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No.111 厠のタヌキ

2011年07月発行
厠のタヌキ
 
岸本 真弓(WMO) 

 

タヌキのタメ糞ではなく、タメ糞場のタヌキを見ることができた。
 
6月11日22時45分46秒
首を左右にこまかくふり、ふん、ふんとうなずくように地面につけた鼻をうごかしながら、落ち葉を踏みしめスタスタ歩いてくる。
突然前足を突っ張り、後ろ足をやや前において、踵と膝をおりまげ腰を下げ、尾を持ち上げる。ちょっと足下がよくなかったか、後ろ足を微妙に置きかえた。
今日の糞はややゆるい。水様性とまではいかないが、水分含量が多くじゅるじゅると出る。無防備な状態だからか、耳を動かし、頭を動かして周囲を気にしている。終盤、肛門の開け閉め、しぼりにあわせてか、3度尾が上下する。最後になるほど軽い。
最後カメラをちら見して、足早に去っていった。
22時46分11秒 足音も聞こえなくなる。
 
   写真1
 いろいろ思うところがあって、今年はタヌキに再び、より、近づく年にしようと決めた。彼らの生き様を知る調査がしたかったが、とにかく年中忙しい。月に数日の調査日を設けることも現状では不可能だろう。せめて月に一日ならなんとかなるのではないか。月に一日タヌキのことを深める日曜日を設けよう。タヌキサンデーだ。などと決めた。
 月に一日でとなれば、センサーカメラ(動物の存在を察知して自動的に撮影する装置)だ。何よりも「見る」と理解は深まるし、想像も発想も無限に広がる。さっそくカメラや、設置のための小道具をそろえる。どこをフィールドにするか、1/25,000地形図と道路地図を見比べ作戦を練る。自宅から遠くなく、無理なく日帰りでき、広く続く山塊の一部で、アプローチしやすく、今後試したい内容のことができる地形であること。20箇所ほど候補地を決め、まずは自宅の北側の、もっともよさそうなところに、5月3日下見に行った。
 5kmほどの尾根をくるりと歩いて、なんと8箇所のタメ糞場を見つけた。ビギナーズラックか! 最初と途中に枯れたアカマツの倒木が多く歩きにくい場所が続くが、基本的に二次林でシカやイノシシ、テンなどもいるようだ。その上、法にも地元の方々の怒りにも触れない丁度良い駐車スペースもある。なんて、ラッキーな。
 他にも良さそうな候補地はあったが、下見に行く日を確保するのもなかなか難しいので、ここに即決、private fieldの誕生だ。
 
 5月22日、カメラを設置しに行く。当日天気は良くなかったが、5月はこの日以外もうタヌキサンデーはとれない。雨天決行。
 ザックに単2電池を6個使うカメラ8台。かさばるし、けっこう重い。だが、足取りは軽い。5月3日に見つけたタメ糞場にはビニールテープを目印にまいておいた。目印はなんなく発見。しかし、タメ糞が見あたらない。前回ははっきりたっぷりあったのに・・・
 雨のせいか? まさかタヌキがいなくなったのではあるまいな、化かされたとか? 今考えても答えはでないだろうし、とにかく私にはこの日にカメラを設置し終えるという使命(?)があった。雨の中、カメラに傘をさしかけて、8台のカメラを4カ所のタメ糞場に設置し、それぞれ1台はカメラ、1台はビデオ撮影するようセットした。
 
 6月12日。また雨である。前夜から早朝にかけては豪雨の範疇だろう。いつまでたっても雨女、妖怪あめふらしの妖力衰えなし。しかし、6月のタヌキサンデーはこの日のみ。ワイパーをハイパーにして車を走らせる。幸い、山を歩き始める頃には小雨となり、やがて水滴は空気中におさまった。
 センサーカメラのメディアはSDカードで、手持ちのデジカメで写真を確認できる。1カ所目のセンサーカメラのチェックでは、気がせいてSDカードの挿入向きが違っているのに何度もカメラに差し込もうとしていた。間違いに気づいて挿し直し、そこに写し込まれたタヌキを見たとき、思わずガッツポース! 200枚、300枚、100枚、200枚と、4カ所のカメラは撮影していた。4カ所すべてのタメ糞場にタヌキはやってきていた。
 タヌキはいる! タメ糞場で糞もしている!! おまけにタヌキ以外の動物もたくさん写っている。アナグマもタメ糞場で糞をしている!? ビデオの方はどんな行動を撮影してくれているのだろうか。濡れ髪もそのままに、事務所まで車でまっしぐら。パソコンにデータを落として、見てみると・・・
 
=最初に戻る=
という映像が録れていたという訳だ。
   写真2
 ビデオの方には、タヌキがタメ糞場を点検し、脱糞し、去っていく姿がいくつも撮れていた。ただの通りすがりか、それともセンサーに感知された時には事を終えたあとだったからか、走り去る姿だけのものも多い。しかし、体を左右上下にゆらしながらタッタカタッタカ走る姿は、一見不器用そうでとてもいとおしい。道草しながら歩く2頭は、ペアなのだろう。この時期だとすると、すでに交尾はすませてメスは妊娠中なんだろうか。ザーザー雨音がするなか、毛先を濡らして歩き回る姿は当たり前ながら毎日採食に出なければならない生き方と毛皮の防水性を想像させる。たった一度のメディア回収で多くの情報と、想像と研究と心の安寧の糧を得た。
 また、月に1度既知のタメ糞場を訪問するということからだけでも、考えさせられることがある。たとえば、雨とタメ糞との関係だ。実は、6月12日もタメ糞場に糞はほとんど見あたらなかった。どのタメ糞場もタヌキの訪問はあり、脱糞しているのにである。やはり雨のせいか・・・

これまで本誌の54号や88号で紹介してきたとおり、毎年秋と春に行われるシカの糞塊密度調査時、タヌキのタメ糞を見つけた場合には記録してもらうように調査員の方々に頼んでいる。調査員の方々のご協力を得てタヌキのタメ糞場の消長をかれこれ15年ほど見守ってきた。
 調査票をもう一度チェックした。全部は大変だったので、比較的タメ糞場数の多い京都府と滋賀県を対象として過去4年間分を調べた。調査時に雨に降られるとその大変さが脳裏に焼き付いて記憶として鮮明に残りすぎるからか、雨にある程度降られていると思っていたにも関わらず、滋賀県の調査では、2009年に1日、京都府では2010年に1日降られただけで、その前後合計3年間はせいぜい曇りのち小雨くらいで調査日和には恵まれていたようだ。図1は2009年に雨に降られた滋賀県のその前2年とその後1年、図2は2010年に雨に降られた京都府のその前2年とその後1年の、雨に降られたメッシュでの発見タメ糞場数の推移である。
 
滋賀県(図1)の方は、雨天だった2009年にほとんどのメッシュで発見タメ糞場数が減少している。ただ、2008年に0になってしまったメッシュNo.42も含め2009年に0になったメッシュは2010年にも全く発見できていない。このことは、雨のせいだけでタメ糞場の糞が消失し発見できなかったとは考えにくいことを示している。京都府(図2)では、雨天だった2010年に減少したメッシュは一つしかなく、因果関係は認められない。当日になって雨が降り始めたのと、前夜まで数日間雨天であったのでは、後者の方がタメ糞消失に影響が大きそうだが、今回そのことまで確かめることはできなかった。


長期間のタメ糞場調査結果でもうひとつ、確認してみた。クマ大量出没年との関係だ。クマが人里近くに数多く出没する年は山の実りが凶作だとされる。近畿地方では昨年(2010年)、2006年、2004年などがそれにあたる。果たして、その影響はタヌキにどうでるのか。
 図3、図4、図5は兵庫県、滋賀県、京都府の最近の発見タメ糞場数の推移である。兵庫県は2001年から、滋賀県は2005年から、京都府は2001年から毎年欠かさず調査してきたメッシュでの発見タメ糞場数の合計を示した。該当メッシュ数は、兵庫県が21メッシュ(淡路島を除くと18メッシュ)、滋賀県が25、京都府は28メッシュとなる。

図3-図5
 京都府のみが、クマの出没件数と呼応するようにわずかながら隔年で増減を繰り返しているが、兵庫県や滋賀県ではそのような傾向は認められない。京都府の増減も決して大きなものでなく、クマの出没数の変動幅にはとうてい及ばない。

 それより兵庫県の減少傾向の方が気になる。タメ糞場の消長には、晴雨といった天候や、温暖化で糞虫の活動性に変化があるとか、調査員側の事情とか、実際のタヌキの利用頻度の高低とは異なる要因があるとは思うが、この10年間明らかに減少傾向にあるので、タヌキ側になにか変化があったかもしれない。もっと地域を細分化して検討してみる必要もあるだろう。
 タメ糞場調査は調査員の方々(=「緑とタヌキ研究グループ」名誉会員、と勝手にさせていただいている)のお力を借りながら、今後も継続していくつもりである。いろいろと課題はあるとは思うが、広域にタヌキを見ていくよい手法だと信じている。

 一方で、センサーカメラによる観察は、タヌキの行動を知る強力なツールだ。こちらも可能な範囲で楽しく続けていき、またわかった成果をみなさんに報告し、一緒にタヌキを理解していっていただきたいと思う。

6月4日17時23分24秒
すでに腰を落とした姿のタヌキがいる。膝頭が肘にあたるほど腰を落としている。尾は地面に水平に保たれている。何か物音がするのか、耳を最大限後ろに引こうとしている。肛門を絞ったか、4回尾を上下させ、左斜め上をちらりと見て歩きだす。3歩ほど左前に出たところで何かあったのか、しきりと鼻を地面につけ、右前足で落ちた枝をかく。8秒で納得したか、体をひるがえし、ちょんちょんちょん、ちょんちょんちょんというリズムで体をゆらして走っていく。途中の低い倒木は左右の両足をそろえて軽やかに飛び越えた。姿は見えなくなり、足音が遠ざかっていった。
17時23分54秒 気配が消えた。

写真3

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