No.139 野生動物を撮る
野生動物を撮る
稲葉 史晃(WMO)
皆さんは「野生動物をとる」と言われた時、どの「とる」を想像しますか。野生動物に関わる方々は「捕る」が浮かぶ人も多いのではないでしょうか。私もその一人ではありますが、今回はとるはとるでも野生動物を「撮る」について書かせていただこうと思います。
モリアオガエルの撮影
モリアオガエルという名前は聞いたことがあっても、見た事のある人は少ないかもしれません。成体は森林で生活し、繁殖期の4月~7月になると林縁近くにある湖沼に集合し産卵します。梅雨の時期に、池際の木に白い塊がたくさんぶら下がっているのを見たことがある人もいるでしょう。私も図鑑や映像では知っていましたが、当時住んでいた京都で初めて目にしました。それを見た時に、あの塊がどのような過程を経て出来るのか見てみたいという思いから、この撮影は始まりました。
撮影場所の選定
まずは撮影場所の選定ですが、当たり前だがモリアオガエルが産卵に集まる場所であることです。同じ山塊にある池でも場所によって集まる個体数が違います。その山は普段からよく入っているのですが、山中で一度もモリアオガエルを見たことはありません。よくもこの山からこんなに湧いてくるなと驚きます。実はモリアオガエルの撮影は2年間行っています。モリアオガエルが集合する場所は、何ヵ所か把握していたのですが、良いタイミングに出会えず1年目は失敗に終わりました。
次に必要な要素が、アクセスの良さです。モリアオガエルは通常、日没後から水辺に集合し産卵を行います。林内にある小さな水溜まりでも産卵しますが、夜中に山中を歩くのは御免です。また湖沼によっては立ち入り禁止の場所や、足場の悪い個所もあります。理想は車で近くまで行けるような場所が良いのです(楽だし)。
そして最後に重要なのは人に不信感を与えない環境であることです。アクセスが良い池は、人家付近であることも多いです。夜間の撮影はライトを使用するので、暗闇の中で不審な光がちらついていたら通報されかねません。つまりモリアオガエルの数が多く、人家から離れていて安全に撮影できる場所が一級ポイントになります。
撮影のタイミング
場所が決まったら次に撮影のタイミングです。繁殖期はだいたい4月~7月頃になります。この間、定期的に繁殖地の様子を見に行き、卵塊が増え始めた頃からが狙い目になります。
そこでさらに重要な要素が天気です。昔から言い伝えられているように、雨の降る夜は繁殖地に現れる個体が増えます。実際は雨の撮影はカメラの故障の原因になるので、夕方ぐらいに雨が止み湿度の高い夜がベストなタイミングとなります。
撮影方法
今回の撮影では、雌が雄と出会って産卵が終了するまでの流れを撮影するのが目標でした。撮影は微速度撮影という手法で行います。微速度撮影というのは、いわゆるタイムラプスとかインターバル撮影と呼ばれるもので、一定の間隔をあけて撮影したものを繋ぎ合わせて動画にするものです。撮影した静止画を専用のソフトで高速で再生することにより、パラパラ漫画のように動きがでるというわけです。
ここからは実際の写真と共に説明していきたいと思います。
撮影を終えて
産卵を最初から最後まで見届けたのは初めてであり、5時間以上は暗闇の中でモリアオガエルを見ていたことになります。今こうして見返すと、我ながら夜な夜な変なことをしていたなあと思います・・・。
撮影場所の選定について最初の方に述べましたが、これらが揃えば良い分けでもありません。狙いの対象を見つけても、それを綺麗に撮れなければ意味がありません。真下からでしか撮影出来ないだとか、どれだけカメラの位置を変えても障害物が映りこんでしまうだとか、どうしようも無い要因は沢山あります。野生動物を撮影していく中で、「あそこまで入れたら」、「あの木さえなければ」という瞬間は沢山あります。しかし、ルールを破り、自然を破壊してまで撮影することは許されません。何度も通い続け、たまたま条件の良い場所に来てくれることを待つだけで、最終的には良い出会いがあるかどうかなのだと思います。
野生動物撮影の魅力
私の考える野生動物撮影の魅力について述べたいと思います。野生動物を撮影する人には、野生動物が好きでカメラを持つ人と、カメラが好きで撮影対象として野生動物を選択する人が存在すると思っています。私は前者であり、野生動物の魅力に引き込まれ、結果としてカメラを持っています。カメラとは野生動物を知る道具の一つであり、本当に心躍るような瞬間には、写真を撮ることさえ忘れてしまうこともあります。
ある対象を撮影しようと思うと、生態はもちろんのこと「場所」「時期」「時間」を知る必要があります。その過程が面白く、出会えた時の嬉しさは何事にもかえがたいものです。ファインダー越しにじっくりと観察する事で新たな知見を得る事も有ります。そして最大の魅力は、自分とは違う世界の時間を共有出来る事だと思います。動物から伝わる緊張感、その動物を取り巻く空気感。それらを五感を使って感じ取ることが出来るのは、野生動物撮影の魅力でもあり、野生動物と関わる者として大切にしたいものだと思っています。
最後に、動物写真家である星野道夫さんの著書「旅をする木」の中での一文を紹介して終ろうと思います。
「僕たちが毎日を生きている瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい」(引用:星野道夫『旅をする木』、文春文庫1999年)
人は人の中でしか生きて行くことはできませんが、それと並行してもうひとつの時間があることを意識することは、人生をより豊かにしてくれるかもしれません。
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