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No.118 「Wildlife management」は「野生動物の管理」か?

2013年04月発行
「Wildlife management」 は「野生動物の管理」か?
羽澄 俊裕(WMO)
Wildlife management の訳語として野生動物の「保護管理」という用語が使われてからずいぶん時間がたちました。1999年、環境省の所管する鳥獣保護法の改訂によって新設された制度が「特定鳥獣保護管理計画制度」と称された段階で、公式に認知された用語ともなりました。そしてなによりこの私は、1983年のWMO創業時に、いつまでもその目的を忘れないよう「野生動物保護管理」の文字を社名に取り込み、おかげでいろいろな書類の上に自筆で長い漢字ばかりの社名を書かされるたびに、微かな苦痛を感じつつ、30年間、苦楽を共にしてきました。
それでもなお、私にとって、「保護管理」という言葉は、どうにも使い心地の悪い、座り心地の悪い違和感を捨てきれません。この日本語は意図することがストレートに響いてきません。その結果、つい、「野生動物の管理」という言葉を使ってしまうことが多くなります。しかし、果たしてマネジメントを管理と訳してよいものか、こちらもなんだか違和感が残るので、最近、ネットで調べてみました。
 マネジメントという言葉は、もともと経営学分野で発展してきた用語です。もしドラの愛称で流行った「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら(ダイヤモンド社刊)」を通してその名が若者にまで広まったピーター・ドラッカーという経営学者がおりますが、氏が2005年に亡くなるまでに遺したたくさんの著作を踏まえて、様々なマネジメント論が展開されています。
 そうした議論をかじったかぎりですが、なによりも大前提として、「management」という言葉の意図することを正確に説明するうまい日本語はないという事実を発見しました。そして経営論の中でも「マネジメント」が「管理」と誤訳され、使われることが多いけれども、実はマネジメントと管理は基本的に異なるものであることも整理されておりました。
「管理」というものは、組織の内側を向いていて、一定の基準(規則、規格)からはずれないようにすることを目的としており、規格からはずれるものを排除する方向で機能するものです。したがって基本的に変化しないようにすることを前提としており、標準化することで効率化を図ることが目的となります。たとえば、会社の組織内の管理のために労働基準法に基づいて就業規則を設定するといったことや、生産する製品を規格に合致するよう管理するといったことが当てはまります。
一方、「マネジメント」とは、組織の外(顧客、社会)を向いていて、より良い成果をあげていくために組織を変化させ、成長させていくことを意図して機能し、成長の方向を模索するものであることです。その変化を生み出すためには、標準化したものではなく多様性こそ追求する。その成果を評価する人は組織の外にあって、顧客あるいは社会こそが評価する主体となる。ということです。そのため「マネジメント」という行為は、「管理」という行為を内包する位置関係となります。
 一定の牧柵に囲まれた中で飼育する家畜は「管理」の対象です。が、畜産業者として経営する行為は、外にある顧客に向かってより良い商品と機会を提供するために組織を「マネジメント」するものでなければならない。
生物多様性保全という地球規模の目的に向かって締約国としての義務を果たすために、またその国の社会にとって野生動物の問題を解決するために、野生動物とその生息環境をうまく「マネジメント」していく。その際、科学的根拠に基づく計画によって一定の個体数調整を実施することは野生動物の「管理(control)」です。野生動物にとってより良い環境条件を生み出すために、あるいは獣の出没を抑制するために、森林環境の構造を改変することも「管理」の行為にあたります。あるいは、野生動物の捕獲のための銃の所持や使用は「管理」の対象です。さらに、ある保護区への人の立ち入りや行為を規制する行為も「管理」する行為といえます。こうした人、野生動物、自然といった様々な対象に対する「管理」の行為を駆使しつつ、野生動物の問題を解決しながらwildlife conservationを推進して、社会のニーズに応えていく。そのための行為の総体こそが「マネジメント(wildlife management)」ということになります。
このような基本的な用語の理解に基づけば、wildlife management を「野生動物管理」と訳して用いることは適切ではありません。「管理」は「マネジメント」の一部であり、その内向きの行為を指すにすぎないからです。では、良い訳語が生み出せないとすれば、素直に「野生動物のマネジメント」を用語として使うほうが適切というものです。社会に浸透させていこうとする場合には、その言葉の本来の意味を表現する用語でなければ、誤解と混乱を生み出し、足を引っ張る要因になります。
もちろん、法律用語として公式に使用されている「野生動物保護管理」という用語こそ、これにあたるのだと言われてしまえばそれまでですが、先に述べたとおり、「保護管理」は「マネジメント」本来の意味を的確に言い表してはおりません。昔、野生動物の保護と管理を別々の概念であると考えていた人が、あるとき両者は一つのものであることを知って、付け焼刃にくっつけて作った造語であるかのような無粋な印象を受けます。かつてJRが山手線を「E電」と称して人々にあきれられ、いつしか消えてしまったように、本当になじまない言葉です。
というわけで、良い造語を思いつかないまま社名に付けてしまった私自身の問題としても、この30年間、ずっと生みの苦しみを背負ったまま晴れやかな時が訪れません。おかげさまでWMOという呼称が定着しましたから、こちらを正式名称にしておいたほうが良かったかもしれません。
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