No.157 福島県被災地での営農再開と鳥獣被害対策を考える
福島県被災地での営農再開と鳥獣被害対策を考える
鉄谷 龍之(WMO)
- はじめに
東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所の事故は、10年以上たった今でも被災地において、あらゆる面で影響を出している。その中で最も影響の大きかったものの一つとして、農業が上げられると思う。放射線、風評被害、未帰還による人手不足、分布を広げたイノシシ等による被害等、あげればもっとあると思う。以前、行政と住民の農業再開に向けた意見交換会に出席させていただいたことがあり、農家の方から「除染のため、農地の土を取り除き、山砂を入れられた。石も混ざっているし、水が入ると固くなる。トラクターの刃などがすぐ壊れたり、作業に通常の何倍も時間がかかったりする。」というような話があった。また、現場では「水路をイノシシに埋められてしまった。震災前は水路を使用している皆で手入れをやっていたが、今は私しか帰還していないため、管理しきれない。」という話も聞き、通常とは異なる苦労があることを知った。
- 福島県による支援
福島県は、被災地の農業を再生させるために、市町村等の事業を補助する営農再開支援事業を行っている。その事業概要は、「原発事故の影響により、農産物生産の中止を余儀なくされた避難区域や作付制限区域等において、営農休止した面積の6割で営農再開することを目標に、営農再開を目的として行う取組や放射性物質の吸収抑制対策を支援しています。」とされている。補助の内容は多岐にわたり(表1)、このような事業等により、震災直後の2011年12月には、営農を休止していた農地は17,298haあったが、2021年度末には、42.6%にあたる7,370haが再開している(図1)。
農業復興の過程を把握し、加速させるため、2021年11月に被災地域の農業者を対象にアンケート調査が行われており(半杭・渋谷 2022)、その結果、経営上の課題で最も多いのは「販売価格の低下」であり、次いで、「資材の高騰」、「鳥獣害」、「高齢化」があげられていた。この結果からも、鳥獣被害がこの地域の農業に大きな影響があることが分かる。営農再開支援事業には、鳥獣被害対策支援も含まれ、侵入防止柵の設置、緩衝帯の整備、生息状況調査、捕獲活動及び機材導入等に活用されている。2021年度の事業費の実績では、全体約30億円の内、鳥獣被害対策に使用されたのは約4億円であった。詳細については、福島県ウェブサイトにある福島県営農再開支援事業を参照していただきたい。
表1.営農再開支援事業の内容
福島県営農再開支援事業実施要綱より作成
避難区域等における営農再開支援 | 放射性物質の吸収抑制対策等 | 特認事業 |
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※既存事業では対応ができない場合、当該課題に迅速に対応するため、福島県知事が特に必要とする取組について支援するものとする。 |
- 福島県避難地域鳥獣対策支援員の農業への関り
私が任命されている福島県避難地域鳥獣対策支援員(以下、支援員)の業務は、避難12市町村における鳥獣被害対策全般の支援であり、農業被害対策についても支援している。支援員業務として農業に関わるのは、農地への鳥獣の侵入防止柵の設置と管理についての支援がほとんどである。具体的な内容としては、設置方法等の現場指導(図2)、研修会、配布物等の普及資料の作成がある。
農業被害を防ぐ方法として、侵入防止柵は非常に有効な手段であるが、多くの人が指摘しているように、適切な設置と管理ができないと効果は半減してしまう。鳥獣被害を防ぎたいという気持ちは、農業者さんも支援員も同じはずなのに、適切に設置と管理ができないのは、どのような場合だろうか。例えば、支援員は侵入防止柵の効果を最大限にするため、「坂の下に設置すると、動物が飛び込みやすくなるので、もう少し内側に設置しましょう。」、または、「効果を維持するために、故障箇所のチェック等の見回りはこまめにしましょう。」と助言する。しかし、農家の方からすると、作付面積やトラクターを運用する際の面積等の問題があり、侵入防止柵の効果として、理想的な場所への設置に納得してもらえないこともある。また、管理についても十分な人手を割けない場合がある。農業従事者の担い手不足は全国的な問題であるが、避難地域においては、まだ遠方から通いながら農業をされている方もいて、より管理が難しくなっている。
- 今後を思う
あくまで素人の所感ではあるが、今後この地域の農業はどうなっていくだろうか。
2014年に避難地域では農地転用の規制が緩和され、営農再開が困難な農地において、復興事業として実施する太陽光発電事業等が可能となった。私が見ている範囲でも、元は農地だった場所へのソーラーパネル設置は徐々に増えていっている(図3,4)。私は、再生可能エネルギーの推進は必要なことと考えており、様々な事情から現在農業ができない状況であれば、その土地を他のことに利用しようとするのは当然とも思う。だが、今後、農業と両立することが出来るのかには疑問を持っている。また、前述した通り、農業の担い手不足は全国的な問題であるが、この地域では、そこに震災による様々な影響が重なってきている。前述の農業者へのアンケート調査によると、10年後の見通しとして、拡大は11%、縮小は20%、離農は13%であった。
こんなことがあった。支援員事務所から車で10分ほどのところに2022年3月に起こった震度6弱の地震により道路が陥没し、2022年12月現在でも修復工事が完了していない場所がある。ある日、その工事を避け、脇道に入ると空き地が目に入った。避難地域では、住宅撤去後の空き地は全く珍しいものではないが、そこは私が支援員を始めた2019年には人が住んでいた。その方はかなり高齢であったが、家のすぐ横で水稲を作っており、侵入防止柵を一緒に設置しながら指導を行った。家と一緒に農地も更地になっていた。
様々な支援があっても、営農を再開できた農地は半分程度であり、営農が再開しても、この地域の農業が“生業”として成り立つようになるには、まだ時間が必要そうである。農業も鳥獣被害対策も行うのは地域の住民であり、支援員ができるのは手伝いだけだが、その部分だけでも役に立てたらと思う。
参考資料
半杭真一・渋谷住男.2022.発災10年後の被災地域における農業経営者の意識.復興農学会誌.Vol.2 No.2, p.12-27
福島県.福島県営農再開支援事業.https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36021a/einousaikaisienjigyou.html
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