No.95 カワウを訪ねて竹生島 (加藤 洋)
カワウを訪ねて竹生島
加藤 洋(WMO)
かつて「深緑 竹生島の沈影」といわれた島。 カワウは、20世紀前半は全国的に生息していたが、1970年代を底として急激に減少したと言われている。各地に存在したねぐらやコロニーは消失し、全国で3000羽以下に落ち込んだ。1978年には、コロニーは青森、東京、愛知、三重、大分に1箇所ずつ、全国で5箇所しかなかった(環境省2004)。滋賀県では、昭和57年にびわ町(現長浜市)の竹生島のサギ類のコロニー内でカワウの繁殖が確認されて以降、次第に個体数は増加し、昭和63年頃には近江八幡市の伊崎半島にもコロニーが形成された。平成18年春期、琵琶湖には約35,000羽ものカワウが生息していると推計されている(滋賀県2007)。 船が竹生島に近づくにつれ、島の異様な光景が徐々に見えてくる。乱舞するカワウ、白く枯れた木々、騒々しいヒナの鳴き声。 島に上陸すると、残された最後の緑の中に大きな建物が目に入る。宝厳寺である。お土産屋が並ぶ参道を抜けると、そびえ立つ165段の石階段。壮大な風格を呈する宝厳寺を前に記念撮影を・・・ 竹生島の南東部には、都久夫須麻神社がある。ここには浅井姫命が祭られている。その昔、伊吹山(多多美比古命)と浅井岳=金糞岳(浅井姫命)が高さを競い合い、負けた多多美比古命が怒って浅井姫命の首を切り落としてしまった。そのとき琵琶湖に転げ落ちた浅井姫命の首が、現在の竹生島になったという古い伝承がある。金糞岳は標高1317mで滋賀県第2位の山である。一方、伊吹山は標高1377mで滋賀県最高峰だ。なるほど、金糞岳に竹生島の標高を足すと、滋賀県最高峰は金糞岳となるのである。 そんな都久夫須麻神社の裏手には、もうすぐそこまでカワウのコロニーが迫っている。金糞岳の頭部は、今や白糞で埋め尽くされようとしている。 宝厳寺、都久夫須麻神社、これら歴史のある文化財産を湛える竹生島は、カワウによってその姿を変えてしまった。 カワウが営巣地の植生に与える影響の研究は、これまで何名かの研究者によって研究されている。カワウの植物に与える影響として、糞の葉への付着、羽ばたきや踏み付け、巣材採集のための枝葉の折り取りなどが指摘されている。糞が葉に付着すると光を遮断し光合成を阻害する。さらに糞によって葉が脱水されると言われている(石田1993)。こうして同化器官である葉を奪われた樹木は生命を脅かされてしまう。 竹生島では、島の植生を守るため、これまで様々な対策を試行錯誤しながら行ってきた。平成12年度から17年度にかけ合計9ヘクタールに渡って営巣妨害のためのロープを張った。人が頻繁に島に入って巡回追い払いを行った。石鹸水を散布して卵の孵化率を低下させる試みや、樹冠に大きなネットを掛け営巣妨害を行った。繁殖期を中心にした銃器捕獲では、平成18年度には竹生島で8481羽の捕獲数が報告されている(滋賀県2007)。 しかし、これだけの労力をかけても、いまだ有効な効果は見出されていない。これだけの嫌がらせを受け、銃でドンパチやられても、カワウは竹生島に営巣する。そこまでして竹生島に執着する理由は何なのか。周りは湖、餌となる魚は豊富、手短にたくさんの餌が採れる竹生島はカワウにとって絶好の繁殖地なのだろう。 このような竹生島の現状を目の当たりにすると、多くの人にとってカワウは「森の破壊者」という印象が残るかもしれない。しかし、水系の物質を陸に運ぶ物質輸送者としての役割があるとも考えられている(亀田ら2002)。愛知県鵜の山にあるコロニー内の土壌は、かつて肥料として利用されていた。コロニー内の土壌は総炭素含有量、総窒素含有量が増加しており、糞の供給が適切な量であれば、むしろ植物にとって有利に働く可能性があると言われている(石田1997)。このようなコロニーの土壌は、化学肥料がなかった時代には、大変貴重なものだったと考えられる。昔の日本には、かつてこうしたカワウとの付き合い方があった。 カワウが植生へ与える影響は、まさに破壊と創造であるかも知れない。確かにカワウは糞をまき散らし植生を破壊する。短い時間感覚でものを見る私たち人間の眼には、その行為は破壊としか映らない。しかし、地に蓄えられた豊富な栄養素は、その後長い時間を経て植物にとって有利に働くとも考えられる。 ~カワウ完全排除か、共生か~ 今、竹生島では待った無しの状況になっている。特に、島に身を置く住職や神主にとっては、長い伝統を途切れさせる訳にはいかないと、深刻な問題を抱えている事は確かだろう。カワウの森林被害問題は、竹生島のような観光地ではカワウの存在そのものが問題となる。竹生島はこのままハゲ山になり、土が流れ出し、人が入れない危険な島になってしまうものそう遠い事ではないのかも知れない。文化財産としての竹生島を守っていくには、カワウを排除するしかないのであろうか。しかし、そうは言ってもカワウを完全排除する手段を人間はいまだ手にしていないのである。 カワウは、戦後に一度絶滅しかけた鳥類であるが、その後見事に個体数と分布を拡大し、現在では殆ど日本全国に生息している。個体数が増えるに従って、人々との軋轢は深まっていく。しかし、カワウは、撃たれても、撃たれても、決してへこたれる事なく生きている。私は、そんなカワウの生命力は、ひとつの生物として、純粋に尊敬に値すると感じた。
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湖面に広がるカワウの群れ 船が近づくと一斉に逃げていく |
枯死した木々 現在、島の大部分がこのような状況にある |
島の南部にある港 ここはまだ緑が残されているが・・・ |
都久夫須麻神社の「かわら投げ」 鳥居に向かってかわらを投げると 竜神様が願いを叶えてくれるそうな |
樹上に営巣するカワウ |
虚しくたたずむ爆音機 今はもう使われていないようだ |
枯死してしまった樹とカワウ |
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