No.103 サルたちの日常
2009年07月発行
サルたちの日常
川村 輝(WMO)
私はニホンザルの調査に関わることが多く、サルたちの様々な姿を垣間見ることができる。思わず人間の子供の行動に重なって見えてしまうものや、なぜそんな?と思うようなものなど様々だ。その中でも記憶に残る行動をいくつか紹介しようと思う。被害拡大など問題視されることの多いサルだが、ここでは少しサルたちと目線を近くしてサル達から見える景色を感じていただけたらと思う。
●サル達の食べ物あれこれ
・蛾
道端に大きな蛾がとまっている。羽を広げると15cmぐらいだろうか。そこへ1頭のコザルがやってきてじっと蛾を見つめていたかと思うとおもむろに狙いを定めて手で片羽を地面に押さえつけた。驚いた蛾は慌てて飛び立とうと、もう片方の羽をバタつかせる。バタバタ動いて持ちにくいのかコザルはもう片方の羽も掴んだ。そして「これいらない!」と言わんばかりにプチ、プチと両羽をもいでその場に捨ててしまった。かわいそうな姿になった蛾をコザルは咥えて引っ張りブチッ。大量の水分が出たかと思うと蛾はコザルの口へ消えていった。現場にはもがれた羽や残骸が散らばっていた…。秋には冬に向けてタンパク質を多く取るようでこの時期は蛾やその幼虫を食べて口の周りを真黒にしたサル達をよく見かける。
・ケムシ
道路上にいた若いサルが妙に真剣な顔つきで何かを右手で擦るような動きをしていた。何が気になるのか繰り返し手で地面にこすりつける。両手で前後に転がしたり何度も左右にビヨンビヨンと引っ張ったり。何をいじっているのだろうと双眼鏡をのぞくと種類は分からないがどうやらケムシのようだ。若いサルはケムシを弱らせて食べやすくしているように見えた。以前学会でアライグマで似たような行動が紹介されていた。擦ることでケムシの毒を無毒化しているという。あれだけやれば毒なぞすっかり出てしまっていることだろう。サルたちはこうして採食できるものを拡大させ、あらゆるものを採食することによって様々な栄養素を得ているのだと感じた。
・オオバコの・・・
降りしきる雨の中サルたちは住宅地に出没していた。空地やちょっとした林を回りながら採食している。1頭の若いサルが何やら空き地で草本を引っこ抜いている。どうやらオオバコのようだ。雨の道路では排水溝へ向かう水が道路の脇で流れを作っていた。サルはその水の流れの中にオオバコを置き、手でごしごし擦っている。左右にゴシゴシ、ひっくり返してゴシゴシ、転がしてゴシゴシ。一体彼は何をしているのか?よく見るとどうやら根っこの泥を洗っているらしい。丁寧に洗っていることにも驚いたが、まずサルが泥を取って食べることに驚いた。すっかりきれいになった根っこにおいしそうに齧りついていた。サルのあとを着いて行くと点々ときれいに根っこが食べられたオオバコが落ちていた。
・シブガキ
秋、そのシブガキは実が透きとおるほどに熟していた。サルたちは群がって食べている。シブガキでもあそこまで熟せばきっと甘くておいしいのだろう。サルが行ったあと私もご相伴に預かろうと、すっかり柔らかくルビーのように透き通った実を一口パクリ。なんだやっぱり甘いじゃない!・・・??・・・口の中の全面に渋というフィルムがべったりと張られたかのように拭うことのできない渋が!!どうにか渋を取ろうとガムを噛んだり、ティッシュで拭いたり、飲み物で流し込んだり。・・・無駄だった。この日いつまでも私の口の中には渋が残っていた。教訓:シブガキはどんなに熟しても渋い!!
●サルたちの遊び
・シャボン玉遊び
とある民家の屋根の上、サルたちはのんびり日なたぼっこをしていた。その中に2歳ほどだろうかコドモが1頭。屋根の上にしゃがんで何やら宙を見つめている。何をそんなに見つめているのかとよくよく見てみるとどこから来たのかたくさんのシャボン玉が空へ流れていく。コドモはシャボン玉を捕まえようと空に手を伸ばして宙を掴んだ。シャボン玉の中で無邪気に戯れるサル。忘れられない映像の一つだ。
・飛び込みジャンプ
別荘のような人気のない民家の庭にサルたちが入り込んでいた。そこの庭は定期的に庭木の剪定をしているようで丸く刈られた植木が点在していた。周りではコザルたちが走り回って遊んでいる。1頭のコザルが急にその丸く刈られた植木に上から飛び込んできた。そして初めの1頭に続けとばかりに次から次へと植木に飛び込んでいく。飛び終わったサルは順に植木の裏へ回りまた丸い植木へジャンプする。サルたちは丸く刈られた植木の後ろにある少し高い植木から飛び込んできていた。しかも何度も何度も飽きもせず。何がそんなに楽しいのか?? どうやら丸く刈られた感じがトランポリンのように飛び跳ねるのに丁度いいらしい。こんな遊びからきっとサルたちはあの跳躍力を身につけていくのだなぁ。
・飛び込む。泳ぐ。潜る。
ある夏の暑い昼間、大半のサルたちは涼しい林内で静かに休息していた。サルたちは快適な場所をよく知っている。サルに付いていくと大概涼しく快適に過ごせる。林内に居れば冷房なんかいらないのではないかと思うことさえある。そんなことを考えながらサルを観察しているとどこからかドボーンと音がした。ドボーン?もしやと思い川に駆けつけるとそこにはたった今出来たばかりの水紋が!またもう1頭飛び込んだのだ。泳ぐ姿が見られるかとカメラを構え静かに待つ、1、2、3、4、5、・・・あら?上がってこない。サルじゃなかったのか?水の中にも見えないし。離れた所で上がってしまったか?? とスーッと薄茶色のものが水中から浮き上がってきた。やっぱりサルだ!しかも潜水していた??若いオスザルだったが私の想像を超えかなりの泳ぎを見せてくれた。浮き上がるまでの時間、水の中で彼には何が見えていたのだろう?
・サルと遊具
市街地に出没するサルにとって公園にある遊具も林内の木などと変わらない。例えばブランコ。木の板にしゃがんで体をゆすればちゃんとブランコは揺れる。林内でサルを見ていても細枝の上で体を揺すり木が撓んで揺れる感じを楽しんでいるときもある。竹林などでは竹の先のほうに掴まり竹をしならせて揺らして遊んでいることもある。たわませた竹の上は意外にも安定するようでうたた寝をする個体までいる。また例えば滑り台。滑り台の一番上は樹上のようなものなのかもしれない。滑り台の上で2頭のサルがのんびりグルーミングをしていたら、ちょっとバランスを崩し図らずも数センチ程滑っていた。
・好奇心旺盛
私の車はリアウィンドウが暗く外からは中が見えづらい。サルを探して車を走らせていたらちょうど群れの真ん中に入ってしまった。すっかり囲まれてしまったためサルがどう行動するのか見てみようとしばらく様子を見ていた。何かが車の屋根の上にドスッと落ちてきた。どこから出てくるかと様子をうかがっているとリアウインドウに物影が。見ると車の後部ドアに付いているスペアタイヤの上にコザルが乗っていた。中に人がいることに気づいていないのかガラスにペッタリ顔をつけて中をのぞいているではないか!「何かよく見えないな~。この中何かいるの?」コザルは私と目が合ってあわてて走り去って行った。
日々調査中、多くの農地で様々な作物がサルに荒らされているのを見ると無性に腹立たしくもなり、また地元の方の苦労を聞けば力足りなく悔しい思いも多々ある。反面こうした行動を目にするとその生命力や逞しさ、群れの絆などを感じることも多い。これまで日本という島国で共に生きてきた生き物同士、農業被害や生活被害などの問題と向き合いながらもサルの本来の生き方を忘れることなく共存する道を模索し続ける必要があると改めて感じる。
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