No102 同じ穴のムジナ?
2009年04月発行
同じ穴のムジナ?
岡野 美佐夫(WMO)
Wikipediaでムジナ(狢)を引くと、「主にアナグマのことを指す。地方によってはタヌキやハクビシンを指したり、これらの種をはっきり区別することなくまとめて指している場合もある。」と出る。アナグマとタヌキをまとめて(あるいは混同して)ムジナと呼ぶのは知っていたが、ハクビシンもその仲間に入れられていたとは知らなかった。Wikipediaに出ているということは一般に広く認められていることがらなのだろうか。ハクビシンは外来種と考えるのが普通であるが、江戸時代にそれらしい記録も残されていることから在来種とする立場の人もいて、意見の完全な一致はみてない。外来種であるとしても国内にはいってきた時期は比較的古いようである。
いずれにしても、土穴を使う中型の哺乳類で、一見見分けがつきにくい格好をしており、何種類かはいるようだが、悪さをしたり時には人を化かしたりする、ちょっとやっかいな族(やから)という点では同類とされ、そういうことからひとまとめにしてムジナという呼び方をしたようである。
これらの動物の中で自分で穴を掘るのは、アナグマだけである。タヌキもハクビシンも土の中に巣穴を掘ることはしない。アナグマが作った古い土穴を利用することはあるようである。アナグマが棲んでいると思っていた土穴からタヌキがでてきたというようなことがあって、同じ穴のムジナという諺ができたのであろう。であればアライグマが定着した地域では、すでに彼らもムジナの仲間入りをしていると言えるかもしれない。
神奈川県の北部の町で1年ほどアライグマのテレメトリー調査を行った。一定時間おきに位置を調べ、どのような場所を使っているか、どれくらいの範囲を動き回るかを調べた。他の多くの哺乳類と同じく夜行性であるとは言われていたが、本当に昼間は活動しないのかを知るために、最初の頃は昼間も調査した。1回の調査は72時間、つまり3昼夜連続である。5頭のアライグマを数時間おきに順番に調べていくのだが、夜間はそれぞれがあちこち動き回るので調査はめまぐるしい。反対に日中は全く動かず毎回同じ位置にポイントが落ちるか、夜まで一度も電波が取れないかのどちらかであった。居場所をつかめないときにはアライグマはどうも道路から離れた地面の下にもぐっているようである。
電波発信機を装着して間もなく、昼間1頭のアライグマが土穴にもぐりこんでいることを突き止め、その入り口に向けて自動撮影カメラを設置した。1週間ほどしてからカメラを回収し、現像してみたところ、まず初めに写っていたのは、その穴から出てくるアライグマではなく、穴にはいっていくアナグマであった(写真1)。数日後の写真では、また巣穴の前をうろつくアライグマの姿が撮影されていた(写真2)。どうも巣穴の出入り口はひとつではなかったようだ。アライグマとアナグマが同時に同じ穴にはいっていることはなかったが、入れ替わりで同じ土穴を利用している様子が写真からわかった。まさに「同じ穴のムジナ」である。
アライグマもタヌキなどと同じく自分で巣穴を掘ることはしないが、このあたりにはアナグマが掘った土穴があちこちにあって、アライグマに格好のねぐらを提供していた。はじめは巣穴を掘ったアナグマを追い出し、快適なねぐらを奪っているのかと思ったがそうではないらしい。アナグマの留守を見計らってちゃっかり無断借用しているようである。この話をアナグマ研究者にしたところ、アナグマは無頓着なところがあるから、留守中にアライグマがはいりこんでも気にしないのかも…、というようなことを言っていた。だとすれば気のいい大家さんである。
では、アライグマはアナグマやタヌキと似たような暮らしぶりをしているのかというと、もちろんそうではない。テレメトリー調査の結果を交え、そのあたりを少し説明しよう。
同じ地域に棲んでいてもアライグマとその他の「ムジナ」では生活空間が違う。アナグマは地上のほか地中(土穴の中)もミミズなどの餌を求めてよく使う。タヌキはまれに木にも登ることもあるようだがもっぱら地上のみを使う。これに対してアライグマは樹上をもふだんの活動範囲に含めている。先ほどねぐらの話をしたが、テレメトリー調査で昼間のねぐらを調べたところ、土穴よりも樹洞や樹上の方が多く、全体の1/3近くがこうした場所であった。日々の暮らしの中でごくふつうに木の上で寝るのである(写真3)。
樹洞は出産場所としても使われる。調査対象とした5頭のアライグマのうち2頭はメスであったが、そのうちの1頭はスダジイの大木の上部にある樹洞で出産し、しばらくはそこで子育てをしていた。樹洞自体は下からは見えなかったが、夜間の調査中に木の上にいることを電波でつきとめ、そっとライトを照らしたところ、メスアライグマが木の上からじっと私を見下ろしていた。
人家や納屋をねぐらとして使うことも多い。個人の敷地内のため、床下にいるのか屋根裏にいるのかまで絞り込むことはできなかったが、アライグマ被害では屋根裏をねぐらにされたり出産場所にされたりする人家侵入被害(「棲みつかれ被害」とも言う)が多いので、おそらく調査したアライグマも屋根裏にはいりこんでいたものと思われる(写真4)。
樹上をよく使うということは、採食場所も樹上にまで及ぶということである。肉食動物であるから当然、木の上にいる動物は餌食となる。北海道の野幌森林公園ではアライグマの定着後、アオサギが繁殖コロニーを放棄したとの報告がある。夜行性で木登りの上手なアライグマにとって、親鳥は別としても巣の中の卵や雛は格好の餌だったろう。
アライグマが樹上を利用する話ばかりをしたが、道路わきの側溝や道路下の排水溝をもねぐらや移動路として使う。つまり活動空間が地下から樹上まで3次元的に幅広いのである。そのため先ほどあげた鳥類だけでなく他のさまざまな動物が餌としてアライグマに捕食され、影響を受けることになる。それが特に数や生息範囲が限られる希少種の場合には、深刻な問題となるのである(たとえば神奈川県三浦半島のトウキョウサンショウウオ)。また採食できる空間が広いということは、同じ地域に棲むタヌキなどの他のけものたちよりも生存に有利で確実に数を増やしていくことにつながる。
「ムジナ」を含めた他の哺乳類への影響がどの程度のものかはわからないが、当然あると考えられる。三浦半島でアライグマの調査をしたときには、自動撮影カメラに写るけものは圧倒的にアライグマが多く、もとから棲んでいたタヌキは締め出されているような印象を受けた。東京都の多摩地域でも場所によってはタヌキやアナグマよりもアライグマの方が多く確認されるようになっている。
分布を拡大しつつあるアライグマをこのまま放っておけば、やがて全国どこにでも見られる「ムジナ」の1種になり、それとともに日本の動物相を大きく変えていくことになるだろう。あるいはタヌキなどもともと日本に棲んでいた動物を締め出し、いつの間にかムジナといえばアライグマを指すような事態が起こらないとも限らない。そうならないようアライグマをコントロールするのが今の私たちの責任ではないかと思う。
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