No.109 奥山放獣の成否に関わる要因
2011年01月発行
奥山放獣の成否に関わる要因
金子 文大(WMO)
昨年2010年は、西日本において、2004年と2006年の大量出没を上回る規模のツキノワグマ (Ursus thibetanus) 大量出没が起き、各地で農作物被害や人身被害といった被害が多数報告された。一方において、ツキノワグマは特定鳥獣保護管理計画により地域個体群の長期にわたる安定的維持の必要性が求められており、非致死的な手段による被害対策が必要となっている。こういった状況の中で、西日本の各県においては、被害対策あるいは錯誤捕獲で捕まったクマを奥山へ運び放獣するという奥山放獣が行われてきた。奥山放獣は元々アメリカ合衆国において、1950年代から導入されている手法であり、同国においてはヒグマ・アメリカクロクマを含めてこれまで数多くクマが放獣されてきた。そこで今回は、ツキノワグマの近縁種であるアメリカクロクマ (Ursus americanus) のアメリカ合衆国での事例を参考にし、奥山放獣の成否に関わる要因を検討することにした。以下クマとした場合は、特に断りがない限りアメリカクロクマを指すものとする。
1. 回帰率における移動距離の効果
Landriaultらは、カナダのオンタリオ州五大湖を形成するスペリオル湖およびヒューロン湖の北東側に位置する3区域: シャプロー、サドバリー、パリーサウンドにおいて、移動距離と回帰率との関連を検証した (Landriault et al., 2009) 。上記3区域において、1982年~1997年の間に、獣害などによりヒトとの間に問題を起こした個体合計203頭が罠や麻酔銃を用いて捕獲され、イヤタグによる標識後、最大389km離れた地点まで移動された後に放獣された。これらの個体のうち、狩猟や被害対策による再捕獲・捕殺や交通事故、目視により放獣後の所在が明らかとなった71頭が解析の対象となった。これら71頭のうち、4歳以上の個体33頭中24頭 (73%) が、1~3歳の個体では38頭中11頭 (29%) が捕獲地点付近で見つかったことから、成熟度合いにより回帰率に違いがある可能性が考えられ、弱齢個体と成熟個体は別々に解析が行われた。弱齢個体では、年齢・移動距離・性別といった変数で回帰率が予測されるモデルが得られ、年齢が1年上がると回帰率が約3倍に上昇し、移動距離が1km増えると回帰率が3%低下し、雌は雄の回帰率の約4倍になるという結果が得られた。一方、成熟個体においては、移動距離は回帰率にほとんど影響を及ぼさず、年齢が上がるにつれ回帰率が高くなるという結果となった。
奥山放獣において、個体間で違いがあるものの、元いた場所から遠方に放獣すれば、回帰率が低くなるというのは当然のことのように思えるが、100km以上離れた放獣先からでも元の場所に戻ってきた個体の存在も報告されており、放獣先を遠方に設定するだけでは、クマを放獣先に留める、あるいは、捕獲地点に戻ってくるのを阻止するのは難しい。(Landriault et al., 2009; LINNELL et al., 1997)
2. 嫌悪刺激の追い払い効果
そこで、次に、奥山放獣で使用される嫌悪刺激の追い払い効果を検証した事例を紹介する。セコイア国立公園は、アメリカ合衆国ネバダ州シエラネバダ山脈の南に広がる米国で3番目に歴史のある国立公園で海抜418~4417mという高低差とともに、1645km2という広大な面積を有している。セコイア国立公園は559個のキャンプサイト、3つのビジターセンター、7つのピクニック区域を有し、年間100万人近い観光客が訪れる。一方において、毎年100件以上のhuman-bear conflictが起き、クマによる被害額は数千ドルにも上る。Mazurは2002年6月~2005年9月の間、キャンプサイトなどといった開発された地域 (developed area) の50m以内にクマが接近した場合、「ヒトによる追い払い」、「投石」、「パチンコ」、「ゴム製スラッグ弾」、「唐辛子スプレー」のいずれかもしくはいくつかを組み合わせることによりクマを追い払い、追い払い直後、直後~1時間後、当該シーズン内 (当年9月30日まで) のクマの反応を検討した (Mazur, 2010) 。その結果、150頭以上のクマに対して計1050回の追い払いが行われた。1050回のうち、726回は36頭のヒトの出したゴミに依存したり、ヒト馴れしたりした特定のクマ (以下人為的餌に依存したクマ) に対して行われた。実際に行った追い払いの内訳は、ヒトによる追い払い: 549回、投石: 249回、パチンコ: 70回、唐辛子スプレー: 82回、ゴム製スラッグ弾: 100回であった。追い払い直後の反応では、人為的餌に依存していないクマに関しては、「ゴム製スラッグ弾」や「ヒトによる追い払い」において高い効果が認められ、それぞれ85%、70%のクマが即座に逃げ出した。一方、人為的餌に依存したクマでは、「ゴム製スラッグ弾」を使用した場合92%の個体が即座に逃げ出したものの、他の手段では即座に逃げ出した個体は半分以下であった。また、追い払いをした場所による違いでは、自然地域 (natural area) や道路脇、続いてキャンプサイト、ピクニック区域の順にクマは追い払い後すぐに逃げ出すという結果が得られた。年齢別の比較では、0歳児、成獣、続いて1歳仔の順に追い払いに対してすぐに逃げ出すという結果になった。追い払い後1時間以内の反応を調べたところ、人為的餌に依存していないクマにおいては、唐辛子スプレーを使用したところ77%のクマが元いた場所に全く寄り付かず、同様にゴム製スラッグ弾: 73%、ヒトによる追いかけ: 68%、投石もしくはパチンコ: 56%の順に効果があった。人為的餌に依存したクマにおいては、ヒトによる追いかけ: 84%、唐辛子スプレー: 82%、投石もしくはパチンコ: 67%、ゴム製スラッグ弾: 50% の順に効果が認められた。また、人為的餌に依存した36個体において当該シーズン中の効果を検討したものの、追い払いによる有意な効果は認められなかった。4年間の調査期間を通じて、人為的餌に依存した36個体のうち11個体は24回以上の追い払いを受けた一方で、残りの25個体が受けた追い払いの回数は13回以下であった。そして、これら2群の間には有意な齢構成の違いが認められ(Fisher’s exact test、 P = 0.022) 、追い払い回数が24回以上の群では0歳仔: 9%、1歳仔: 36%、 成獣: 54%となり、追い払い回数が13回以下の群では0歳仔: 52%、1歳仔: 8%、成獣: 40%であった。
以上のように、嫌悪刺激により長期間の効果を期待するのは難しく、特に人為的餌に依存した個体に対しては繰り返し追い払う必要があること、また、若齢個体に対しては追い払い効果が低い可能性が示された。
3. 回帰率における嫌悪刺激の効果
そして、最後に回帰率における嫌悪刺激の効果を検討した例を紹介する。調査地はアメリカ合衆国ネバダ州シエラネバダ山脈と付近の山脈の周辺である。シエラネバダ山脈に囲まれるタホ湖底には5万人以上が居住し、また周囲のリノ市およびカーソン市には35万人が居住する。対象地域は、ワサッチ山脈とシエラネバダ山脈の間に存在するグレート・ベイズンに生息する個体群の東端であり、最寄りの個体群であるユタ州の個体群とは750km程離れている。Beckmanらは、1997年7月1日~2002年4月1日にかけて、タホ湖底の市街地において、カルバートトラップを用いて、合計62頭のアメリカクロクマを捕獲し、発信機付き首輪を装着後1~75km移動し、以下の3種類の処置のいずれかを行った後に放獣し、捕獲地点への回帰率を検討した (Beckmann et al., 2004) 。比較検討された3群は、実験群 (n = 21)、実験+イヌ群 (n = 20)、対象群 (n = 21) から構成されている。実験群では 「唐辛子スプレー」・「ゴム製散弾もしくはスラッグ弾」・「cracker shell」・「(ヒトによる)追い払い」が行われた。実験+イヌ群では、さらに猟犬による追い払いが行われた。クマの位置情報は毎週セスナ機を用いて確認された。その結果、62頭中57頭は調査期間中に捕獲された区域に戻って来たことが明らかとなった。33頭は29日以内、17頭は30~180日以内、7頭は181~365日以内に戻り、残りの5頭は365日以内に戻って来なかった。また、回帰するまでの日数と行った処置との間に有意な関連は認められなかったものの (ANOVA; F2, 59 = 0.61, P = 0.5468)、実験群および実験+イヌ群は対象群と比べて回帰するまでの日数が長くなる傾向が認められ、回帰に要した日数はそれぞれ、実験+イヌ群: 154±202日、実験群: 88.4±76.5日、対象群: 64.6±103.9日となった。
この研究では、バラツキが大きく嫌悪刺激の有意な効果は認められなかったものの傾向が認められたことと、1年以上にわたって回帰しない個体が存在したことから、個体によって感受性に違いがあるということが示唆された。
今後のクマの保護管理について
表に奥山放獣の回帰率に関わる要因とそれらの作用をまとめた。
今回紹介した研究から、ツキノワグマにおいても、現在西日本で行われている奥山放獣の方法に加えて、ゴム製スラッグ弾やイヌによる追い払いを繰り返し行うことが有効である可能性が伺えた。実際に放獣の際に、発信機付の首輪を装着するケースもあることから、放獣後に集落や農耕地に近づいたクマに対しては頻繁に追い払いをすることにより、農作物被害や人身被害を減らすとともに、人為的餌に対する依存度を低下させることが可能となるだろう。また、特定の場所、例えば果樹園などに決まった個体が出没しかつその個体の存続が危ぶまれている個体群に属するといった保護の必要性が高い場合は、イヌの躾用に開発された電気ショック首輪を適用し、果樹園への接近を抑制するといったことも選択肢の一つになるかもしれない (Schultz et al., 2005) 。
今回は主に、奥山放獣の成否に関わるクマ側の要因を検討したが、クマが戻って来る前に、農耕地やゴミなどの誘引物の除去を徹底するといったヒト側の管理も当然必要となってくる。
<引用文献>
Beckmann, J., Lackey, C., Berger, J., 2004. Evaluation of deterrent techniques and dogs to alter behavior of “nuisance” black bears. Wildlife Society Bulletin 32, 1141-1146.
Landriault, L., Brown, G., Hamr, J., Mallory, F., 2009. Age, sex and relocation distance as predictors of return for relocated nuisance black bears Ursus americanus in Ontario, Canada. Wildlife Biology 15, 155-164.
Linnell, J., Aanes, R., Swenson, J., Odden, J., Smith, M., 1997. Translocation of carnivores as a method for managing problem animals: a review. Biodiversity and Conservation 6, 1245-1257.
Mazur, R., 2010. Does Aversive Conditioning Reduce Human-Black Bear Conflict? Journal of Wildlife Management 74, 48-54.
Schultz, R., Jonas, K., Skuldt, L., Wydeven, A., 2005. Experimental use of dog-training shock collars to deter depredation by gray wolves. Wildlife Society Bulletin 33, 142-148.
No.109 | 一覧に戻る | No.108 |