No.113 ニホンザルの群れ生息分布推定法の開発
2012年01月発行
ニホンザルの群れ生息分布推定法の開発
清野 紘典・岡野 美佐夫・岸本 真弓(WMO)
コストパフォーマンスが良いサル生息調査方法があれば・・
ニホンザルの保護管理計画を策定するにあたり、群れの生息状況は基礎的な情報として必要である。特定計画のモニタリング調査として過去に実施されてきた生息分布調査は、主にアンケート方式によってメッシュ図等で地域的な生息分布を把握する方法、あるいはサルを生体捕獲し、ラジオテレメトリー法によって群れ別に行動圏を明らかにして群れの分布を図化する方法である。前者は、簡便であるが群れ別の行動圏を把握することができず、後者は群れ別の行動圏把握に特化するが、対象とする群れが多いと生体捕獲やラジオトラッキングにかけるコストが増加し、モニタリングにかける予算が限られている場合は広域的に情報を収集することができない(表1)。
低コストで広域的なエリアを対象にでき、かつ群れの行動圏まで推定することができる生息分布調査方法があれば、特定計画の策定、あるいは改定のためのモニタリング調査として広く運用されることが期待される。
そこで、直接観察した群れ情報(アンケート等)をもとに低コストで広域的に群れの生息分布を推定するコストパフォーマンスの高いモニタリング方法を開発し、その実用性を検討した。
群れ判別プログラムSARUGUN
ニホンザルは集合性の良い集団として群れを形成し、基本的に離合集散しない。また、隣接する集団とは競合関係にあり、保守的な行動圏を構える。さらに、昼行性の哺乳類のなかでは比較的直接観察することが容易である。これらニホンザルの行動特性を考慮し、一定期間、一定地域内でサルの群れを直接観察した場所・時間の情報を収集することで機械的に群れを判別して群れ生息分布を推定するコンピュータプログラム(SARUGUN)を作成した。
群れ判別プログラムSARUGUNは判別条件として以下の4つを設定している。
① 単位時間あたりの群れの移動距離 【時間移動距離】
② 一日の群れの移動距離 【日移動距離】
③ 同時観察可能な群れの広がりの距離 【同時基準距離】
④ 判別から除外する位置情報間の距離 【地域区分距離】
仮に①時間移動距離を300mに設定した場合、群れ確認A地点に対して1時間内に得られた群れ確認地点のB地点とC地点のうち、A地点から300m内のB地点は移動可能のため同一群、300m以上離れているC地点は移動不可能のため別群と判別する(図1)。
仮に②日移動距離を2000mに設定した場合、サル確認A地点に対して1日内に得られたB地点とC地点のうち、A地点から2000m内のB地点は同一群、2000m以上離れているC地点は別群と判別する(図2)。
仮に③同時基準距離を100mに設定した場合、サル確認A地点に対して同時刻に得られたB地点~G地点のうち、A地点から100m内のB地点とC地点は同一群となるが、100m以上離れている他の地点は別群と判別する(図3)。
仮に④地域区分距離を50kmに設定した場合、サル確認A地点に対して、A地点から50km圏内のB地点・C地点・E地点は判別対象地点とするが、50km以上離れている他の地点は判別から除外する(図4)。
ただし、地域区分距離は内部設定として50kmを最大距離としており、50km以下の任意の値しか選択することができず、50kmを超える各位置情報は自動的に別群と判別される。
プログラムはこれら①~④の各条件に任意の値を設定することで、ある位置情報(緯度・経度、確認日時)と周辺の位置情報(緯度・経度、確認日時)を総当りで分析し、移動可能と判断された位置情報を同一群と判別、それ以外は別群と判別する。
SARUGUNの実用性検証
プログラム(SARUGUN)の実用性を検証するため、既に群れが識別されているラジオテレメトリー法で得られた位置情報を分析した。
図5はラジオテレメトリー法で2010年11月~12月に収集した8群の位置データ(n=269)から、最外郭で各群の行動圏を示したものである。これらの位置情報(緯度経度・確認日時)をSARUGUNで分析する。
SARUGUNの群れ判別能力が高ければ、図5の群れ分布(真実の群れ分布)に近い生息分布図が視覚的に得られると考えられる。
設定条件に任意の値を入力して得られる結果は、各設定距離が長くなれば同一群と判別される許容範囲が広がることで群れ数が減少し、逆に設定距離が短くなれば判別群れ数は増加すると予想された(図6)。
実際のロケーションデータ(図5)を用い、SARUGUNで各条件の値を変えながら分析を繰り返したところ、特に時間移動距離と日移動距離で距離が伸長することで判別群れ数が減少し、予想に近い結果が得られた(図7)。
実際のローションデータの結果にもっとも近い群れ分布図が得られたのは、日移動距離=4000m、時間移動距離=300mのときであった(図8)。この条件のときの判別群れ数は、実際の群れ数と同じ8群であった。なお、実際の位置情報との正解率は74%であった。図8を図5(真実)と比較すると、各群の行動圏の配置や分布が近似している。ただし、完全に一致しているのは群れ分布が離れた群れ1群だけで、群れが隣接して分布している地域では誤判別する割合が多くなり、実際の行動圏とは異なる群れが散見される。これがSARUGUNの群れ判別能力の限界であるといえる。
最適な分析条件として得られた日移動距離と時間移動距離は、分析に用いた8群とは異なる地域に生息する8群の同時期(冬季)追跡調査から得られた日最大移動距離と時間最大移動距離の平均値に近い値であった。群れの移動距離は群れの個体数に相関することが知られていることから、平均的な1群の個体数を想定して、その群れの日および時間の最大移動距離の値を設定することで実際の分布図に近い結果を得ることができると考えられる。
さらに、SARUGUNの分析能力を検証するため、実際のロケーションデータを操作し、情報の量と質に関する検討を加えた。
情報の量が増加すれば、情報が少ない場合と比べ判別群れ数は増加し、真の値に近づき(図9)、情報の質が向上すると、不正確な情報が多い場合に比べて判別群れ数は減少し、真の値に近づくと予想された(図10)。
図8で得られている最適な分析条件を用いて、実際のロケーションデータから無作為に50ポイントを抽出、わざと情報量を減らして分析した結果、判別群れ数は5群に減少し、いくつかの群れ分布が統廃合されるような分布図が得られた(図11)。
また、図8で得られている最適な分析条件を用いて、実際のロケーションデータのうち奇数日aをa+1し、わざと偶数日とすることで不正確な情報を混入して分析したところ、判別群れ数は10群に増加し、いくつかの群れ分布が分割された(図12)。
図11と図12で得られた結果は、情報の量が減少すれば判別群れ数は減少し、情報の質が低下すると、判別群れ数は増加するという予想(図9、10)を支持するものであった。つまり、SARUGUNの分析精度は情報の量と質に依存しており、正確な情報をある一定量確保できなければ間違った結果をアウトプットする危険性があることが示された。
SARUGUNはスクリーニングとして使う
今回の検証結果から群れ判別プログラムSARUGUNの実用性は実証されたといえる。ただし、プログラムでの分析精度は「設定条件」「情報の量」「情報の質」に依存しているため、実際に運用する際には、対象とするニホンザル個体群の生態的差異や季節性に応じて分析条件を設定し、かつ精度の高い情報を多く収集する工夫が必要である。また、どんなに優れた条件設定をし、正確な情報を利用して分析しても誤判別をゼロにすることは難しく、曖昧さが含まれる結果となる。発信器を用いて位置情報を収集した精度の高い群れ行動圏と同程度の結果を得ることは困難である。
したがって、広域的に群れの分布の概観を把握し、問題のある地域、あるいは問題のある群れを特定することで管理施策をどこから優先的に取り組むかスクリーニングをかけるという目的で用いるのが適切である。また、何ヵ年後かに再調査を実施し、群れの分布や数の増減のおおまかな変化をとらえるためのモニタリング方法としても適している。
SARUGUNの実用化に向けて
SARUGUNは低コストで実施可能なアンケート調査でサルの生息分布を群れの行動圏レベルまで推定できる点で優れている。群れが判別できることで、個体数や被害状況の情報を同時に収集することによって群れの特性を付属することも可能である。
しかし、SARUGUNは機械的に分析を実行するため、アンケート調査の協力者の情報が不足していたり不正確な情報が含まれていると間違った結果を出力する可能性が高い。事前に、調査協力者に対して十分に趣旨説明し、できるだけ正確な情報を多く提供してもらえるように理解を得ることが肝要である。また、情報不足や不正確な情報の混入による結果のぶれを補完・補正するため、アンケート調査期間に対象群のいくつかに発信器をつけ追跡する、あるいは聞き取り調査を実施するといった方法を併用することで分析結果の精度を向上させることができると考えられる。
また、分析条件によっても結果が大きく変わってしまうため、調査時期に最適な分析条件を決定するための継続的なサルの生態情報の収集が必要である。
謝辞
本研究は2011年9月に宮崎県で開催された日本哺乳類学会2011年度大会にて発表しました。本研究にあたり滋賀県自然環境保全課、甲賀市産業経済部鳥獣害対策室、甲賀地域鳥獣害被害防止協議会からは分析に用いる貴重な資料を快く提供していただきました。心より感謝申しあげます。
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