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No.161 クマ聖地巡礼 ―カトマイ国立公園編―

2024年01月発行

クマ聖地巡礼 ―カトマイ国立公園編―


中島 彩季(WMO)

 

昨夏に長期休みをいただき、アラスカを旅してきました。クマやカリブーなどの動物たち、タイガの森やツンドラ、氷河などなど、何もかもが刺激的で興奮しっぱなしの日々でした。今回は訪れた場所の中から、クマ好きとして一度は訪れたい場所のひとつ(のハズ)、カトマイ国立公園を紹介したいと思います。

カトマイ国立公園はアラスカ州南部にある国立公園で、1912年に起きた火山の大噴火によって形成された「一万本の煙の谷」と呼ばれる地形と、ヒグマの生息地として有名です。6月末~7月末頃、遡上してくるサケ(ベニザケ)を目当てに毎年たくさんのヒグマがブルックス川に集まってきます。そのヒグマを間近で観察できる場所としても知られています。

アクセスは悪く、近くの街・キングサーモンからカトマイ国立公園の拠点であるブルックスキャンプへは水上飛行機で移動します。水上飛行機は操縦士含め5人乗りで、体重計測(!)してバランスの良い席順を指定されます。カトマイ国立公園の玄関口であるNaknek湖に降り立ったものの、水上飛行機はなかなか着岸せず。よく見ると湖畔にヒグマが!亜成獣くらいの個体が1頭と、少し離れて2頭連れの親子が悠々と歩いていました。ヒグマが通り過ぎるのを待ってから着岸、上陸しました。着いて早々、ヒグマに出会えたことに感動すると同時に、この場所が“クマファースト”であることを実感しました。

到着するとまず、ヒグマに関するレクチャーを受講します。レクチャーでは“公園内はヒグマの生息域であり、人がヒグマの生息域に立ち入らせてもらう意識を持つこと”が強調され、そのために守るべきヒグマとの距離や食べ物の管理、出遭わないための対策、出遭ってしまった時の対策について説明を受けました。動画には日本語を含めた複数言語の字幕が付いていました。飲料水を除いた飲食物は食糧庫に預ける必要があり、飲食可能エリアは電気柵で囲われていました。公園内には複数のレンジャーが配置されており、ヒグマが人に接近するとどこからともなくレンジャーが現れ、ヒグマが離れていくまで人の行動を制止して監視していました。

展望台があるブルックス滝に行くには、ビジターセンターから高架木道とトレイルを利用します。高架木道からもたくさんのクマを観察することができ、なかなか先に進めません。ブルックス滝の展望台には人数制限があり、私は2時間ほど待ちました。ブルックス滝から少し離れた展望台でヒグマを観察しながら待つことができ、順番が来るとレンジャーが呼びに来てくれました。

普段ツキノワグマを相手にしているからかもしれませんが、どのヒグマもかなり大きく感じました。調べると、カトマイ国立公園に生息するヒグマは大型で、オス成獣の夏の平均体重は317~408㎏ほど、冬眠前になると大型の個体は544㎏を超えるそうです。遡上直後のベニザケ1匹あたりのカロリーは約4,500kcalで、冬眠前のクマの重要な食物となります。強いオス個体は1日30匹以上食べることもあるそうです(総摂取カロリーは約135,000kcal!)。カトマイ国立公園のヒグマは他地域の個体群と比べて体サイズ大きいだけでなく平均寿命も長いそうで、遡上してくるサケがヒグマの豊富な栄養源となっていることが想像できます。ちなみに、トレイル上でサケを食べた糞を見つけました。魚のにおいがしたのですぐに分かりました。

サケを獲るスタイルは複数あり、母親から引き継いだスタイルを踏襲することが多いようです。カトマイ国立公園の公式サイトには、“滝の上で待ち伏せ”/“滝の下で待ち伏せ”/“追いかけて捕まえる”/“潜って探索”/“ダイビング”/“強奪”/“物乞い”が紹介されていました。ダイビングと物乞い以外のスタイルを観察することができました。人気スポットは滝の下のようで、強そうな個体が同じ場所を占拠していたり、場所の奪い合いで小競り合いが起きていたりしました。滝の上で待ち伏せできるポイントでも強そうな個体が居座っていました。親子は滝の少し下流の浅瀬にいることが多かったですが、中には滝の下や上を利用する親子もいました。少し観察しただけの所感ですが、滝に近付く親子の子グマは1-2歳、滝よりも下流にいる子グマは0歳のようでした。滝の近くは流れが速く、0歳の子グマには危険なので母グマが避けているのか…?と想像します。実際、下流側でも流れが速い場所で0歳の子グマが流されかけていました。

滞在中は思っていた以上にたくさんのヒグマをじっくり間近で観察することができ、夢のような時間でした。そんな中、人を意識していないように見える個体が多かったのがとても印象的でした。高架木道の真下で授乳している母グマもいて、随所でクマの人に対する警戒心の低さがうかがえました。これは、人は危害を加えない存在だとヒグマが良い意味で学習しているためで、長年にわたる国立公園の取り組みの成果と言えます。

カトマイ国立公園では、クマの保護管理と観光資源としての利用のバランスを保つため、様々な取り組みが行われています。カトマイ国立公園で実行されているBEAR-HUMAN CONFLICT MANAGEMENT PLAN(2006)では、①自然状態でのクマの個体群動態を維持する、②自然なクマの採食行動や生息地利用を継続させる、③クマに人と食物とを結び付けさせないようにする、④クマと人の軋轢を最小限にする、⑤人がクマについて学び、観察し、正しい理解を得る機会を提供する、の5つを目的として掲げています。今回は単なる観光での訪問

でしたが、ヒグマ観察を楽しみつつ、人とヒグマとのトラブルを回避しながら環境教育の場を提供する取り組みの一端を感じることができました。

普及啓発の取り組みは現地にとどまりません。ブルックス滝の様子はYoutubeでライブ配信されているので、自宅でも遡上してくるサケを求めて集結するヒグマたちを観察することができます。公園内の個体は研究のため個体識別されており、その個体情報が公開されているので、個体識別しながら観察を楽しむこともできます。また、どの個体が冬眠前に一番太ることができるかを予想する“Fat Bear Week”というユニークなイベントも開催されています。次のシーズンはぜひ、ライブ配信を覗いてみてください。

最後に、星野道夫氏のエッセイで好きな一節をひとつご紹介します。まさにこの、心を豊かにしてくれる“遠くの自然”に出会うことができた旅でした。―『人間にとって、きっと二つの大切な自然があるのだろう。一つは日々の暮らしの中で関わる身近な自然である。そして、もう一つは日々の暮らしと関わらない、遙か遠い自然である。が、そこにあると思えるだけで心が豊かになる自然である。それは生きていく上で、一つの力になるような気がするのだ』

 

参考文献
・BEAR-HUMAN CONFLICT MANAGEMENT PLAN(Katmai National Park And Preserve et.al,2006)
・カトマイ国立公園HP(https://www.nps.gov/katm/index.htm)
・魔法のことば―自然と旅を語る(星野道夫,文春文庫,2010)

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