたところ、「それは俺が放したサルだ」と言う人がいました。有害鳥獣駆除で捕まえたサルの処分に困り、少し離れたところに持っていって放した、というのです。事情を聞くと時期的には辻褄があいました。それが確かなら、このメスは生まれ育った土地から離れた見知らぬ地域に1頭で放され、途方に暮れていたのかもしれません。そうした状況のなか、どうしたわけか、イヌと仲良くなり、イヌの方もサルになついたのでしょうか。「犬猿の仲」と言っても、状況によりさまざまなケースがあるものです。
 
モンキードッグ(猿追い犬)
少々長かったですがここまでは前置きで、今回の話のメインは、モンキードッグ(サル追い犬)です。上にあげた例はいずれも鎖につながれたイヌ(繋留犬)とサルとの話です。つながれたイヌや小型犬だとサルは怖がらないことがありますが、中型犬以上でトレーニングを受けたイヌを使う場合、サルの追い払い効果はてきめんです。
ゴールデンウィークに、モンキードッグの導入で効果をあげているという、青森県のむつ市に行き、モンキードッグと追い払いの状況を見せてもらいました。


写真1 むつ市の追い払い隊のロゴマーク
追い払い隊の車両に貼ってある。

 
 ここでは2年前(2008年)の8月に、2頭のジャーマンシェパードを配備しました。2頭はもともと警察犬としてのトレーニングを受ける予定でしたが、モンキードッグ育成の要請を受け、他の2-3頭とともに適正を評価するために現地(旧脇野沢村)に連れてこられ、実際にサルの群れに引き合わされてその反応から選定されたということです。その後警察犬訓練所で服従訓練などを受け、訓練終了間際にはハンドラーとなるサル監視員5-6名もイヌの扱い方の講習を受け、それが完了して、現地に配備されるようになりました。ジャーマンシェパードを選んだのは、警察犬訓練所の職員の薦めですが、複数のハンドラーが扱う場合に特に向いているということです。
実際に2頭のジャーマンシェパードと対面してみると、初めて会う私や同僚には人見知りをし、こちらが近づくとすぐにハンドラーのそばに移動し、見知らぬ人を怖がっているような印象を受けました。これはモンキードッグとしては大事なことだと思います。繋留を解いてサルを追わせるわけですから、そのさなかに出会った人に対して脅威を与えたり、間違っても人に危害を加えるようなことがあってはならないわけで、見知らぬ人に臆病なくらいがいいのでしょう。それでいて複数のハンドラーになついていて、勤務スケジュールによるハンドラーの交代にも支障なく対応するそうです。ハンドラーは交代しながら休日をとりますが、2頭のモンキードッグは、365日休みなしに出動します。


写真2 むつ市のモンキードッグ
写真はジャーマンシェパードのメス。もう1頭オスのジャーマンシェパードも配備されている。

 
365日休みなしの出動と言っても、実際に毎日のようにサルを追ったのは、はじめの数ヶ月だけで、その後は、群れの農地への出没回数が減り、サルを追わずに、群れの所在だけを発信機で確認する日が多くなったそうです。サルの群れが畑から離れた山林内にいるときには、モンキードッグを放すことはしません。そのようなときに追わせると、サルは農地を回避することを学習できず、かえって畑への出没を促す結果になるためとのことです。ハンドラーはモンキードッグの健康状態もチェックして、食欲、便の状態、外傷の有無、給餌量などを日誌に書き込むそうです。


写真3 モンキードッグ輸送用の軽トラック
荷台に見える輸送用ケージの中にオスのシェパードが入れられている。
サルの群れが畑に出ないときには、ケージから出されてハンドラーと散歩する。

  
 モンキードッグの配備前と比べ、サルによる農作物被害はおよそ1/10に減少したということですし、群れの利用地域自体が山側にシフトしたそうです。ここは天然記念物指定地域のため、他とは比べ物にならないくらい潤沢な予算が投入されているからこそでしょうが、これまで監視員だけではとうてい成し遂げられなかった程度、被害を減少させ、群れを農地から遠ざけることに成功しています。
 
従来、イヌの放し飼いは禁じられてきましたが、近年改正された動物愛護管理法では、次の条件に合致する場合は、繋留を解くことを例外的に認めることになっています。
(1) 警察犬、狩猟犬等を、その目的のために使役する場合
(2) 人、家畜、農作物等に対する野生鳥獣による被害を防ぐための追い払いに使役する場合
モンキードッグは上記の(2)に該当するため、管理者(ハンドラー)が同行する場合には、引き綱から放していいことになったわけです。
各地で導入が増えているモンキードッグは、紹介したむつ市(旧脇野沢村)の例のように、市がイヌの飼育管理からハンドラーの雇用まで万全の体制をとっているわけではなく、被害発生地域の飼い犬のトレーニング代と飼い主(ハンドラー)の研修費用を公費で肩代わりし、追い払い自体は
飼い主の自主性に任せるケースが多いようです。いずれにしてもこうした取り組みは、古典的な「犬猿の仲」を復活させ、それによって被害管理と健全な状態でのサル個体群の維持を進める有効な手法ではないかと期待しています。

 

 
 
 
参考
「モンキードッグ」の普及状況
 
 
モンキードッグの取り組みが全国的に広がるきっかけになったのは、長野県大町市の取り組みだと言われている(農林水産省 http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h20_h/trend/part1/
chap2/t3_03.html )。同市はモンキードッグの導入以前に、電気柵で農地を囲み、サルに発信器を装着して、群れが農地や集落に接近すると追い払いを行っていたが、それでも被害が解消されないため、2005年にモンキードッグを導入し始めた。むつ市の例とは違い、大町市では住民の飼い犬を民間の警察犬訓練所でトレーニングし、飼い主の農地や住居近くをパトロールし、サルの群れが出没した場合には追い払うというもので、モンキードッグの巡回する地域ではめざましい被害軽減効果があったそうである。
この成功例を受けて、長野県内や他県に広まり、2008年時点では、21府県42市町村まで広がった(農林水産省HP 前掲)。
 
  
都道府県別モンキードッグ取組状況
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