No.83 サルと出会ったカモシカ?カモシカと出会ったサル?
カモシカと出会ったサル?
ちょうど春から初夏へゆっくりと季節が変わるころ、群馬県にサルの調査にいきました。朝、ある谷の堰堤の上でニセアカシアの花をほおばるサルたちの様子を観察していたときのことです。
ガサッ、と下の方から音がしたので見てみると、カモシカの親に続いてカモシカの仔(仔カモシカとよびます)が草を食べながらゆっくりと歩いているところでした。いつものルートなのでしょうか、私に気づいたか気づかないのか、静かに林の中に消えていきました。数時間後、私はこのカモシカ親仔と再び出会い、その時ちょっとしたドラマを見ました。
このお話の舞台
しばらくするとサルたちはゆっくりと移動を始めました。やや明るい谷に出たときです。サルがいる斜面の下の方に、さっきのカモシカ親子がいました。私の場所は、はちょうどその中間あたり。サルたちは斜面のやや上で休んでいる様子。数頭のサルは斜面に突き出た岩の上にいました。サルに気づいているのか、気づいていないのか、カモシカ親子はゆっくりとその岩に向かって歩いていったので、私はちょっと驚きました。(サルがいるんだけど・・・)。いつもの採食ルートなのかもしれません。数頭のサルが休んでいた岩陰でカモシカ親子が見えなくなった瞬間、お母さんカモシカがギャッ、という悲鳴をあげて斜面を駆け下りてきたのです。私はもう、その光景に釘付けになりました。お母さんカモシカが急斜面を走ったので石が私のいる方に落ちてきたりして、見ている方も緊張です。
仔カモシカのなき声がして、お母さんカモシカは再び岩の上に駆け上がったのですが、サルたちは依然として岩の周辺にたむろしていて、ついには、お母さんカモシカが尾根の向こう側に逃げ去ってしまいました。
走り去ったお母さんカモシカ
そこで、仔カモシカだけ取り残されました。仔カモシカは、サルがいる大岩のすぐ下の急斜面でどうすることもできずに立ちすくんでいるようでした。一方サルたちは、入れかわり立ち替わり、岩の上に現れ、その下にいる仔カモシカをあまり気にしている様子もありません。けれども、数分後、事態が急変しました。
ついに、ある若いサルが仔カモシカに接近しようとしたのです。サルが岩の上から身を乗り出した瞬間、岩の下の表面の土が流れて小さな地滑りが起こり、仔カモシカも一緒に押し流されてしまいました。けれどそこはカモシカ、さすがです。ぴょーん、と下に跳ねたかと思ったら、あっという間にお母さんカモシカが逃げ去った尾根の向こうに消えていきました。最後は一瞬の出来事でした。その後サルたちは再び岩の上で休んだり、毛繕いをはじめ、また静かに時間が流れていきました。
この事件に出会う前日も、私はサルの群れの近くにいるカモシカを見ました。この地域はとくにカモシカをよく見るので、カモシカもサルに遭遇することはそう珍しくないのでしょう。そういうときのカモシカはいたって平然としており、サルたちもあまり気にしている様子はありません。岩陰で何が起こったかは想像しかできませんが、のんびり歩いていたカモシカにサルがちょっかいを出したのかもしれません。それとも、あまりにも予期せぬ突然の対面にカモシカがびっくりしたのか。
これまで山を歩いていても、種類の違うけものに同時に出あう機会はあまりありませんでした。サル群れにシカがついてゆき、サルの落とした果実などを食べる、という話しは聞いたことがあります。そういえば、WMOのホームページ上の調査雑記では、サルを利用するシカの話を岸本さんが書いていました。カモシカとサルにはそのような関係があるのか、興味深いところです。
いろいろな想像がふくらみます。シカとクマ、サルとクマ、シカとカモシカ、イノシシとクマ・・・。書いているうちに思い出しました。夜間ライトセンサスをしていたときに、イノシシに追われるシカを見たことがあります。猪突猛進のイノシシにシカがびっくりしているように見えましたが・・。大型哺乳類は行動域が大きいので、それぞれの違うけものが出会う機会が多いだろうと勝手に考えてしまいます。それぞれが互いをどのように認識して、場合によっては利用しあったりしているのでしょう。
日頃、つい一種類の動物のことしか考えずに過ごしてしまいがちなのですが、このドラマに遭遇して、森林に棲むけもの同志の関係に興味がわいてきました。
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