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No.91 うんこのだし方、いかし方

2006年07月発行
うんこのだし方、いかし方

岸本 真弓(WMO)

昨年秋、例年通り訪れたのシカ糞塊密度調査対象地である福井県、兵庫県、滋賀県の山の実りは見事だった。標高の高いところでは、ブナ拾いに熱中した。しぶみやえぐみをとことん敬遠しているはずのヒトでさえ、おいしいと感じるブナの実を、山の動物たちが大好きなのは当たり前、私なんぞに拾われては怒るだろうなと、ちょっとビクビクしながら拾い集めた。一緒に調査に行ったY山さんは、果樹園状態のアケビを発見。私もおすそわけにあずかった。このおすそわけにヒトは舌鼓を打ったわけだが、タヌキは山の実りでポンポコリンと腹鼓を打っていたにちがいない。

アケビでうった腹鼓から目がでた。いや、アケビを食べたタヌキの糞から芽がでた。春にである。
春には毎年京都でシカの糞塊密度調査を行う。いつものメンバーでいつものコースを歩く。なので毎年同じタメ糞を見ることが多い。今年はカイワレダイコンのように群生しているアケビの実生が目についた。アケビだけが豊作であったわけではないし、京都のその地域で実際作秋どうであったかわからない。さらにタヌキを介して1個のアケビがどのくらいタメ糞場に集められ、そしてどのくらい芽を出すかはわからない。けれども、まさに”肥溜めに花”、アケビの双葉があちこちのタメ糞場で見られた(写真1,2)

アケビは間違いなく秋に食べられた。そして冬を越え、糞を突き抜けて芽をだした。ひとつの小さなタメ場(写真1)で100以上の双葉を数えられるが、これは1回分の糞からの産物なのであろうか? ちなみにアケビ1個の種の数は66~200個(平均152個)という情報がhttp://www.share-gaki.com/feature/trm/trm1.htmlに載っていた。つまり1個まるまる食べて、そのまま糞として排出し、それがみごとにすべて発芽すればこのようなことになるのかもしれない。しかし、1回で食べたものは1回分の糞になるのか・・・?

「うんこのだし方」を調べる
20年前、所属研究室にタヌキがいた。タヌキについて知りたいことがいっぱいあった。わかっていないことがいっぱいあった。研究テーマが定まっていない頃からタヌキについて調べ始め、サルを対象としたテーマに定まってからも指導教授に頼んでサイドワークとして研究を継続させてもらった。本業とは別と位置づけられたのであまり労力をかけるわけにはいかない。手間をかけずに素朴な疑問を少しずつ解決していくことにした。「うんこの出し方」もそのひとつである。

食べたものはいつ糞として排出されるか
タヌキがタメ糞をすること、糞を溜めることは、本誌で何度も紹介してきた。コンクリートの床を敷いた小さな個別ケージで飼育されていたタヌキたちも狭いながらも何かを決めていたように思う。ただ、毎日朝と夕方水で綺麗に洗われてしまうため、その場所が一生同じであったとか、どんどん溜められたとかいうことはない。
食べたものがいつ出てくるか、それを明らかにするために、今ではあまり見なくなったダイモテープという色とりどりの薄いプラスチックラベルをまぜた餌をタヌキたちに食べてもらい、回収した糞を洗ってそのラベルがいつでてくるかを調べることにした。給餌と掃除は毎日朝と夕方に行っていたので、ラベルを入れた餌は朝に与え、糞は朝と夕に回収することにした。元気いっぱいのタヌキ5頭を対象とした。

経過
12月2日朝:赤ラベルを5枚混ぜた餌を与える。同夕:糞にはまだ何もでていない。
12月3日朝:橙ラベルを5枚混ぜた餌を与える。1頭の糞から赤ラベル1枚発見。同夕:すべての個体の糞から赤ラベルが3~5枚発見される。
12月4日朝:緑ラベルを5枚混ぜた餌を与える。2頭の糞からそれぞれ橙ラベル1、2枚発見。同夕:すべての個体の糞から橙ラベルが3~5枚、緑ラベルが1枚発見される。
12月5日朝:青ラベルを5枚混ぜた餌を与える、2頭の糞からそれぞれ緑ラベル2、4枚発見。同夕:3頭の糞から青ラベルが3~4枚、1頭から緑ラベルが2枚発見される。
食べ損じたラベルもあるため、1頭あたり20枚食べさせたはずのラベルが糞中からすべて回収されたわけではない。糞からの回収ラベルは5頭合計して83枚であり、その回収時間は図1のようになった。

糞の回収は朝と夕方のため、横軸に示す時間は時間経過を重視して、回収を行っていない16時間後と40時間後には空白を入れてある。
その間糞をしたものは次の回収時に回収されたと考える。
こうしてみると、32時間後に回収された糞に全体の78%にあたる最も多くのラベルが含まれていた。24時間後には18%のラベルが回収された。32時間後と24時間後を合計すると96%に達する。つまり、食べ物を食べてから、8時間以降32時間以内の間に95%を超えるほとんどのものが糞として排出されるということになる。もちろん、食べ物によって排出されるスピードが異なることは間違いないが。

1回の糞の量はどのくらいか
では、1回に排出される糞の量はどのくらいなのだろう。まずタヌキの摂食量がどのくらいか季節的に調べ、確実に食べきる量を給餌してその間の糞の量を計量した。
餌の水分含量や糞に含まれる水分含量によって重量はかなり影響を受ける。実は水分含量も測定しているので、水分を除く成分の重量でお話しすることもできるのだが、そうするとカラカラ物の話となり、「うんこ」のイメージからは遠くなってしまう。なのでここでは”生”の話ですすめたい。
実験には6頭のタヌキたちに春夏秋冬各1週間ずつ参加をお願いし、厳密な計測を始める10日前から同じ餌に慣れておいてもらった。タヌキたちは朝と夕の掃除の際、ほとんど毎回糞をしていたが、無いときもあった。量にも結構ムラがあった。平均的な糞の量を知るために、1週間の糞の量を7で割って1日分とした。食べる量自体に1日分あたり10~20g個体差があったが、最終的には6頭(春は1頭リタイアしたので5頭)の平均で考えた。
タヌキたちの食べる量は季節毎に変わる。食べたいだけ食べさせた調査でもそういう結果が得られている(岸本,1997)。秋に食欲が増してまるまる太るのだろうと思っていたら、意外にも夏に最も多く食べ、体重も初秋に最も重くなるという変化だったのだ。で、糞の量はというと、なぜか冬に最も多くなっている。食べた量は最も少ないのにである。もちろん同じ餌(ドッグフード)なのだが。ここではその理由をあーだ、こーだ言うのはやめる。1回のうんこの量の話しだから。
図2を見ると1日に排出される糞の量はおよそ30~40gであることがわかる。これは1日分であり、タヌキたちはほとんど日、昼間と夜間2回以上は糞をしていた。朝と夕方の掃除の際、いつも糞があったからだ。単純に考えると1回の糞の量は15~20gと考えられる。嵩(かさ)にするとお弁当に入れるウインナー3~4本くらいだった。
翌年の11月、同じことを柿でやってみた。柿は種なしで、それだけを5日間食べたタヌキたちの1日分の平均糞重量は58gだった。非常に消化のよいドッグフードの場合よりも明らかに量が多い。だから、種やら皮やら、殻やら骨など多くの不消化物を含む野山のものを食べているなら明らかに嵩高いだろう。タメ糞場でじっくり見てみると、魚肉ソーセージくらいの1回分もあるように思う。

タヌキはうんこを重ねるが
発芽した実生にも重ねるのだろうか。そんなことを調べた人がいる。島根大学の宮田さんたちだ。タヌキの種子散布行動についてのさまざまな角度からの研究をまとめられておられる(1989)。その中に、ある年の9月から翌年1月にかけて、タブノキの種子がパッチ状に発芽しているタメ糞4箇所の観察を続けた研究がある。4箇所すべてでタヌキの糞は実生のパッチから徐々に離れたところに溜められていき、11月以降には重なりがなくなったということだ。わかりやすいが、嬉しい結果である。タヌキもひとときの観葉植物として楽しんだか、それとも双葉に自分たちの子孫の未来を託したか。タヌキはタメ糞場を単なる糞捨て場にしているわけではない。

うんこをいかす

上田恵介編著『種子散布』には、副題のとおり”動物たちがつくる森”のことが書かれている。鳥類や哺乳類が果実を食べ、離れたところで糞として種子を蒔く、あるいは貯食したのに忘れちゃって、ということだ。この本の中で高槻さんが、シカが採食し糞として排出したシバの発芽率は未処理のそれより高いという研究成果を紹介されている。シカがあの歯ですりつぶしてしまう割合を考慮しても、すりつぶされずに下界に帰った種子の発芽率の圧倒的高さから、食べられずに落下した種子よりも結果的に高い発芽可能性を持つことになるとは驚きだ。
一度消化管を経由した種子の発芽率が高いことは鳥類でも検証されている。

タヌキはどうか
先の宮田さんら(1989)は、エノキ、ムベ、アケビについて、タメ糞場から採取した種と林床で収集した種とで発芽率の比較を行っている。その結果、ムベとアケビは糞の中から回収してきた方が明らかに高い発芽率を示した(ムベ:77.0% vs 27.0%、アケビ:24.0% vs 0%)。エノキは全く発芽せず違いは認められなかったようだ。
さらに興味深い実験を宮田さんらは行っている。タメ糞場の土壌は肥沃で、植物の成長をさらに高めるのではないかという予測の検証だ。宮田さんらは、タメ糞場の土壌と周辺の落葉層下の土壌を採集して、その土でカイワレダイコンを育ててみた。その結果、タメ糞場の土壌の方が有意に大きく成長し、糞によってその下の土壌は肥沃になっているのではないかと推察されている。
糞をためて土を肥沃にし、消化管を通して発芽率をあげつつ遠くの場所まで種を運んで蒔き、実生に糞をかけることなく暖かく成長を見守っている。タヌキ自身がそのことに気づいているのか、知ってやっているのか、知るすべはない。

タヌキのうんこのだし方、いかし方
タヌキは夜活動する。今晩も餌を探して歩く。活動開始してまもない薄暮の頃、たどりついたタメ糞で一昨日夜明け前食べたものを数十グラムの糞にして出す。すっきりしたところで食べ物を探しながらてくてく歩く。みつけたらがつがつ食べる。真夜中は少し休み、また歩く。今は丁度子育ての時期。コドモの面倒はオスにまかせ、メスはおっぱいをいっぱい出すために、時間をかけしっかりお腹を満たす。そろそろ夜が明けてきた。子育ての巣に戻る前にたどり着いたタメ糞場で、一昨日夕刻に食べたものを出しておこう。そんなタヌキが想像できる。
今、両親に抱かれているコドモたちのそのコドモたちの、そのまたコドモたちの、そのまたコドモたちの・・・・ためにアケビが育ちますように。何の役にも立たない私はただ祈るしかない。

参考資料

上田恵介編著『種子散布 助け合いの進化論<2> 動物たちがつくる森』築地書館,1999.
この本中のp65-85
高槻成紀「シカが育てるシバ草原」
宮田逸夫ら「島根半島築島に生息する本土タヌキの種子散布行動および実生に及ぼすタメフンの影響」山陰地域研究,第5号,109- 120,1989.
岸本真弓「飼育下のタヌキにおける体重、皮下脂肪および摂食量の季節変動」哺乳類科学,第36巻,165-174,1997.

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