No.156 市街地に出没するハナレザル問題と対応方法について再確認する
市街地に出没するハナレザル問題と対応方法について再確認する
藏元 武藏(WMO)
1.はじめに
近年、ニホンザルのハナレザルが市街地に頻発し、農作物被害、生活環境被害に加え、人身被害が発生し重大な社会問題となっている。これまでWMOが受託したハナレザル対応の事例、行政担当者から相談を受けた事例、性年齢別に見たハナレザルの行動や被害状況、適切な対応方法については、WMOホームページにある「WMO.club」➢「Field Note 公開記事」➢「No.134 市街地に出没するニホンザルの現状と対応」(2017年4月発行)にまとめられている。今回、同じ市街地出没に関するタイトルを選択した理由は、ここ数年ハナレザルによる相談・被害が増加していることから、改めてハナレザルによる市街地出没問題とはどういうものか、予防するためには何をすべきか、もし被害が発生してしまったらどのような対応が必要なのか、新たな事例を紹介しつつ情報を共有したい。また、ハナレザル問題をより深く理解する上で、上述の記事も併せて一読頂きたい。
2.ハナレザルとは
ニホンザルは本来、複数頭の雌雄で構成された「群れ」で生活し、決まった行動範囲を遊動する。サルは母系社会のため、群れの中のメスには血縁関係が存在しており、原則、メスは生まれた群れから一生離れることはない。一方、オスは成長すると生まれた群れを離れ、単独または数頭で行動する「ハナレザル」となり、他の群れを探す等を目的に広いエリアを遊動する。ハナレザルの行動範囲は決まっておらず、群れを探して100km以上移動した事例も報告されている。オスのハナレザルは、サルの非交尾期である4月~9月頃に群れから離れハナレザル化することが多い。しかし近年、メスのハナレザルも存在する。上述した通り、ニホンザルは母系社会で、メスは生まれた群れで一生を過ごすと考えられてきたが、これまでいくつかのメスのハナレザルの事例が確認されている。メスが群れを離れる要因として、①群れサイズや季節的な要因により、群れにいるとエサの獲得が難しくなったこと、②捕獲により、群れの構成が攪乱(家系やオスの消失)され、群れに留まりづらくなったこと、③飼育個体の放獣、④捕獲個体の移動放獣等が考えられる。ハナレザルとなったメスは狭い範囲に定着し、人工物への執着や犬・猫との親和的な行動が見られる。狭い範囲に定着するため、被害が長期化することが報告されている。
3.市街地に出没したハナレザル問題の新たな事例
近年、ハナレザルによる市街地出没の相談があるなかで、今年度もハナレザルによる市街地出没の相談があり、対応を行った。私が経験する限り、最も悪質で、捕獲難易度が高い案件であった。主な被害内容は、人家や住宅敷地内に侵入し、人を見つけ次第、咬みつく、引っ掻く、突進するなどの人身被害が発生し、短期間で計60名以上にもおよぶ被害者を出した。数件、農作物被害と生活環境被害(お菓子が入っている棚だけが荒らされる等)も発生していた。連日、昼夜問わず人身被害が発生し、特に夕方以降から朝方にかけての被害が多かった。夜の活動は野生下で生活するサルは考えにくい行動であるが、市街地の外灯などによる明かりを利用し、夜間も移動していた可能性が高い。行政の方が地域住民へ窓を閉めるよう注意喚起を行っていたが、夏の時期に窓を閉め切ることは難しく、網戸や隙間の空いた窓をハナレザルに開けられ、人家侵入と人身被害が繰り返される状況であった。加害個体は若いオスで、住宅内や公共施設(幼稚園等)内に侵入し、中を平然と移動するなど人工物への慣れがかなり進んでいた。このハナレザルの行動を考えると、飼育個体または餌付けされた個体の可能性も否定できない。このハナレザルは、市街地周辺の林内、空き家、民家の敷地内など様々な環境を利用しながら移動するため、目視すること自体が難しい状況であった。しかし、行政の方の適切な情報収集と集約、役割分担と体制整備、地域住民の協力もあって、加害個体を無事に捕獲でき、問題は長期化せず解決した。
この案件を改めて振り返ってみると、短期間で発生した被害者件数、人家侵入件数、深夜被害等は異常である。なぜここまでハナレザルが人を襲ったのか原因は不明であるが、人から危害を受けて反撃・威嚇するための攻撃ではなかった。全てハナレザルから人に近づき、襲っている。ただし、被害者の指や耳などを噛みちぎるほどの重症者が出ていないことを考えると、ハナレザルにとっては一種の戯れとしての行動で、襲った時の人の反応を楽しんでいただけかもしれない。
4.市街地にハナレザルが出没したらどのように対応すべきか
市街地に出没するハナレザル問題は、毎年行政から相談を受けるほど増加している。直接WMOに相談してくる場合もあれば、研修会でハナレザルに関する質問がよく出てくる。では、ハナレザルが出没した際にどのような行動をとるべきかについて、過去の記事を参考にまとめていきたい。本案件も以下手順に従って対応を進めた。
ハナレザルが出没した際は、適切な情報収集と収集した情報をもとに対策方針を決定する体制の構築と、関係者の連絡・連携体制の構築が早急に必要である。また、集約した情報をもとに、地域住民を含めた関係者の役割分担を明確化することも重要である。
①サルの出没状況(いつ・どこで)、個体の特徴、(行動・頭数等)、被害の状況などを情報収集する。また、出没地点や移動ルートを地図上に図化し、行動パターンを整理する。
②情報を一元管理するため、地域および関係機関(警察・消防・猟友会等)にハナレザルの出没や被害に関する情報は役場に連絡するよう呼びかける。
③収集した情報から人身被害のリスク等を評価し、捕獲か捕獲以外の対応方法を検討する。同一地域で頻繁に出没する場合や人身被害の恐れがある場合は、追い払いに加え、わなによる捕獲を検討する。
④被害防止の観点から、地域への注意喚起、パトロール、複数人での追い払いを行う。
ただし、2次被害(交通事故等)の可能性があるため、交通量の多い道路や通行人が多い場所では無理に追い払わない。
⑤同一地域に定着し、人家侵入や人身被害発生の場合は、麻酔銃による緊急捕獲対応を検討する。麻酔銃を使用する場合には、改正鳥獣法(集合住居地における麻酔銃猟)に基づき、関係機関と十分に協議し、地域へ周知した後、適切に作業を実施できる体制を整備して取り組む。
これら対応手順を適切に判断するためにも、まずは情報収集が最優先事項となる。
5.ハナレザル問題の根本的な解決に向けて
ハナレザル出没地域周辺には、基本的にはニホンザルの群れが生息している。出没するハナレザルの悪質性を低下させるためには、ハナレザルの発生源である群れの管理を計画的に実施する必要がある。計画的な管理を行うためには、群れの行動圏や頭数、加害レベル(悪質度)といった群れの特性を把握したうえで、群れごとの管理方針を決めて管理する「群れ管理」が基本となる。群れの特性に応じた計画的な管理を推進することにより、群れの加害レベルが低下し、結果的に地域に出没するハナレザルの悪質性を低下させることができると考えられる。
次に、もしハナレザルが市街地に出没した際、地域が適切な対応を実施できるようにするために、出没地域周辺への注意喚起・啓発を積極的に実施すべきであろう。これは被害が発生していない地域も含めて予防のために実施すると効果がある。特に、餌付け行為の禁止は徹底して注意喚起したほうがよい。意図的な餌付けは、人や人工物への慣れを加速化させ、農作物被害、生活被害、人身被害の拡大に繋がり、深刻な問題となる。問題が深刻化すると、加害個体を捕獲しないと問題が解決できない状況になる。人慣れを未然に防止し、追い払い等で市街地はサルにとって危険な場所と学習させることが、ハナレザルを市街地に出没させない、出没しても悪質化させない対策に繋がると考える。これらが対策の全てではないが、効果的な対策は一つでも多く実施したほうが有効である。また、観光目的でサルの生息地域に訪れる人(普段は都心部に暮らす人)向けに、SNS等を通じて情報発信すればより効果が得られるかもしれない。
全国的に、ハナレザルの市街地への出没事例は増加傾向にあるが、その問題が速やかに解決に至った事例は多くはない。本案件はオスの市街地出没であったが、メスの市街地出没も徐々に増える可能性がある。なぜならサルの捕獲が進んでおり、捕獲数は年々上昇し、ここ最近は2万頭前後を推移している。捕獲による影響で群れの構成が攪乱され、メスの移出が増えている可能性も否定できない。過去の記事でも、14件中半数がメスであった。メスは狭い範囲に定着し、問題が長期化することもあるので、より警戒が必要である。市街地に出没するハナレザル問題の根本的な解決に向けて、引き続き情報収集、情報共有に努めていきたい。
<参考資料>
Tsuji and Sugiyama. 2014. Female emigration in Japanese macaques,Macaca fuscata:ecolog ical and social backgrounds and its biogeo graphical implications. Mammalia. 78: 281- 290.
環境省. 2016. 住居集合地域等における麻酔銃猟 の取扱いについて.
http://www.env.go.jp/nature/choju/docs/doc s5/masuijyu.pdf
環境省. 2017. ニホンザル対策モデル事業レポー ト(平成28年度)
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/ effort9/saru_h28taisaku.pdf
海老原. 2018. 住居集合地域に出没するニホンザル(Macaca fuscata)のハナレ個体の行動特性
(株)野生動物保護管理事務所. FieldNote公開記事. No134市街地に出没するニホンザルの現状と対応
No.157 | 一覧に戻る | No.156 |