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No.119 交雑種が外来生物法の対象に(千葉アカゲザル問題を中心に)

2013年07月発行
交雑種が外来生物法の対象に(千葉アカゲザル問題を中心に)
白井  啓(WMO)
2013年、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(以下、「外来生物法」とする)による規制の対象を、交雑種にも広げることになった(朝日新聞2013年3月30日付け記事参照)。2005年に外来生物法が施行されて8年目のことである。これまで交雑個体は、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護法)」で扱われてきた。
このことで、WMOが取り組んでいる和歌山のタイワンザル問題、千葉のアカゲザル問題においても(白井2002、白井・川本2011)、交雑個体が外来生物法の対象となる。これらの問題において、交雑個体の法的な位置づけが明確ではなかったことが認識され、法改正の議論につながっていた。
交雑は、日本におけるタイワンザルやアカゲザルの問題で最も大きな特徴である。つまり、交雑によって在来のニホンザル個体群が交雑個体群に置き換わってしまう危険性がある。対策を講じなければ、本州、そして日本全国のニホンザルが交雑個体に置き換わり、ニホンザルが絶滅することも私は心配してしまうのである。そうなると、ニホンザルの調査研究や保護管理は、交雑ザルの調査研究、保護管理に置き換わることになってしまうため、私はそれを回避したいと、はじめてタイワンザルを下北半島で目の当たりにした1987年から思い続けている。
外来生物法は、1993年に締結された生物多様性条約のもとで、日本在来の生物多様性を確保し、人の身体・生命の保護や農林水産業の健全な発展に寄与することを目的に制定された(村上2011)。そして、生態系や人への社会経済的な影響が大きな「侵略的外来種」のうち、特にその悪影響が顕著な種を「特定外来生物」として指定して、その予防と対策を優先的に講じることができるようにした。したがって、タイワンザルやアカゲザルの遺伝子を持っている交雑個体が、純粋のニホンザル個体群に外来生物の遺伝子を持ちこんでしまう現象は、純粋のタイワンザルとアカゲザルの場合と同様であり、外来生物法の考え方(在来種・在来生態系の保全)に合致しており、今回の法改正は大変、理にかなっている。この法改正に連動して、環境省は今年度、千葉県のアカゲザルとニホンザルの交雑対策に資するために、交雑判定や交雑個体除去に関する試験・調査事業を開始した。またこれに先駆けて環境省は、タイワンザル個体群根絶のための捕獲およびモニタリング手法を試行・実践する事業を、昨年度までの3年間、和歌山で実施し、個体群根絶に向けて大きく前進したところである(和歌山タイワンザルワーキンググループ2013)。
以上がニホンザル交雑問題の背景であるが、次に、いかに深刻であるかをご理解いただくために3枚の写真を紹介する。
千葉県における在来種ニホンザルの個体群は、房総半島の中央部に位置する房総丘陵に、一方、外来種アカゲザルの個体群は房総半島南端に位置している。両個体群が約15km離れていたことは不幸中の幸いであったが、この距離はハナレザルが数日で移動する距離である(白井・川本2011)。
写真1は、その房総丘陵のニホンザル個体群で撮影されたオトナメスである。オトナメスの尾は短く、おそらく10cm未満。数十万年前から、この地に生息してきたサルである。
写真2は、房総半島南端のアカゲザル個体群で撮影されたオトナオスである。尾は長く、おそらく20cmあまり。約50年前に観光施設から逸走し、野生化しているサルである。
写真3は、房総丘陵のニホンザルの群れにおいて撮影された交雑のオトナメスである(京都大学霊長類研究所川本芳先生の遺伝子分析済み)。写真2のようなオスが出自群から離脱、北上しニホンザル個体群にやって来て、ニホンザルのメスと交尾して出生し、この歳にまで成長した個体である。この個体は顔つき、体毛、尾(長さや太さ)に違和感を覚えるが、尾は8.9cmでニホンザルと同等、外見もニホンザルに極めて似ているため、同様の個体を野外で観察してもニホンザルとの判別は簡単ではないだろう。
このように、気に留めていないと交雑問題は秘かに進行してしまう。写真3のような個体の存在は、すでにニホンザル個体群内で交雑が起きてしまっていることを意味している(川本・萩原ほか2004)。この遺伝子分析結果を千葉県が報告しているのでご覧いただきたい(千葉県2013、https://www.pref.chiba.lg.jp/shizen/choujuu/nihonzaru/sakutei/documents/nihonnzaru-monimarinngukekka.html)。

No119

アカゲザルが野生化して約50年間・・・対策面から考えると長過ぎるが、進化から考えるとニホンザル生息の数万年間とは比べものにならないくらい短い。つまり、アカゲザル問題は私たち人間がごく最近作り出した外来種問題であるが、その影響は極めて深刻である。交雑やその他の生態系への影響の可能性を含めて、在来種、在来生態系への影響が危惧される。
今回の法改正は外来種問題における交雑を国が重要視していることの表れであり、大変評価できる。和歌山でも千葉でも、現場の対策に弾みがつくことが期待される(がんばります!)。
〔引用文献〕
川本芳・萩原光・相澤啓吾. 2004. 房総半島におけるニホンザルとアカゲザルの交雑. 霊長類研究 20: 89-95.
白井啓.2002.タイワンザル渡来.ニホンザルの自然誌.東海大学出版会, 東京.
白井啓・川本.2011. タイワンザルとアカゲザル. 日本の外来哺乳類 管理戦略と生態系保全. 東京大学出版会, 東京.
千葉県.2013.平成20~23年度ニホンザル保護(交雑モニタリング)事業報告書.
村上興正.2011. 外来生物法 -現行法制での対策と課題-. 日本の外来哺乳類 管理戦略と生態系保全. 東京大学出版会, 東京.
和歌山タイワンザルワーキンググループ.2013.環境省委託平成24年度地域生物多様性保全活動支援事業(タイワンザル防除)委託業務 報告書.

 

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