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No.143 野生動物と家畜の間で広がる感染症

2019年07月発行

野生動物と家畜の間で広がる感染症

近藤 竜明(WMO)

 

【はじめに】

2018年9月に衝撃的なニュースが飛び込んできた。私の故郷、岐阜県岐阜市の養豚場で「豚コレラ」が発生したのである。「これは大変なことになるな」と直感した覚えがあるが、この後にイノシシの感染個体が次々と確認され、県の畜産施設でも感染個体が出るなど、ここまで大きな事態になるとは予想もしていなかった。以降、お隣の愛知県でもイノシシや養豚場でも発生が確認され、養豚場の豚が殺処分となるケースが相次いでいる。本稿を執筆中にも三重県そして福井県でもイノシシでの感染個体が確認されており、収束の兆しは見えていない。

これまで家畜(家禽)と野生動物の間で感染が成立し問題となる疾病としては鳥インフルエンザがニュースとなってきた。鳥インフルエンザの発生には季節性があり、豚コレラのように通年で感染が拡大する事態となっている感染症は、私の知る限りでは初めてである。また2010年に宮崎県で発生があった口蹄疫は、野生動物との間の感染は確認されていないことから、豚と野生動物の間で発生した感染症も近年にはなかった(ニュースになるレベルではなかった)ことである。

野生動物との感染症というと、近年は人獣共通感染症(zoonosis)が注目されていた。人獣共通感染症は「ヒトと脊椎動物の間で自然に伝播する疾病と感染症」と定義されている。例えば2013年に国内で初報告のあったマダニが媒介する重症熱性血小板減少症(SFTS)や、2006年に海外からの帰国者が発症したことで知られる狂犬病などが有名なところだろう。なお、ヒトから動物に感染が広がったケースも人獣共通感染症に含まれ、ヒトから飼育動物へ結核の感染が疑われた事例が散見される。

ところで野生動物から動物園動物への感染は何例か報告がされている。動物園や水族館に置いて、新規導入アザラシから同居アザラシへのジステンパー感染例、ガラゴなどのサル類やサイでのレプトスピラ感染症といったものが報告されている。また血液・糞便検査などでライオンの猫汎白血球減少症関係ウイルスの抗体検出や、イルカ類での豚丹毒菌の検出、サルの破傷風菌の検出などが報告されている。なお動物園では、動物の移動(野生下からの新規導入を含む)の際には検疫を実施し、これらの感染症に罹患していないことを確認している。

今回は豚コレラを含む、野生動物と家畜との間で広がる感染症にスポットを当て、みなさんにご紹介したいと思う。中には私が家畜の獣医をしていた頃に、実際に経験した症例も含まれている。この記事を通じて、少しでも野生動物の感染症のこと、家畜との関係性について読者のみなさんの理解の助けになればと思う。

 

【野生動物と家畜との間で広がる感染症】

1)豚コレラ

病原は豚コレラウイルス(Flaviviridae, Pestivirus)であり、ブタとイノシシのみが感染する。伝染力が強く、高い致死率が特徴で、唾液や糞中に排泄されたウイルスと接触することにより感染が拡大する。特異的(病気と診断するのに特徴的)な症状はなく、発熱や食欲不振、下痢や後肢麻痺が認められる。治療法はなく、摘発淘汰によって感染拡大を防いでいる。

なお病名中に「コレラ」とあるが、これは「コレラの様な下痢症状を示す」ことから付けられたものである。(ヒトの「コレラ」はVibrio choleraeという細菌が原因である)。また2018年に豚コレラが国内発生したのと同時期に、中国で「アフリカ豚コレラ」の発生があった。アフリカ豚コレラは豚コレラと同じ様な症状を示すが、原因のウイルスの種類が違う。よく混同されるので、注意が必要である。

 

2)肝蛭(かんてつ)症

吸虫に分類される寄生虫で、反芻獣を中心に感染する。反芻獣の糞便中に虫卵が排泄され、ヒメモノアラガイという貝を経由し水草に付着し、それを反芻獣が採食することによって感染が広がる。症状としては食欲低下、削痩や貧血が認められ、特にヤギやヒツジでは重篤な症状を示す場合がある。

私は過去に肝蛭に感染したヤギを診察したことがあるが、貧血がひどくすぐに死亡してしまった。このヤギは山際近くの屋外で、水路のある囲い(壁1m程度)の中で生活をしており、おそらく侵入してきたシカが原因で感染したものと考えられた。奈良公園のシカの検査では87.5%のシカから肝蛭の虫卵が検出されていることが報告されている。畜産関係者の間では過去の病気のイメージがある感染症だが、シカの個体数が増えている現在、再注目すべき疾病の一つである。

 

3)伝染性嚢胞性皮膚炎

家畜では主にヒツジやヤギに感染する病気で、ポックスウイルス科のオルフウイルスを原因とする。症状としては皮膚に丘疹や水疱を形成する。野生動物ではニホンカモシカでの感染が散見される。とくに顔面に水疱が形成されやすく、口の周りや口の中に病変ができると採食困難に陥り死亡に至るケースもある。ニホンカモシカの抗体陽性率は32〜39%という報告があり、1976年に秋田県で発生が確認されて以降、2013年には京都府まで南下していることが確認されている。本症はヒトにも感染する人獣共通感染症であり、家畜伝染病予防法の中では届出伝染病に指定されている。

 

4)その他の感染症

この他に野生動物と家畜の間で注目される感染症として、サルモネラ感染症がある。サルモネラは腸管内に存在する細菌で、血清型で2,500種類以上ある。北海道の野生動物を対象としたサーベイランス調査においては、カラス類、カモ類、キタキツネやアライグマから家畜に感染しうるサルモネラ菌が見つかっている。中には抗生物質に耐性を持つ菌も見つかっており、家畜から野生動物への感染が疑われる事例もある。

また2010年に宮崎県で発生した口蹄疫も、シカやイノシシにも感染する疾病である。この時はシカやイノシシへの感染は確認されていないが、感染していれば豚コレラのように他県への拡大があったかもしれない。

他にも人獣共通感染症であり、伴侶動物と野生動物の間で感染が認められる狂犬病、疥癬、破傷風やエキノコックスなどがある。また先述した通り、鳥インフルエンザは野鳥から家禽への感染により、養鶏業に大きな打撃を与えた。

 

このように野生動物から家畜へ様々な病気が感染するため、その対策は畜産業界にとってとても重要である。なおこれらの感染は野生動物と家畜が接触することで感染が成立している。次に野生動物と家畜がどの程度接触の機会があるのかについて考えてみたいと思う。

 

【家畜動物と野生動物の接触】

まず始めに牛についてみてみようと思う。牛が飼養されている場所は開放的な建物が多く、野鳥や小〜中型動物の侵入が容易である。また放牧をして育てられているところもあり、シカやカモシカと接触する機会が存在している。このため家畜動物の中では最も野生動物との接触機会があり、その分だけ感染症のリスクは高くなっている。私も牛舎を訪ねた際に、牛舎からシカが飛び出してきた経験がある。(おそらく牛の餌を拝借していたのだと思う。)

一方で豚や鶏は衛生面でかなり気を使っているように思う。最近では外部から動物が侵入できないような施設で飼養し、衛生面に配慮した動線を確保しているところが増えてきている。また飼養形態としてオールイン・オールアウト形式(幼獣を一斉に畜舎に入れて飼養した後、一斉に出荷し、畜舎を消毒すること)を取るところも増えている。こういった施設でも、外部からのネズミの侵入により感染症が持ち込まれたり、飼料の導入時に人が持ち込んでいたりして感染が成立している可能性が示唆されるケースがある。

畜産の現場においても感染症が侵入しないような工夫と努力がなされているが、まだまだ十分とは言えないのが現状である。一方でどれだけ気をつけていても侵入を許してしまう場合もあり、畜産関係者にとっては大きな悩みの種になっている。

 

【これからの課題】

それでは野生動物と家畜動物の感染症を無くす(減らす)ためにどのようなことが必要となるだろうか。

野生動物側から考えてみると、個体数の増加により畜舎近くにシカやイノシシが進出していることが、接触が増える大きな要因となっていると考えられる。また個体数の増加は野生動物間の接触回数も増えることになり、その分感染症とも出会う可能性が増えていることになる。増えすぎた個体数を削減することは感染症を減らすことに大きく寄与すると考えられる。

一方で家畜の側から考えてみると、畜舎の環境整備がとても大切になる。特に野生動物が侵入しないような施設設計は重要である。また飼養衛生環境を整えることで、感染症が発生しにくい状況を作り出すことも必要である。

そして最も大切なのが、一般市民の理解である。畜産業の現状を知ったり、家畜の感染症についての理解を深め、正しい情報に基づく消費行動が重要になってくる。また安心安全な畜産物の提供には、感染症対策を含めてコストがかかっていることを十分に理解する必要もある。さらに増えすぎたシカやイノシシを減らすことが、感染症の対策だけでなく、これからの畜産の発展に必要不可欠な要素であるという認識を持つことも大切である。

これからも美味しく、安心で安全な畜産物をいただくために、家畜動物と野生動物との関わりについて興味・関心を持ってもらえればと思う。

 

【参考文献】

・動物の感染症 第3版.近代出版

・浅川満彦ら.2003.動物園水族館雑誌上に掲載された展示動物と野生動物における感染症発生記録

・小林朋子ら.2011.奈良公園におけるニホンジカCervus nipponの肝蛭症および消化管内寄生虫相

・猪島康雄.2013.野生ニホンカモシカにおけるパラポックスウイルス感染症

 

 

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