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No.78 GPSテレメはどこへいった?

2003年04月発行
GPSテレメはどこへいった?
瀧井 暁子(WMO)

昨年、シカにGPS テレメを装着し追跡する機会がありました。GPSテレメ-GPS首輪とも言われますが(英語ではGPS telemetry systemとかGPS collar)-とは、GPS(全地球測位システムの略)を搭載した野生動物追跡用の首輪です。実はこのシステムはもともと1970年代前半からアメリカが軍事用に開発したもの。最近イラク戦争を報じるニュースの中でもこの言葉を聞くようになりました。GPSにより正確に位置を計算し、精度の高い爆撃を行う・・・ハイテク機器が戦争のために使われるのはとても残念な気がします。

GPS を簡単に説明すると、地球の周りを飛んでいる27基の人工衛星があり、そのうち4個以上のGPS衛星からの距離を同時に知ることによって位置を正確に知る、というしくみです。私生活ではGPS携帯やカーナビにほとんど縁はない私ですが、野生動物調査では縁あってお世話になっています。

この技術を応用した野生動物の追跡はアメリカをはじめ日本でも最近盛んに行われるようになりました。それは、これまでの地上波追跡と違って実に様々な情報を私たちに教えてくれています。一番のメリットは、なんといっても24 時間、自動的に位置情報を取得、そしてそのデータが記憶されることです。地形や植生による制限もありますが、地上波追跡が困難な場所では大いに威力を発揮します。複数個体を数時間ごとに追跡したり、数時間かけてようやく1点定位するのにかかる労力は、この調査を経験した方ならだれでも知っていると思います。アメリカのように大きな組織で調査を行っている地域は少なく、日本では数人で複数個体を追跡しているところも多く、この最新の機器が大いに期待されるところです。とはいえ、GPSテレメの普及はまだ。個体追跡のほとんどは、従来の発信器によるものです。

GPS テレメは海外の野生動物発信器メーカーがそれぞれ開発しています。LOTEK(カナダ)、TELONICS(アメリカ)、ATS(アメリカ)、 TLEVILT(スウェーデン)といった会社がありますが、その技術進歩はまさに日進月歩です。またGPSテレメのタイプにはデータ蓄積型や遠隔操作によるデータ吸い出し型、データ自動送信型などあります。データ吸い出し型はどうしても重量が重く、日本の野生動物の多くにとっては大きすぎるため、あまり適しません。したがって最小サイズで120gから使えるデータ蓄積型が日本で使う現実的なタイプとなります。データ蓄積型にも、付属ソフトを使って自分でデータ吸い出しをできるものと、首輪本体をメーカーに送り返してデータ吸い出しをしてもらうものがあります。今回シカで使用したのは、付属ソフトを使って測位スケジュールを作成したり、データ吸い出しができるタイプでした。

このデータ蓄積型というのは、一つ弱点があります。そしてその一つが大きなリスクを伴います。それは、首輪本体を回収しなければデータを見ることができないということです。その動物を再捕獲することが難しい場合には、首輪に「脱落装置」を取り付ける必要があります。この脱落装置の作動の有無によってデータ回収の運命もかかっているので、この装置がいかに重要か分かると思います。各メーカー、それぞれオリジナルの脱落装置を開発しており大きさや仕組みも様々です。WMOではこれまでツキノワグマに9頭のGPSテレメを装着したのですが、1個だけ脱落しないまま電波さえも途絶えたものがありました。過信は禁物です。けれどもクマのような場合、残された首輪回収の方法は偶然をねらった再捕獲しかありません。

今回シカにつけた首輪の脱落装置は、4個がすべて脱落していませんでした。こちらも黙っているわけにはいかず、メーカーとメールのやりとりがしばらく続いたのですが、メーカーの言い分としては、こういう事態は非常にまれであるとのこと。とはいっても、どう弁償されてもGPSテレメに蓄えられているデータは戻ってきません。今後、再捕獲してなんとしても首輪回収を目指すほかにないです。今回の経験から、私はやはりこういうリスクを承知でこの首輪を使わなくてはいけないのだと実感しています。

またGPS テレメ本体についても、あるアメリカの論文では「GPSテレメは非常に複雑な機械で時には故障もあるので必要な数より多めの動物につけたほうがいい」とかかれていました(Girard et al. 2002)。野生動物調査の予算が小さい日本ではそう簡単にできることではないですが、得られたデータを見ればその情報量の多さに必ず驚きます。とくに、地上波追跡では追跡しきれなかった利用場所や数時間ごとの個体の動きを把握できること。もちろん、さきほどのべたのように地形や植生によるデータの偏りがあるので、各調査地でデータの取得率を確認しておく必要があると思います。日本ではまだしばらくは地上波追跡が主流になるかもしれませんが、長い目でみればGPSテレメの有効性は明らかだと思います。各地で特定鳥獣事業計画にしたがってシカ、クマ、サルなどの保護管理計画が動いています。生息地管理、個体数管理、被害管理のいずれも重要な柱ですが、その基盤となる対象動物の生態調査は各地域で地道にずっと続けなければいけないと思います。

さて、4月に入って丹沢の山でも芽吹きが始まりました。そんなある日、一つ知らせが来ました。「発信器をつけたシカが死んでいるよ・・・。」そのシカはGPSテレメをつけたシカで、首輪回収のための再捕獲を予定していた2日前でした。死因はおそらく栄養失調と思われました。首輪はしっかりと首についたままで、申し訳ないことをしたなと思いながら首輪を外しました。

事務所に首輪を持ち帰り、GPS テレメをパソコンにつなげていよいよデータ回収を始めました。作動するか、データはとれているか、最後まで不安と期待の入り交じった心境でパソコンの画面を見つめる私。すべてのデータがダウンロードされ、確認できた時点でようやく安心できました。この個体は捕獲からわずか1ヶ月しか追跡できませんでしたが、地上波追跡からは得られなかった貴重なデータを回収することができました。こういう首輪をとおして得られたデータをどう解釈して、これからの野生動物保護管理に役立てていくかまだまだ課題はたくさんあります。

蛇足ですが、本来はフィールドノートに脱落したGPSテレメの回収現地レポートを書く予定でした。次こそは・・・。

死体で見つかった♂K.

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