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No.138 追い払いを通して知ったニホンザルの魅力

2018年04月発行

追い払いを通して知ったニホンザルの魅力

榎本 拓司(WMO)

〇はじめに
私は今から6年前の春、野生動物調査の世界へ足を踏み入れました。それまでは、京都で環境問題について学び、2005年にフィリピン共和国ルソン島にある山岳地帯にて森林回復のための苗木植栽・維持管理の仕事に関わっていました。その後、日本で里山の管理・公園・街路樹・庭園などで造園の仕事をしていました。そして2012年に造園から転身して、ニホンザルの追い払い事業に関わらせていただいた事をきっかけに、追い上げ事業やさまざまなサル業務に関わらせていただき、今に至ります。
造園をしていたころはまさか自分がこんなにもニホンザルのことを好きになるとは思ってもいませんでした。追い払いを通してのニホンザルとの出会いが私の人生のターニングポイントになったと思います。
というわけで本稿は、追い払いを通じて知り得たこととニホンザルの魅力、追い払いのススメについて書きたいと思います。

〇ニホンザルとの出会い
私は追い払いの仕事に関わるまでニホンザルについての生態について何も知らず、実際に野外に出て観察したこともない状態でした。ましてや、サルと人のあいだで軋轢が起きて問題になっていることさえも知りませんでした。
そんな私とニホンザルの出会いは2012年の5月のことでした。
とある地域にて、畑や民家周辺に出没しているサルを探し、見つけては追い払う(追いかける)日々が始まりました。
当時の追い払い業務は、民家や畑に出没して作物を食べているサルを見つけては追い払い、群れを林内まで移動させて加害を抑えよう、サルの行動を変えさせようとするものでした。
はじめに2日間の座学と実地研修でニホンザルの生態から追い払い方法、調査機器の使い方、地形図の読み方などを教わってのスタートとなりました。また、前年度から追い払いされていた先輩方に群れの出没地点などを教わりながら、とにかくほぼ毎日、現場でサルと対峙し、サルの追い方や電波の取り方(生体捕獲し発信機装着されている個体からの電波を受信機で受け、八木アンテナで方向を取り位置を特定する)を試行錯誤で学んでいきました。
そうして日々サルを追い続けるうちに、自分の目で、その生活を見て知る機会を多く得られるようになっていきました。そしていつの間にか、ニホンザルの存在感や、その魅力に引き込まれていきました。

〇追い払いで見つけたニホンザルの魅力
日々サルを追い続けていくなかで、さまざまな状況に遭遇しましたがサルが取った行動の中で印象深かったシーンを少し紹介します。
春から夏にかけての出産時期、母サルのお腹にしがみついて移動する0歳(アカンボウ)を見ますが、この時期の母サルは妙にソワソワしているように見えます。警戒心が高くなっているのか道路を渡るとき、渡り終えるまでのスピードも速いことが多いように思います。
ある日、道路を渡るサルの群れを監視していた時のことでした。群れの大半が渡り終えているのに、まだ道路を渡らずに林内で叫び声に近いような声で鳴き続けるコドモが見えました。渡り終えた先では複数のサルがクーコール(と呼ばれるプウとかクウと聞こえる声)を出しはじめました。それでも叫び声がまだ続いた時、クーコールの聞こえる林縁のあたりから1頭のオトナメスが道路に出てきてしばらくウロウロしていましたが、直後に道を渡り返してきました。その後、数分してからオトナメスとコドモが渡っていきました。その後、叫ぶような声はしなくなり、渡り終えていたサルたちのクーコールも止まり、群れは移動していきました。私には、その渡り返したオトナメスと、鳴いていたコドモがどのような関係であるかはわかりませんでしたが、どうしてもヒトの親子や兄弟のような関係と重ね合わせて見え、群れの絆のようなものを感じずにいられませんでした。
また、山中でサルをしつこく追い払っているときや、追い上げをしていて群れの中心に接近しすぎたときなどには、群れのオスが威嚇しながら人のほうへ近づいてくることがあります。威嚇してくるオスの個性(?)は群れによって違う印象がありました。1頭が向かってくるときもあれば、3~5頭で威嚇してくることもありました。ある群れでは人間に例えるとするならまさしく「漢(男)の中の漢(男)」と思えるような1頭のみで粘り強く果敢に向かってくるオスがいました。たいていは追い払い道具であるロケット花火をサルに向けて撃てば逃げていくのですが、そのオスはロケット花火や単発花火を撃たれてもひるまず、『ガッガッガ』と聞こえる威嚇の声を発しながらこちらへ近づいてくるような個体でした。当時の私も「絶対追い払ったる」という意地がありましたので強気になって攻めていましたが、なかなかしつこく逃げない個体でした。しかしどのような威嚇の個性をもつオスも共通していることがありました。それは、群れの動きを気にするように私と群れのほうをチラチラと見ながら威嚇してくることです。たいていの場合、威嚇してくるオスは群れと追い払い者の距離が離れ、群れへの危険が回避されたあたりで威嚇を辞めて群れのほうへ戻ることが多いように思いました。
また、別の群れでは今までの経験で一番多い5頭に取り囲まれたことがありました。不運にも湿めった空気のせいで花火に火が付かず、その時はもう、とにかくできる限りの大声で対処しましたが、取り囲まれた時の緊張感は体中に電気が走るような感覚だったのを覚えています。
不思議なことに威嚇してくるサルと私のお互いの緊張が高まっている状態にあっても、サルから飛び掛かられたとか、噛まれたとかいうことは今までに一度もありません。サルはこんな状況のなかで私のことをどう思っているのかわかりませんが、群れへの危険を回避するためといえども自分より何倍も体格の大きい敵(ヒト)に立ち向かうというオスの力強さに、私は魅力を感じずにはいられませんでした。
また夏場の暑いときに林の中で池へ飛び込んで遊んでいる複数のコドモや、毛づくろいを受けながら気持ちよさそうに寝転がっているサルの表情を見るとき、私は素直にかわいいと感じました。
これは余談ですが、追い払いに関わった当初に、ニホンザルを飼育する施設の職員の方から、リップスマック(口をパクパクさせて敵意がないことを示すコミュニケーション)という技を教えてもらいました。また、下顎側の歯だけを見せると敵意あり、上下の歯を見せると敵意なしとみなされるそうです。物は試しと思い、追い上げ完了後に、こちら側から手を出さない状態になったあとや、人の生活に影響のない奥山でゆっくりしている時などに、こちらを見ている(ように思えた)オトナメスに向かって何度かリップスマックでアピールしてみた事があるのですが、たいていはキョトンとしているか目をそらすように去っていくメスばかりで残念ながらいまだに友好的なお返しを受けたことはありません。

〇サルが好んで食べていた植物
サルの群れを民家付近や農地で追い払ったあと、さらに林縁から山中へと追っていくことを繰り返すたびに、サルの採食する姿を見る機会が増えていきました。サルは群れごとに独自の行動圏があり、四季を通じて餌が採れる場所を知っています。1日の中でたいていは泊まり場に行きつくまで行動圏内を移動→採食→休息→移動を繰り返します。そこで私は、山の中でサルは何を採食しているのかということに興味を持って調べるようになりました。
当時、追い払い対象であったひとつの群れは加害性の高い群れでしたが、畑の作物や放棄?された果樹以外に、山林では数種類の植物を採食しているのを目撃しました。ある程度人に慣れ警戒心の高くない群れであったことから、山中での採食状況を確認する機会に恵まれたのかもしれません。また、対象群が行動圏とする山の標高が約800m以下であり、地形の厳しい場所以外は私自身も容易に分け入っていく事ができたことも採食する植物を知る上でラッキーだったと思います。
2012年から2015年までの間、山中(林縁を含む)において採食していることが確認できた植物を挙げてみました(表Ⅰ-1と表Ⅰ-2)。尚、追い払いをしていた当時、対象群は2群でしたので表Ⅰ-1とⅠ-2はそれぞれ別の群れについて採食が確認できたものです。

サルは強い選択性をもって食物を採食しているそうですが、多く食べていた植物とあまり食べていない植物についてどちらをどのくらい食べたのかという量的な比較を当時は行っていませんでした。そのため、この章では表Ⅰ-1に挙げた中から採食の目撃頻度が高いと思われた植物や、表Ⅰ-2から私の中で心に残った採食植物についての観察を中心に紹介したいと思います。
寒さが残る3月頃、ヤブツバキの花が林内に咲き始めると、サルはヤブツバキの樹に登りひたすらにその花を割っては食べていました。サル群れが通り過ぎたヤブツバキの樹の下に花を真二つに割いたような形で食痕(写真1)が落ちているのを見かけることが多いのですが、はじめてこれを見た時は、花のどの部位を食べているのかわかりませんでした。そのうち、ツバキの花の合着している部分にたまっている蜜を舐めとっているとわかりました。咲いているツバキの花を割ってみたところ蜜で花糸の部分が濡れており舐めるとほのかに甘い味がしました。サルは甘いものが好きと聞いていましたが、これはアリもヒトも好みそうな味でした。

芽吹きの季節に、山に咲くタムシバの花が散り始める頃、ホオノキの芽が開きはじめます。ホオノキの芽の一部は混芽で、花芽と葉のシュートがキャップ状になった一つの頂芽の中に格納されています。頂芽は大きく3-5cmあります。サルの食痕を見てみると、どうやらこの頂芽の部分は残し、そのなかにある花芽と展開前の葉の部分を食べているようでした(写真2と写真3)


私もホオノキから一つ拝借して齧ってみたところ、葉の部分のえぐみはほぼ感じられず、意外にもこれは食べられる(むしろ美味しいかも)と思いました。清々しいヤニのような香りがあり、量も食べ応えのある感じがしました。花芽のほうはトウガラシのようなピリリとした感があり、多くは食べにくかったです。写真2の真ん中下列に置いてある花芽が齧り残してあるのはそのせい?だったのでしょうか…(もちろんサルと人間の味覚は違うとは思うのですが…)。
サクラが散り初夏に差し掛かった頃、ハリエンジュの花が咲き、満開になるとその甘い匂いがあたりに漂ってきます。この花はサルの大好物で、私の観察した群れでは5月に観察できた12日のうち、約10日ほどはハリエンジュの花や蕾を採食していました(表Ⅰ-1)。樹から花がなくなれば次の樹に移るという具合の食べっぷりで、近くに咲いていたヤマフジの花はつまむ程度にしか食べてはいませんでした。サルがあまりにもおいしく食べていたのを見た追い払い隊員のIさんはハリエンジュの花を天ぷらにして食べてみたところ美味しかったそうです。シカもこの花を好む?のか、サルが落としたハリエンジュの花をシカが食べることも観察されていました。
6月に入り、サクラ類の果実が熟すころ、追い上げたあとに山中でのサクランボにたかる群れを観察していました。おそらく種を吐き出さずに食べているようで、種をかみ砕く音?のような「ゴリゴリ…ゴリゴリゴリ…」という音を出しながら食べていました。ヤマザクラも食べるのですがそれよりもウワミズザクラさらにオオシマザクラのほうが執着しているように見え、好みとしているように見えました。
サルが虫を食べるところを初めて見たのは川沿いにある樹林帯のヌルデ群落でのことでした。ヌルデの樹の下に虫こぶ(虫えい)が散乱しており、噛み砕いたようなものから、歯型のついた穴の開いたもの(写真5)がたくさん落ちていました。ある日、双眼鏡でこれを食べるサルを覗いたところ噛み割った虫こぶを口に当てて何かを舐めとっていました。食べていなかった虫こぶを樹から取り割ってみると中には黒っぽい虫がびっしりと詰まっていました。それがヌルデシロアブラムシだと知ったのはその後でした。
ヌルデの葉はヌルデシロアブラムシが寄生し、植物もタンニンを多く出し防御反応するのでこのようないびつな形の虫こぶ(ヌルデミミフシという)を作る(写真4)そうです。


夏から秋にかけては、アケビ・ミツバアケビ、ツブラジイ、クヌギ、シバグリ、カキノキ、ムクノキ、ヤブツバキなどの果実を採食するのですが、私が面白いと感じたことは、サルは果実を熟していない未熟な段階から積極的に採食している(写真6)ことでした。食痕の写真が無くて残念なのですが、ツバキの未熟な果実はみずみずしい印象で、ウリを切った断面に似ています。熟して裂開したあとの種(椿油が取れる部分、固くなっている)を食べている場面を見たことは無いのですが、この未熟な果実(?)は相当好みのようで、2012年の8月には山中では高い頻度での目撃ができました。

こうしてサルが山中で食べている自然の食べ物を知ることは、わたしにとって大きな魅力のひとつでした。それは、生息地のことや森のことについてなにか有益な情報が得られるのではないかと思っていたからです。野菜を食べてしまうような加害性のある群れでも、四季を通じて自然の中で食物を得ていたことに本来の野生の暮らしを垣間見た気がしていました。いつかこのような情報がワイルドライフマネジメントの3本柱(被害管理、個体数管理、生息地管理)の一つである生息地管理のことにつながればいいなと思い観察していました。

〇追い払いについて思うこと
これまでは、サルについての楽しい面を紹介してきましたが、サルによる農作物被害や生活被害と人との軋轢は予想以上に深刻でした。追い払いをしていると、サルによる被害を受けた方からの怒り、悲しみの一言を多々受けることがありました。サルに畑を荒らされて収穫できないので畑をあきらめたという人、屋根にサルが登ったせいで瓦やアンテナが落ちて生活被害にあった人、サルによる被害を受けている人のほとんどの方が「サルはどうにもならん」と言われます。
また、私は、追い払いの研修で、「追い払いと並行して畑を防御する、サルを誘引している原因になるような廃棄野菜や放棄果樹を取り除くなどの被害管理も大切にしなければうまくいかない」と学んでいたので、防御されていない畑に執着して何度も出没するサルを見ながら、「これはイタチごっこ」だと当時は思っていたこともありました。畑を防御していない人たちに対して、「自分は追い払いしているのに…」とか「防御をちゃんとしてくれないから追い払いしても出没するんだ」となかば呆れに近い感情を抱いていたこともありました。
ですが、追い払いに関わって行く中で、徐々に、被害を受けている人たちに、適切な情報が回ってきていないことが原因だと気づくようになりました。
数年前に、自分自身がある地域に入って生活してみて気づいたのですが、サルによる被害に対してどう対処していいのかわからない、サルの生態についての情報がないという方がとても多かったと気づきました。そんな状況のなかで皆さんがどうにかこうにかやっていて、そのうち「サルはかしこい」、「何をしても意味がない」、「殺せば解決する」という具合にあきらめと無力感と間違ったイメージに陥ってしまうことが、サルとヒトの間に軋轢を生む原因の一つとなっていると思うようになりました。そうなる前に正しい情報を伝えて協力してやっていく体制が大切だと学びました。
農作物を作っている人からは「山にサルの食物がないから畑の作物を食べに来るのではないか」という声も多く聞きますが、前述のように加害のある群れでも自然の中で季節を通して食べるものがあることがわかりました。容易に手に入りやすい状況を防いで畑を正しく守って追い払いをすれば、山の恵みは十分にサルを養っていけると感じました。そのような環境があれば追い払いもさらに効果を高める事ができるのではないでしょうか。
追い払い続けていくと、サルのヒトに対する目が変わるということを体感しました。ヒトがサルよりも強いということをサルにアピールしてそれを続けていけば、少しずつ人の生活環境周辺に出没するサルの態度が変わってくるのを実感できました。また、追うときはサルめがけて花火を打ち込みます。モデルガンの玉を接近しながら乱射します。特にメスやコドモを狙います。かわいそうという気持ちはなく、むしろ追い払わないことのほうが、人に対する慣れを引き起こし、結果的にかわいそうなサルを生み出すことがわかりました。追い上げをした後、山奥でサルの採食する樹木などあるところでは、サルたちもゆっくりしていることが多かったので、生息地に関する情報を集めることは大切だと感じています。

〇おわりに
今年も春が訪れ、私たちの周りでも植物が芽生えてきています。
畑に出ているサル、民家周辺に出ているサルを追い払って、山の中でサルを観察するのに良い季節。天気のいい晴れた日に外に出てサルを追い払いながら行動を観察するのも楽しい季節かもしれません。追い払いは大変なこともあると思いますが、サルを知るための良いツールとしてオススメです!
私も地域のなかで、今後もサルに関わって行きたいと思っています。

【参考文献】
辻大和・中川尚史編 2017.日本のサル 哺乳類学としてのニホンザル研究 東京大学出版会
太田和夫・勝山輝男・高橋秀男ほか 2009.山渓ハンディ図鑑3・4・5 樹に咲く花 山と渓谷社
岩瀬徹・大野啓一 2004.写真で見る植物用語 全国農村教育協会

 

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