No.84 彩りの秋、サルの顔色をうかがう
台風18号の暴風と塩害で今年は紅葉を楽しめない地域が多いそうだ.WMO関西分室の周りも例外ではない.ただ関西分室は神戸市にあるとはいえ,裏六甲に位置し,南風は標高約1000mある六甲山塊に遮られて被害はかなり免れた.表六甲や淡路島の山々では,斜面の向きを,風の当たり具合を版にとられたかのように赤褐色に染められている.さしずめスギ・ヒノキたち針葉樹は凹面か.
ひと秋紅葉を楽しめないことくらいは我慢できるが,秋の実りに頼る動物たちのことが心配だ.開花抑制因子を失って狂い咲いた桜や梅の花や実を春にはいただこうとあてにしている動物たちのことが心配だ.植物たちの異変はどのように動物たちに波及していくだろうか.
木々が赤や黄色に染まらなくても,サルの顔は赤味を増す.どうやら心の,いや体の春(!)がやってきたようだ.日本人はサルと言えば顔やお尻が赤いのが当然と思っているが,実はサル類の中でも赤い顔とお尻を持つサルはニホンザルを含むごく一部のサルだけである.
ニホンザルの顔が赤いのは皮膚の下の毛細血管の色が透けて見えているためだということはよく知られていることである.コドモのうちは薄桃色だが,オトナになると毛細血管の数が増え,血流も多くなって赤くなる.そしてオトナはこれからの時期,体内の性ホルモンの分泌が活溌になり,さらに血流量が増して赤味が鮮やかになるのである.
そんなサルの顔色をうかがうことができるのは,ひとつはニホンザルの顔に毛がないおかげ,である.サルはサルでも原猿類のキツネザルのように顔に細かな毛がびっしり生えていたら,気分が高揚し顔は紅葉色になっていたとしても見ることはできない.
もうひとつ,ニホンザルの顔色が皮下の毛細血管を映し得る薄い色であることも重要だ.知っている海外のサルたちの顔色を思い浮かべてみる.
顔が赤色あるいは薄桃色のサルといえば,お隣のタイワンザル,インドにいる,その名のとおりベニガオザル,アカゲザル,アッサムモンキーといったマカク属がほとんどで,他にヒヒ属の中で唯一マントヒヒもピンク色の顔をしている.同じオナガザル亜科でもサバンナモンキーやクチヒゲグエノンといったオナガザル属,ヒヒ属でもドリルやゲラダヒヒの顔は黒い.コロブスやリーフモンキーなどの属するコロブス亜科のサル達も 黒い顔のサルが多いが,テングザルだけは薄橙色である.
こうして見ると顔の赤いサルはサル類の中ではごく一部なのだ.おもしろいことに,先にあげたタイワンザル,ベニガオザル,アカゲザル,アッサムモンキー,マントヒヒはお尻も赤い.お尻が赤いというのは形態学的にはそのあたりに毛が生えていないということであり,生理学あるいは生態学的にはやはり繁殖が関わっているのだろう.
ヒトの肌色のさまざまな色調は、メラニン(茶色)、ヘモグロビン(赤色)、カロチノイド(黄色)、及び角質層の状態の組合せにより決まっている.ほとんどの動物では,色の主役となるメラニンを作るメラニン細胞が皮膚にはなく,毛を作る毛乳頭に存在する. そのため,皮膚には色がつかず,毛に色がついている.つまりシマウマの毛を剃ると灰色一色だし,ヒョウの肌も薄桃色.タヌキだって薄桃色である.皮膚でなく毛にメラニン細胞があるのは,進化の過程の産物だ.オゾン層が十分でなかったため有害な紫外線が大量に降り注いでいた頃,哺乳類が体温を維持するために得た体表の毛にメラニンを送り込み,そこで紫外線を吸収・分解させるためであったと考えられている.
その結果なのか,その後の経過なのかはわからないが,紫外線にさらされやすい背の色より腹の色の方が薄い哺乳類が多くなった.たとえば日本の動物では,シカやニホンリス,夏毛のオコジョやキツネ,ネズミたちの多くは腹部が白い.そうそうニホンザルも腹や四肢の内側の毛は白い.もちろん,たとえばタヌキの胸が黒いのは,逆に冬場太陽からの熱を吸収するのに役立っているという報告があるし(本誌49号「タヌキのひなたぼっこ」参照),その後の,あるいはそれ以外の進化の過程で多様な色が生まれてきてはいるはずだ.
話を皮膚の色にもどそう.ニホンザルの顔の赤色は赤い色素によるものではなく,血管の色が透けているということは,もともとの皮膚の色はコドモの時に見られる薄桃色と考えてよいだろう.だからこそ透けて見えるのであるから.私たちが酔っぱらったり恥ずかしくなったりして毛細血管が拡張し血液流入量が増大して顔が赤くなるのと同じである.その証拠に大量出血で死んでしまったニホンザルの顔は青白いらしい.
シマウマやヒョウは毛を刈ると模様を失うが,ウシは皮膚にも模様がついている
(http://www.mainichi.co.jp/life/family/syuppan/sunday/99/0815/tokusyu1.html ).
ホルスタインのあの白黒模様が毛だけでなく皮膚にあるということだ.つまりウシは皮膚にメラニン細胞を持っていることになるのだが,まだ皮膚にメラニン細胞を持つ動物にはどのようなものがいるか研究はすすんでいないらしい.サバンナモンキーやゲラダヒヒの顔の黒色がメラニンによるものなのか,知りたいと思う.
今日10月3日兵庫県南光町にて,ニホンザルの交尾を見た.私にとって今秋の初見だ.アルファメールの目を盗んでのことだったからか,落ちつきなくメスから降りたオス.そんなオスに,メスは鮮紅の顔を近づけ口を横に引いてキキキキと小さく啼いた.
いつもはサルに顔色どころか頭の中の捕獲作戦まで読まれてしまうのに,今日のメスザル,隙有り.心のうち,読ませていただきました.
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