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No.126 お元気ですか

2015年04月発行
お元気ですか
(株)野生動物保護管理事務所

代表 羽澄 俊裕

 これは私が(株)野生動物保護管理事務所(WMO)の代表として書きあげる最後の原稿となります。私はこの4月で60歳になりましたので、当初予定どおりWMOの代表職を引退いたします。28歳の時にWMOを始めましたので、いつの間にか32年も経てしまいました。長きにわたり御支援をいただきましたことを、深くお礼申し上げます。
 1983年(昭和58年)に初代代表の東英生の自宅で看板をあげて以来、このささやかな機関誌を通して、野生動物を護るということを考え、主張してまいりました。はじめに手動写植機を買いました。すぐ後に、シャープの書院というワープロ専用機を手に入れました。その先でNECのパーソナルコンピュータの8800を導入し、8インチのフロッピーから、5インチ、3.5インチ、MOを全て体験し、両脇に穴のあいた折り畳みシートに原稿を打ち出してきたものです。その頃はプリンターとコピー機が合体するなんてことは夢にも思いませんでした。そして時代は慌ただしくITネット社会に移行し、今ではスマホを片手に電話とメールで仕事をしております。私の頭も身体もよくぞついてこられたと我ながら感心しますが、なんとも急激な技術革新の勢いであります。
スマホに縛られる今どきの子供たちを見れば、こんな技術が人々に幸せをもたらすものか、おおいに疑問を感じます。誰もが、どんな情報でも手に入るフラット化社会では、それをつかいこなす知恵こそ必要でありますが、そのことを次の世代にちゃんと伝えられているでしょうか。人は情報におぼれやすく、とくにErosは魅力的で、考える時間の確保が難しくなりました。その結果、深く掘り下げて考えることのできないまま、直感で判断する習慣を身に着けるしかなくなっております。今では、じっくり考える子供ほど排除され、SNSに即座に返事を書くことが求められ、誰もがストレスを感じています。なんともまあ人間不在の空間にはまり込んでしまったものです。こういう時代は怖いですよ。どこかの競争好きの誰かが一人勝ちしようと気張るほど、遠い国のたくさんの人々が餌食になります。どこかの戦争好きの誰かがたくらめば、あっという間に戦火があがります。自由競争は良いですが、それだけで人間の社会が幸せになるとは思えません。少しはネットから離れて、より深く、考え続ける習慣を身に着けたいものです。
 ところで、私の引退に合わせたわけでもないでしょうが、5月末から改正・鳥獣法が施行されます。このことは鳥獣行政の分野ではとても大きな節目であり、ここから先は本当に大変な時代になると想像します。なにより、この日本では急速に人口が減っていきますから、人が撤退する地域ほど野生動物があふれてきます。また、山の上ではシカが植物を食べつくし、森林生態系が壊れていきます。こうなった事情の一つに狩猟者の高齢化と減少があります。明治以来、野生動物を抑え込んでくれていた狩猟者が消えようとしているわけですから、その圧力が弱まったところから野生動物があふれ出るのは、ごく自然の成り行きです。
国は鼻息荒く害獣を半減させると主張しておりますが、それは実に大変なことです。十分に戦略を練った上で挑む必要があります。捕獲の努力はいっそう強化しなくてはなりませんが、それだけで問題は解決しません。まずは予防的な対策こそ必要です。捕獲にはお金がかかりますし、野放図に殺生を続けていても勝ち目はありません。地域の人々は、それぞれの社会経済的事情によって撤退するのですから、その事情に合ったきめ細かい対策プランが必要です。また、そのプランをどうやって実現するかということにも知恵を出さないといけません。
見渡せば、世の中には、地震、火山、津波、放射能、温暖化、PM2.5と、汚染災害が目白押しで、リスクマネジメントの議論が花盛りです。野生動物の問題も同じことで、より適切なリスクマネジメントこそが必要ですが、「害獣は駆除しておけば片付く」という過去の遺物ともいうべき幻想が居座って、未来に向けた議論が始まっていないように思います。その仕組みを全国のどの現場にもきちんと作り上げられれば、ようやく問題を効率よく片付けていくための、野生動物マネジメントの基盤ができあがります。
野生動物と人間の関係は、これまでとは全く違ったステージへと突入しております。この先の10年は、良くも悪くも日本の自然保護の大きな転換期として歴史に刻まれるでしょう。「野生鳥獣の保護管理」という言葉の理解が、世の中にどのように着いて回るかわかりませんが、とにかく日本の自然保護は正念場を迎えております。
しかしながら、激しい嵐が吹き荒れる時にこそ、ビッグウェーブがやってくるものです。直撃を受ける我々は、稲村ジェーンを逃すわけにはいきません。もし、この波に乗ることに失敗し、この10年で野生動物マネジメントの仕組みを作れなかったとしたら、ホットスポットと謳われる日本の生物多様性の多くが食いつぶされて消滅するでしょう。この国の自然保護は、延々と殺生を続けるだけの空しく淋しいものへとなり下がります。生物多様性条約が世界のコンセンサスを得るこの時代に、それはまさに日本の自然保護の敗北であります。自然や野生動物に関心を持ってこられた皆さん、今こそ、意地とプライドの見せどころです。
私は、WMOの32年は、この時のために準備してきたとさえ思います。WMOの現役メンバーには、この波に立ち向かう覚悟はしっかりできていると思います。そして私の残された時間も、このビッグウェーブを乗り切るために使いたいと思うのです。年齢なりに、やれることはやって次の世代につなげていこうと、夜な夜なサーフボードを削っております。
皆さん、これまで大変お世話になりました。
闘いはここからでございます。またどこかの浜でお会いしましょう。

それまでどうぞ、お元気で。

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