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No148 田舎暮らし体験記 ~前編:野生動物との戦い~

2020年10月発行

田舎暮らし体験記 ~前編:野生動物との戦い~

 

加藤 洋(WMO)

 

1.田舎暮らしという概念の誕生と変遷

「田舎暮らし」という言葉が定着するようになって、もう数十年になるという。高度経済成長以降の日本では、都市部への人口流出が進んだ。しかし、人々は都市での生活に疲弊したのか、1980年代前半より「脱都会生活」「田舎暮らし」という言葉が生まれ、田舎暮らしへの憧れが高まったという。1980年代後半から1990年代前半には、バブル経済期を背景に、田舎暮らしがリゾートとしての投資対象となり、農村部にセカンドハウスを持つことが都市住民の一種のステータスになっていった。バブル崩壊後は、田舎暮らしへの投資は冷め、一旦人々の田舎暮らしへの関心が薄れていくことになるが、いわゆる団塊の世代が一斉に定年退職を迎える2007年頃から、再び田舎暮らしが注目されるようになったのである。

若者にとっては、都市部は一種の憧れのようなものであったに違いない。それは一部の若者にとっては現在も変わることのない傾向かも知れないが、2000年代後半から、比較的若い世代の田舎への関心が高まっていると言われている。

地域おこし協力隊とは、人口減少や高齢化等が進む地方に対して、その地域外から人材を受け入れ、地方での活動に積極的に参加してもらい、その定住と定着を図る趣旨の制度で、2009年に制度化された。ここ数年は頭打ちになっているようだが、地域おこし協力隊員になる人や、事業を実施する自治体は、年々増加してきたようだ。

 

 

2.若い世代の意識とは

最近の若い世代は田舎暮らしをどのように考えているのだろうか。一般社団法人「移住・交流推進機構(JOIN)」が、20代から50代の512人に対して2019年頃に行ったアンケート(※)では、田舎に移住したいと回答した人は56.7%だったという。移住したい理由については、「自然に囲まれて暮らせそう」という理由を挙げる人が37.2%で最も多かった。また、「子育ての上で良い自然環境が与えられそう」という理由を挙げる人は10.8%存在していることからも、「自然」という価値を意識している人は、比較的多いように見受けられる。しかし、移住する時、事前に知りたい情報に関するアンケートでは、「移住にかかる金額」52.0%、「移住先での生活にかかる金額」47.3%、「買い物や娯楽など日常生活で必要な施設について」41.2%と、田舎での生活という現実的な諸条件に興味がある人が多い一方、「自然環境について」と回答した人は28.4%にとどまっている。「田舎暮らし」に「自然」という価値を夢見はするものの、やはり現実的な生活の条件が重要なのは、至極当然の結果なのだろう。

 

※アンケート結果引用先:https://www.iju-join.jp/feature_cont/file/068/

 

3.「田舎暮らし」を開始

私も、神戸の住宅地から脱出し、「田舎」を目指した者の一人である。移住先は、最寄の駅から8㎞離れた市町村境界近くの山間にある、バブル期に造成され途中で開発が頓挫してしまったような中途半端な別荘地が元となった集落である。1時間ほど歩けばコンビニに辿り着くので、「ド」が付くほどの田舎ではない。ただ、少なくとも生活には車が必須となるような、そんな地域ではある。私がアンケートに回答するのであれば、移住する時に事前に知りたい情報とは、「通勤時間」の他、「自然環境」とか、「災害リスク」とか、「近隣の住宅の居住状況」等と回答しただろう。「自然環境が良い」ということ以外、特にこれといった条件はないと言えばないのだが、「ヤギを飼っても大丈夫」ということが実は一番大きい条件だったのかも知れない。

 

4.田舎暮らしと野生動物の存在

私が移住した地区は、もちろん居住している世帯がいくつもあるのだが、中には週末だけ滞在している非居住世帯も多く、その数は居住世帯の半数程度存在する。他、空き屋、管理されていない半倒壊家屋、手入れされていない空き地が点在する。このような管理が行き届いていない土地には草木が生い茂り、自然に還りつつある状態である。また、利用されなくなった生活道路は植物が生い茂り、これまた自然に還りつつある状態だ。

集落内にはイノシシがよく出没する。ここ数年は、毎年秋になると隣の山でオスジカが鳴き、今年は近所の山でツキノワグマの痕跡も見つけた。キツネやタヌキ、ノウサギはよく目にする動物である。たまに「サルが出た」という目撃情報もあがる。これまで都会にしか住んだ事のないような人から見れば、自然が溢れているという表現も間違いではないだろう。

近年は住宅地にも野生動物が頻繁に出没する時代であるので、ことさら「田舎」という場所は、野生動物と常に隣り合わせの状況になっていてもおかしくない。都会から田舎を目指す人々にとって、自然環境というのは付加価値の一つではあるが、これら野生動物と常に隣り合わせで生活していくことができるかという点について、どの程度の人が本気で意識をしているのだろうか。移り住んだ後、頻繁に出没するイノシシ、あるいはクマに日々怯えながら暮らす事になるのであれば、田舎暮らしというものはマイナスイメージの方に傾く。

 

5.野生動物による被害

地元自治会で毎年定期的に開催している会合における議題の一つとして、集落に出没するイノシシ対策について、というものがあった。この時、まだ私の職業に関する素性は周囲には知られていなかったのだが、この件で不毛な議論をしている住民たちを見かねて、イノシシ対策の進め方について助言を行うことになる。この時、私が野生動物対策の専門家であるという素性が住民にばれてしまったのである。

その翌日、当時の自治会長が我が家を訪ねてきた。大切な庭に、頻繁にイノシシが出没して地面を掘り返しまわるので困っているという話を聞いた。その後、自治会長の庭を拝見させてもらったが、いたるところに掘り返された穴があり、苦労して整備しただろう綺麗な庭園が、イノシシの掘り返しによって無残な姿になっていた。

同じような被害にあっている住民は、他にも複数いるようだ。田舎に移り住み、理想のライフスタイルを手に入れようとした人々の夢を、イノシシは壊していた。どうやら、私が入居する以前からイノシシの出没対策は住民の重要課題となっていたようだが、住民が実施できる対策としては、隣町にいる猟師に捕獲を依頼することくらいだったらしい。

 

6.イノシシ対策の開始

当時の自治会長の相談を受けてから1年半が過ぎた頃、私がイノシシ対策に関わる転機が訪れた。実は、当時の捕獲計画はその後頓挫してしまったようで、やはり専門家の知識と経験を借り、捕獲以外も含めた総合的なイノシシ対策を主導して欲しいという声が自治会から上がった。それには、断れない理由があった。何故なら、私が自治会長になってしまっていたからだ。野生動物対策の専門家という素性がばれており、しかも自治会長という立場上、自治会員からの要望には応えるしかなかった。

イノシシ対策の進め方は、割とシンプルである。まずは、対策に関わる関係者の知識レベルを統一することから始める。手始めに、住民を対象にした第1回イノシシ対策会議(イノシシの生態と被害対策)を開催した。もちろん自治会長自らが講師を勤める事になるのだが、その日は居住世帯の約1/4にあたる人数が参加してくれた。

その1か月後、イノシシ対策の方針を決める第2回イノシシ対策会議を開催した。このときは、既に趣味で集めていた集落内にあるイノシシの痕跡や、推定される移動ルートなどのデータを活かし、集落の現状を評価した。本来であれば住民と一緒に集落点検を行うべきだが、あまり時間がなかったので、今回は私が集めていた既存データを元にして方針を議論することとした。

 

 

7.イノシシ対策の方針を決定する

このような意思決定には、グループワーク形式が有効である。地区の集会所を開放し、机に地図を広げ、住民一人一人からイノシシがよく出没する箇所を記録してもらった。集落内は家庭菜園があり、イノシシの被害としてはこれら家庭菜園の被害が挙げられた。他、夜な夜な家の周りに現れるイノシシに対し精神的なストレス(恐怖感)を受けていることや、庭木や花壇を荒らされるという景観・物的被害の他、夜間の車との衝突事故への懸念、散歩中にイノシシに襲われてしまうのではないか、という人身被害への懸念というものが存在することが分かった。実際に、我が家でも夜に帰宅した家人が、玄関先にいた大きなイノシシとばったり出会ってしまうということもあった。高齢者が多い地区なので、人身被害に対する恐怖心と、実際に被害が発生した際の影響の大きさは計り知れない。

このように、対策を始める上では、集落の現状を住民自身が整理し、共通理解として認識することが重要だ。第2回対策会議では、住民同士の情報交換をしながら、小1時間のグループワークを経て、次の対策方針にたどり着くことができた。

第一対策:環境整備(ヤブの刈り払い等)

●環境整備を積極的に取り組む。

●環境整備は自治会活動(クリーンデー)として取り組む。

●管理者が分かっている土地については連絡をした上で対策に取り組む。

●管理者が分からない土地も対策を行うが、トラブルが生じた場合は自治会として対応する。

●イノシシ対策の一環として取り組むクリーンデー(草刈り、清掃活動)は、随時場所を検討し、実施場所を変えながら自治会員同士が協力して進める。

 

第二対策:捕獲

●環境整備によってもイノシシの出没が抑えられない場合や、環境整備が円滑に進まない場所があれば、檻による捕獲を検討する。

●捕獲作業にあたっては、自治会内から有志を集め、従事者が作業手順等を習得した上で捕獲を進める。

●捕獲許可は市に申請し、取得する(有害捕獲許可申請)。

 

8.イノシシ対策の実践

そうこうしている最中、事件が起きた。イノシシと車両が衝突するという事件が発生してしまったのだった。我が家のすぐ目の前の道路で、ウリ坊が3頭まとめて車に轢かれているという連絡を、発見した住民からもらった。幸い、衝突した車両は大きな損害はなく、またそのまま走り去ったようで、事故にあったのが自治会関係者なのかも不明であった。ただ、憂慮していたことが実際に目の前で起こってしまったので、対策はテンポよく進めていかないと後悔すると感じた。

対策の趣旨を改めて周知し、参集を呼び掛けた結果、20名の自治会員が参加してくれた。酷暑の7月ではあったが、全員で汗を流しながら、2時間あまりの作業時間で、広大な広場のヤブの殆どを刈り払う事ができた。集落のほぼ中心には、管理者が不明で、長年手入れがされておらず、草木が繁茂している区画があった。そこは、度々イノシシの目撃があり、地面が掘り返されるなど、イノシシの隠れ家兼餌場のような場所であった。また、集落のメイン道路に隣接することから、この区画を整備することは、集落の景観にもよい影響を及ぼすだけでなく、メイン道路を通行する車両とイノシシの衝突といった不慮の事故の発生リスクを低下させるという効果も期待された。

自治会員への作業報告として、草刈前と後の様子をドローンにより撮影し、写真を配布した。ただ草を刈っただけのことであるが、このように成し遂げた成果をアウトプットしてあげることは、住民の対策への意欲を向上・維持することにつながると思われる。

 

 

9.イノシシのその後

その後も、集落のメイン道路にイノシシが飛び出て交通事故を誘発しないよう、自治会の有志が時間をみつけてはイノシシが潜みやすそうなヤブを刈り払った。一般的には、草刈等により、イノシシが安心して潜める場所を減らせばイノシシの出没頻度は低下すると言われているが、我が集落ではどうだろうか。

結論から言うと、対策を施した広場へのイノシシの出没は、完全には抑制できなかった。秋の気配が少し漂い始めた9月下旬、広場に盛大な掘り跡(イノシシサークル)が出現した。真夏に汗水たらして草刈をした場所に、短期間のうちに再びイノシシの出没を許してしまった。出没による被害自体は軽微なものなのだが、こちらの苦労も意に介さないイノシシに対して、対抗心が燃え上がるのである。

野生動物の対策を進める上では、対策の効果を検証し、次の対策に活かすことが重要である。 今回、出没した要因は、何だったのだろうか。イノシシの足跡から、出没したのは、おそらくメス成獣とウリ坊数匹の仕業だ。一晩だけの出没ではなく、9月下旬から11月下旬頃まで、どうやら複数回出没しているようだ。足跡を辿ると、わざわざ集落の裏の山から集落中心部の広場めがけて下りてきている事もわかった。もちろん、生ごみを広場に捨てるようなことはされていない。家庭菜園をもっている家が近くにあるが、ワイヤーメッシュ柵等で強固に防除されており、イノシシの侵入は許していない。イノシシは、ただひたすら広場の地面の下にある「植物の根」を食べているようであった。特にクズの根が好物なようだ。放置された広場で、毎年伸び放題であったクズであるが、今年もその根に栄養を蓄えていたのだろう。イノシシにとっては夜中に姿を晒してでも食べたい季節の御馳走だったのかもしれない。強力な誘引物、これを何とかせねば・・・。

幸い、集落のメイン道路脇のヤブの多くを刈り払ったことで、道路近くへの出没は殆どみられなくなった。心配していた交通事故も、その後は一切発生していない。

初回に対策を実施したその翌年も、再び力を合わせてイノシシ対策のための草刈を実施している。諦めずに対策を継続することで、やがてクズの力が弱まり、イノシシにとっての魅力が薄れ、出没頻度が減っていくことを期待しようと思う。

 

 

10.野生動物対策の限界

私は当時39歳にて、集落内では最も年齢が低い世帯主であったようだ。殆どの住民は高齢者で、同年代としては40代の方が数人住んでいる程度である。若い年齢層はそれぞれ仕事をしているので、心と体を休めたい休日に、面倒で体力を消耗するようなイベントに積極的に参加してくれる人もそう多くはないのが実情である。やはり、今後も対策を継続するにあたってのマンパワー不足については不安要素の大きなところである。

獣害対策の決まり文句は、「集落ぐるみの…」とか「地域主体の…」といった文言が頭につくことが多い。野生動物の対策は、住民らが自ら実施する(実施できる)事が理想であり、実際にそうすべき事は多い。とはいえ、マンパワーという、すべての事業に必要な根本的な資源の一つが欠乏している状態では、無理に事業を進めようとしても、地域で「動ける」特定の人に多くの仕事が偏ることになり、「集落ぐるみ」の対策は、結局は長続きしないものである。

今回の対策後も、イノシシの捕獲(第2対策)を実行しようという声も上がったのだが、住民の中には捕獲檻を維持管理できる人が殆どおらず、餌撒き、罠の見回り・メンテナンス等の作業について特定の人に過度な負担がかかるという事から、話合いの結果、まだ実行には移せていない。行政に対しては金銭面で頼りにしたかったのだが、役場が整備している「捕獲檻購入費の補助制度」は、いわゆる農業集落の農業被害に対する補助申請が対象であって、我々の集落が抱えているようなイノシシによる生活環境被害は補助対象外であると通達を受けた。人も金も、不足している。

 

11.田舎暮らしの夢と、立ちはだかる獣害問題

本当に獣害に困っている地域では、対策に必要な人材が不足していることが殆どである。そして、お金もない。こういった地域にうかつに飛び込んでしまった人は、田舎暮らしの苦い現実を味わう事になるだろう。夢みた家庭菜園は日々サルの襲撃に遭い、シカやイノシシが集落内を闊歩する毎日、そしてクマの出没におびえる毎日。

地方の人員不足という課題については、新型コロナウイルス感染症の影響、働き方の変化(在宅勤務の増加)等により、さらに田舎暮らしへの関心が高まることで何らかの転機が訪れるかもしれない。ただ、今後田舎暮らしを目指す人々が増えたときに、移住先に存在するだろう野生動物が、彼らの移住の意欲を削ぐような「壁」になってしまってはならない。

そうならないためにも、獣害に対して知識のある人を増やすことが重要である。それは地方の住民に対してでもよいし、これからそのような地域に移住するつもりの人でもよい。特に、後者については、マイナスイメージになりそうな野生動物のことをいかにプラスイメージにもっていくかが重要になりそうだ。

 

~後編に続く~

 

<参考文献>

・井口梓,「田舎暮らし」の特徴とその変遷,2012年度日本地理学会秋季学術大会 講演要旨

 

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