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No.140 乱反射

2018年10月発行

乱反射

三木 清雅(WMO)

 

今日、あなたは何を求めて行動しているだろうか。

私は今、原稿の〆切に追われ、野生動物は生きていくために最も重要な食物探しに日々追われているはずである。野生動物にとって食べ物の確保は生死に繋がることであり、それを利用して捕獲にも「エサ」が用いられて、食べ物にありついたら結局死に至ることもある。

山の中を熟知している野生動物にとっても食物探しはきっと容易ではないはずであり、禁断の農作物に手を出すニホンザルがいる。農作物被害に遭っている農家さんに話を聞く機会があるが、よくこんな話をされる。「山にはサルの食べ物がないから仕方ないよ」と。本当に現在の山には食べ物はないのだろうか。それは間違った解釈だと私は考えている。日本には広くニホンザルが生息しているが、どの地域でも日々の食物確保は容易ではないにしろサルの食べ物は至るところにあると感じているからである。海辺に住んでいる者は貝類や海藻類を食べ、豪雪地に住む者はササの葉や松の実、木の皮を採食するし、川辺では水生生物を探して食べ、粘っこいものは転がしたりシゴいたりして食べやすくするし、昆虫も食べ、栄養補給のためか土を食べることもある。ニホンザルは木登りができ、泳ぐこともでき、手を器用に使うこともできて多種多様の食べ物を獲ることができるのである。

ニホンザルの採食物についてはこれまで多くの研究者たちが各地域で調査してきたが、少し前にそれらの調査結果をまとめた資料(辻・和田・渡辺,2012)が報告された。これによると1154種の動植物を採食すること、また植物については2406の品目を何らかの形で食物として利用していることが明らかとされている。なお、この2406の品目は農作物を含まない自然食物である。これだけ多くの品目を採食するが、季節や凶作年には栄養の少ない救荒食物としているものもあるかも知れないが、何も食べるものがない!という状況に陥ることはほぼないだろうと考えられる。「サルは楽しておいしいものを食べることを考える生き物である」という解釈を聞くことがあるが、まさにその通りだと思う。農作物は試行錯誤を繰り返し作られた作品であり、畑の作物は密集率にしろ大きさにしろ規格外である。サルがそそられるのも頷ける。

山の中で生活するニホンザルは、3次元に行動できる特徴を活かし多くの種子を採食、移動排出することで種子散布の役目も担っている。豊かな自然を育む存在と解釈できる。一方、農作物を採食することで、金銭面的な被害が発生すると共に、豊かな自然を育む機会を減らす、見えざる被害が実は進行しているのかも知れない。このほかにも、個体数増加や人馴れなどで様々な問題を引き起こしているだろう。ニホンザルの農作物被害とは、単純な一方向の被害ではない。

人の目を盗んで農作物を奪取するサルの姿は見るに堪えないものである。自然界で観察されるサルの採食姿は微笑ましく、新たな食品目を発見すれば驚きと感動すらすることがある。過酷な環境でも悠々と生活する野生動物の本来の姿は尊厳がある。そんな尊厳も農作物被害によって失われているように感じる。

賢いサルは危険をすぐに察知・学習して避け、進入防止柵があったとしても、攻略法を見つけ出し侵入する。農作物を食べさせないようにすることは容易なことではないが、野生動物の本来の役目と本来の尊厳を確保していけるよう、私たちができる保護と管理手法のバランスと向上に勤しんでいきたいと思う。

 

【引用文献】

辻大和、和田一雄、渡邊邦夫2012:野生ニホンザルの採食する木本植物以外の食物.霊長類研究  28(1) 21-48

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