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No.112 欧州視察-イギリス ニューフォレスト国立公園-

2011年10月発行
欧州視察 -イギリス ニューフォレスト国立公園- 
湯浅 卓(WMO)
 
 

 

フィールドノートNo.110で山田氏から報告があったとおり、欧州における森林管理とシカ管理について学ぶため、2010年9月にドイツとイギリスの視察を行ってきました。早いものであっという間に1年が過ぎてしまいましたが、記憶をたどりつつ、イギリスのニューフォレスト国立公園のシカ管理について報告したいと思います。現地では、日本語でも通訳していただいたものの、一部は英語、一部は日本語での説明をあわててメモしていたため、数字など不確かな部分もありますが、ご容赦いただきたいと思います。
 
 <ニューフォレスト国立公園とは>
 
ニューフォレスト国立公園は、グレートブリテン島の南部のハンプシャー州に位置し、ロンドンからは車でも電車でも1時間半程度の距離にあります。2005年3月に設立され、面積は571km2(このうち256km2が王室領)と、イギリスで最も新しく最も狭い国立公園です。名前の由来は、1079年に征服王ウィリアムⅠ世が新しい狩猟地‘new hunting forest’と名付けたことに遡ります。

国立公園内には丘陵が点在し、原生的な森林やヒース原野(泥炭地に広がる草地,写真1)のほか、沼沢や小川、いかにもヨーロッパという感じの古風な町並み(写真2,3)や牧草地あるいは農地、自然の海岸線などで景観が形作られています。この景観は、昔からの自然景観のみならず、何世紀にも渡る人間活動と、ポニーや牛といった家畜やシカ類による採食によって生み出された独特なものだそうで、現在も34,000人以上の人々が国立公園地域に住み、家畜の放牧や薪の利用、泥炭の採取など6つの入会権を持って生活をしているそうです。

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また、年間で国内外から2,000万人近い観光客が、トレッキング、キャンプ、乗馬、サイクリングなどの目的で訪れるそうです。公園地域では、野生とも家畜とも判断しがたいポニーが至るところで草を食んでいたのがとても印象的でした(写真4)。

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<ニューフォレストの歴史について>
 

ニューフォレストの視察は、ニューフォレストの歴史を学ぶところから始まりました。まず案内されたのが森林委員会事務所の1階に設けられていた裁判所(ヴァーダラーコート)でした(写真5,6)。

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 先述のように、そもそもニューフォレストは、征服王ウィリアムⅠ世によって定められた王の狩猟地(フォレスト)の一つでした。フォレストとは、国王あるいは貴族の排他的な狩猟のために森林およびシカ・イノシシなどの保護を目的とした指定地域を意味しました。そして、森林およびシカの保護のために定められたのがフォレスト法であり、地域住民によるフォレスト法違反を裁くために設けられたのが、裁判所(ヴァーダラーコート)であり、裁判官(ヴァーダラー)でした。最も厳しかった時代には、住民は許可なく木を伐採したり鳥獣を捕ったりすることはもちろん、フェンスや生垣で農作物を守ることもできなかったようで、法を犯した罰は、手足等の切断か死という厳しいものであったようです。
その後、王室の狩猟に対する関心の薄れとともにヴァーダラーズの役割は、牧草や薪、泥炭の採取、家畜(牛、馬、羊、豚)の放牧などの利用に関する権利(入会権)を持つことが許されるようになった地域住民と王室との利害調停へと推移しました。そして、現在のヴァーダラーズは、王室から管理を移管された森林委員会、カントリーサイドエージェンシー、環境エージェンシー、環境・食料・農村地域省など、国の機関や州議会からの代表者、入会権者など、国立公園に係わる様々な関係者の間に立ち、土地利用をめぐる様々な問題の調整役を担っています。
 現在のニューフォレストは、狩猟のために利用されることは無くなり、主に地元住民による入会利用や国の木材生産、レクリエーション、生物多様性の保全などが重要なテーマとなっています。
 

 

<ニューフォレストにおけるシカ管理について>

 

 現在、ニューフォレストにはアカシカ、ノロジカ、ダマシカ、ニホンジカ、キョンの5種のシカが生息しています(写真7,8)。このうち、アカシカとノロジカは在来種、ダマシカ・ニホンジカ・キョンの3種は外来種になります。外来種のシカについては全頭駆除を検討したこともあったようですが、例えば、アカシカとニホンジカの交雑を示すような遺伝学的根拠が得られなかったため、現時点では全頭駆除という計画はないそうです。

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 王の狩猟地であった‘フォレスト’には、およそ1000年も前からキーパーという職種があり、狩猟対象のシカや森林管理を任されてきました。元々、キーパーとなるのは地域住民だけであったため、キーパーも土地利用のための入会権を持っているそうです。また、地元の森林に愛着を持つ人々がキーパーの職に就いてきたそうで、キーパーとは郷土への愛着と責任の下、シカと森林の管理に誇りを持った人々と言えましょう。現在では、政府の公務員という立場であり、政府と地域住民の間の調整も職務の一つになっています。
 現在も、ニューフォレストに生息するシカの管理は全てキーパーに任されているため、センサスから管理計画の作成・捕獲まで、全てを数名(?)のキーパーで行っているとのことでした。センサスは毎年3月から4月にかけて、昼間にキーパーが目撃した数と、夜間のライトセンサスで実施しています。またキーパーは、自らの出猟経験から種ごとにおおよその数を把握しているそうです。こうしたセンサスはすでに30年から40年継続しているため、個体群のトレンドも把握しており、将来の予測が十分可能という話でした。センサスによって把握されている現在の種ごとの生息数は、ダマシカが約1300頭、ノロジカは350~400頭、アカシカは2つの集団で180頭、ニホンジカは約100頭とのことでした。
 シカ管理に際しては、国立公園域を大きな道路で4つの管理区に区分しているようですが、基本的にはオープンエリアであるため、シカは広範囲を移動し、駆除の際もエリア外へ逃げてしまうという話でした。ただし、鉄道で区分される南部地域は、鉄道沿いにはフェンスがあるためシカの動きに制約があるようです。南部地域はニホンジカの生息地となっており、交雑を防ぐため、この地域のアカシカは全頭捕獲したという話でした。
シカ管理のための計画は5年毎に見直しとなっており、管理区ごと種ごとにキーパーが捕獲数を決定しています。捕獲数の決定に際しては、センサスに基づき個体数を推定し、性比と繁殖率から増加率を推定し、捕獲すべきメスの頭数を計算しているとのことでした。捕獲計画はフレキシブルで、2人のキーパーで実行可能な計画となっているそうです。2人のキーパーで捕り切れない場合は、他のキーパーに応援を頼むことはあるが、外部のハンターを動員することはないという話でした。キーパー1人当たりの捕獲数は年間100頭ほどで、4ヶ月で捕獲するという話でした。
捕獲方法については、ハイシートで待ち構えて撃つのが5%ほどで、95%はシカ道などを追跡しながら撃つストーキングという方法でした。ただし、ストーキングの場合は、ほぼ全てのチャンスで仕留めなければならないという話でした。また、仮にハイシートのみにした場合、捕獲数は年間で40頭ほどにしかならないだろうとのことでした。

イギリスでは、警察に登録することでサイレンサーを銃に装着することができ(写真9)、エンジンをストップしていれば、車からシカを撃ってもよいという話でした。また、撃ったシカは車で公園内に設けられた食肉加工場へと運ばれ(写真10)、クレーンでシカを吊ったまま解体・冷凍保存され(写真11)、品質管理用のバーコードを添付し(写真12)出荷できるシステムとなっていました。

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<ニューフォレストにおける森林管理について>
 
国土の70%近くを森林が占める日本とは違い、現在、イギリスの森林面積は国土のおよそ10%程度です。このうち原生的な森林は20%程度になるようです。ニューフォレスト国立公園は、農地としての土地利用に不向きであったという理由もあり、ヨーロッパでも数少ない原生的な森林とヒース原野が残されている貴重な地域です。その一方で、針葉樹の植林による木材生産も行われ、レクリエーションや環境保全にかかる費用の一部は木材生産で賄っている側面もあるそうです。
このように狭い地域で、地域住民による土地利用、木材生産、生物多様性の保全、レクリエーションのバランスをとるためには、国立公園全体を視野に入れたエコシステムマネジメントが必要不可欠であり、森林管理もシカ管理もその中で一体的に行われるべきであるという話でした。そのためには、各分野の専門家だけではなく、全体を視野に入れてエコシステムマネジメントの計画をリードすることのできる管理者が必要ということでした。
 先述のように、国立公園内には数多くのシカが生息しており、土地の利用状況によってシカが移動し被害発生地も変化していきます(写真13)。そのため、森林を伐採する際はシカへの影響を考慮し小面積で伐採するようにしているとのことでした。また、植林の際はフェンスを設置するようにしているが、キーパーを雇用している上でフェンスを張るということを政府に認めさせるのが難しいという話もされていました。 

 シカの採食圧についてもモニタリングされているようで、植生の種組成など外観で判断できる簡便な方法を取り入れているということでした。ただし、植生を外観で判断する場合、シカの採食による影響と光条件などの影響を区別しなければなりません。そのため、キーパーは森林植生に関する専門知識を身につけるトレーニングを受けているとのことでした。イギリスにはキーパーを養成するための学校があるそうです。

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<最後に>
 
 今回の欧州視察では、ドイツでもイギリスでも、見聞きするものは何でもとても新鮮で印象的でした。自然という言葉で思い浮かべるものさえ、日本人・ドイツ人・イギリス人の間では異なっているだろうと感じました。シカ管理においても、捕獲方法やモニタリング法など、日本より合理的で優れているように思うところも多々ありました。しかし、最も強く感じたことは、どこでも通用するベストな方法は存在しないだろうということです。
ドイツでもイギリスでも、現在実施しているやり方は、それぞれの土地の地形・風土・文化・歴史・法制度など、様々な条件の中で試行錯誤しながらたどり着いた形であることを実感しました。そして、ドイツでもイギリスでも、必ずしも成功モデルがあるわけではなく、今なお試行錯誤の中にいるという意味では日本の状況と同じであり、ある意味安心しました。
しかし、その一方で、我々が探している日本のシカ管理や森林管理の問題を解決するための糸口はドイツやイギリスにあるわけではないこと、我々が直面している日本のシカ管理や森林管理の問題はドイツやイギリスのやり方を真似れば解決できるわけではないことも改めて感じました。日本のシカ管理や森林管理の問題を解消していくためには、日本人が試行錯誤しながらベターなやり方を見出していかざるを得ないのだということが、今回の欧州視察で得た私のお土産です。
最後になりますが、ニューフォレストでは、針葉樹の植林を伐採し、30年サイクルで野焼きをしながらヒース原野へと戻してゆく60年間の保全計画があるそうです。案内をしてくれたキーパーの方は、変化のスピードが遅い自然を管理するためには、ずっと継続して見続ける職が必要だと言われました。時代とともに担う職務は変化しているものの1000年近くも続いている職の方の発言には何とも言えない説得力を感じました。
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