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No.97ネズミに思いをはせよう!

2008年01月発行

ネズミに思いをはせよう!

山元 得江(WMO)

 明けましておめでとうございます。今年は「子年」ですね。年男、年女の方もいらっしゃると思います。ネズミは私たちの生活に密着しているものから、あまり関与しないものまで幅広く存在します。ネズミが人間にとって身近な存在であったのは昔からのようで、このことは古来より伝わる言い伝えや風習、諺など様々な分野でネズミが登場することからも伺えます。一方で、私たちが普段は目にできないネズミ、森林棲の野ネズミの生態はまだまだ解明されていないことがたくさんあります。今回は、今年の十二支である「子、ネズミ」について色々な角度から見ていきたいと思います。

毎年、年賀状などでその年の干支を描かれる方も多いと思いますが、みなさんは十二支の動物たちがどのように決まったかご存じですか?きっと多くの方が一度は聞いたことがある十二支のお話があります。一般的な十二支の話とはこのようなお話です・・・

大昔の年の暮れに、神様が動物たちを集めてお触れを出しました。
「元旦の朝、新年の挨拶に出てこい。一番早く来た者から12番目までに来た者を、順にそれぞれ一年の間、動物の大将にしてやろう。」

それを聞いた動物たちは、我こそが一番乗りして新年の挨拶をしようと張り切って元旦が来るのを待っていました。ところが猫は神様のところに行くのを忘れていたので、ネズミに聞きました。ネズミはわざと一日遅れの日を猫に教えました。猫はネズミに嘘を教えられたとは疑いもせず、ネズミの言うことを間に受けて喜んで帰って行きました。

元日になると、牛は「歩くのが遅いから、一足早く出かけよう」と、夜のうちから支度をして出発しました。この様子を牛小屋の天井から見ていたネズミは、牛の背中にぽんと飛び乗りました。牛はネズミが背中にいるとは知らずに、神様の御殿までゆっくりと進みました。夜のうちに出発した甲斐があり、牛が神殿に着いたときにはまだ誰も来ていない様子。牛は我こそが一番だと喜んで、神殿の門が開くのを待っていました。

いよいよ門が開き、牛が門の中に入ろうとしたその瞬間。牛の背中に乗っていたネズミが、ひょいと飛び降り、一番目に門の中に入っていきました。そのため、ネズミが一番目、次いで牛が二番目、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪の順に神殿に着きました。

猫はネズミに教えられたように一日遅く行ったので、十二支の仲間には入れませんでした。そのため猫はネズミを恨んで、今でもネズミを追いかけ回すのだそう。

このようにネズミはずる賢く十二支の最初の座をとったという言い伝えが私たちのイメージとして残っています。そのため、ネズミは悪知恵が働く動物という偏見を持たれているのかもしれません。これらの十二支にはそれぞれ由来があります。「子」には、ネズミがすぐに成長し繁殖することから子孫繁栄の意味があります。十二支のお話では悪い印象があるものの、他の動物と同様に縁起を担いでいるのです。

「ネズミ」と聞くと一般的には、悪知恵が働くとか薄汚いなどといったあまり印象の良くない灰色のネズミを思い浮かべる方も多いと思います。人間との距離が近いドブネズミのようなネズミは、人間の残飯や蓄えた食糧をあさり、見た目も汚い灰色をしています。そのため、良い印象を抱かないのも無理はないのかもしれません。ですが、全てのネズミがドブネズミのように残飯をあさっているのではありません。多くのネズミは人間の暮らしとは直接関係のない森林に生息しています。森林棲のネズミは家ネズミとは異なり、案外かわいい顔をしています。家ネズミしか知らない人が森林棲のネズミを見たら、きっとネズミに対する印象が変わってくるに違いありません。

森林棲のネズミとして代表的なものは、本州ではアカネズミ、ヒメネズミでしょうか。この2種は、体が赤褐色をしており、まん丸の目を持っています。もちろんネズミの仲間であるため、前歯は鋭く伸びています。噛む力も相当強いです。厚手のゴム手袋の上から噛まれても、穴があくかと思うくらいの痛さです。ですから、もし素手を噛まれたなら、本当に穴があいてしまうかもしれないほど立派な前歯をしています。
アカネズミは1回に3-7頭の仔を生む
生後10日頃のアカネズミの仔

野生の動物全般に言えることですが、特にネズミは様々な病原体を保有している可能性が高いので、それらの動物と接触する際は用心しなければなりません。かわいいからといって手を出す行為はやめましょう・・・と言っても、ネズミの研究を行っていない限り、あまりお目にかかれないのが野ネズミの良いところ? 夜、林道を車で走っていると、ちょろちょろと道を横切る動物に出くわすことはありますが、なんせ夜のため暗くてよく見えませんし、じっくり見ることなど死体を見つけない限り困難です。

このアカネズミとヒメネズミは共にアカネズミ属に属しています。ネズミは一生伸び続ける前歯を持つと言われていますが、アカネズミ属は例外で、そのような歯を持ちません。ですから、歯の磨滅程度、つまり残存している歯の長さから、その個体のおおよその月齢・年齢(野生下では一年以上生存できる個体は殆どいませんが)が推測できるようです。

これらの2種は、同じ属であるため一見よく似ています。見分けやすい点としては、鼻面と尾の長さでしょうか。ヒメネズミの鼻はアカネズミに比べて小さく、目の大きさもアカネズミと比較すると少し遠慮がちです。中でも違うのは、体に対する尾の長さです。アカネズミもヒメネズミも生息域はほとんど同じですが、ヒメネズミは樹上で生活することが多く、アカネズミは地上で生活することが多いのです。そのため、ヒメネズミは樹上での生活に適応し、尾の長さが比較的長いのです。その長いしっぽを使って巧みにバランスをとり、樹上を上手く走り回っているようです。その尾の長さの違いは慣れればすぐに見分けがつきますが、慣れていないとわかりにくい差です。

樹上生活に適応したヒメネズミ
地上生活に適応したアカネズミ

尾の長さの違いというのは人間にとっては微々たるものでも、当人達にとっては大きいようです。高さ1mほどの木の枝に両者を乗せると、ヒメネズミは上手にバランスをとりながら枝を伝って地面に降りていきますが、アカネズミはヒメネズミのように上手ではありません。ある個体は高い場所が怖くて動くこともできず、またある個体は勇敢にもダイブして地上に降り立ち(落ちた?)、また別の個体は落ちそうになりながらも枝を伝っていく、といった具合です。ちょっとした行動の違いですが、両種の特性がよく分かりませんか?特にアカネズミは、枝に乗せられた後の行動に個性がよく表れていると思います。小心者や勇敢者、慎重者。ネズミなんかに性格などないと思われている方もいるかと思いますが、ネズミだって個性にあふれているのです。

このようなネズミたちが、ブナやドングリなどを実らせる樹木の更新に一役かっているかもしれないとしたら、みなさんはどう思われますか?悪知恵の働くネズミが他人の役に立つようなことなどするはずがない、と思いませんか。悪知恵かどうかは別にして、ネズミは意外にも賢い(?)からこそ、種子散布に役立っていると一般的に考えられています。ネズミは一年を通して考えると雑食性の動物です。しかし、秋から冬にかけてはブナの種子やドングリといった堅果に頼った食生活をしています。トチノキの種子も良く食べます。トチノキの種子は、栃餅として人もよく食べますが、生では苦くて食べられたものではありません。少し舐めただけでも口中に苦みが広がります。人は灰などで手間をかけてあく抜きをし、トチノキ種子を食べられる状態にしているのです。トチノキ種子はあくが非常に強いためネズミが唯一の捕食者となっているのでしょう。

ブナ、トチノキ、ミズナラの種子

ネズミは栄養価の高い堅果やトチノキ種子が落下すると好んで食べます。それと同時に、餌がなくなる冬のために種子を地中に埋めるという貯食行動をとります。冬は秋に埋めた種子を探し出し、それを食べて生き続けるのです。しかし、ネズミはあちらこちらに種子を埋めているので、埋めた場所を忘れてしまうことがあるかもしれません。また、敵に襲われたりするなどして、ネズミが死んでしまうこともあります。すると、地中に埋められた種子がネズミに食べられずに生き残ることがあります。種子にとって地中は水分や養分があり、発芽する要素が整っています。そのため、ネズミに食べられずに残った種子は、春になると発芽するのです。しかも、発芽したその場所は、ネズミが種子を移動させたおかげで親木の下である可能性が低くなります。運が良ければ、生育条件の良い場所まで運ばれていることだってあります。大きな種子をつける樹木は、ネズミなどの動物の力によって種子が分散することに大きな意味があるのです。ネズミはこのように種子を移動し、食べることで、種子の分散に一役かっていると考えられているのです。

言い伝えの中でずる賢く行動するネズミ、時にはペストなどの大流行を引き起こし人類の敵ともなるネズミ、人の生活圏で残飯をあさっているネズミ、生態系の一員として意図せずとも種子を運搬しているネズミ。どこかの神様によれば、どのネズミも今年は動物の大将だそうなので、十二年に一度だけでもネズミに思いをはせるのも案外いいものかもしれませんよ。
畑に棲むハタネズミ

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