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No.127 見えるって、素晴らしい カワウ目線で考えるニホンザルの保護管理~分裂するものたちへの挑戦~

2015年07月発行

見えるって、素晴らしい カワウ目線で考えるニホンザルの保護管理

~分裂するものたちへの挑戦~
加藤 洋 (WMO)
1.カワウの保護管理の特徴
 他の野生鳥獣と違い、カワウ(鳥類)の保護管理に特に欠かせない事は、「広域的な視点」である。カワウは、河川や湖沼等の内水面だけでなく、海水面等の水面を広く利用している。また、ねぐら(※1)として利用する場所は、人間の生活圏に深く入り込んでいる事が少なくなく、都市部を流れる河川の河畔林や湖沼、住宅地に囲まれた都市公園やゴルフ場といった、人の生活圏と近接した環境を利用している。ねぐらとする森林も、民有林の場合や、国・県・市町村が管理する森林等、様々である(=人側の事情も様々)。
(※1)主に休息場所として利用する場所で、夜間も利用している場所

 

 鳥類であるカワウの行動圏は広く、利用環境も多様性に富む。その結果、カワウが引き起こす問題は、水産業被害だけでなく、住宅地周辺における糞・騒音による生活環境被害、樹木の枯死による植生被害および生物多様性への被害など多岐に及ぶ。人間社会に与える被害の多面性という点では、他の問題鳥獣にも引けを取らない動物である。
その他、カワウの保護管理にあたって特に考慮しておかなければならない特性は、集団で行動すること、柔軟に環境に適応すること、などが挙げられる。カワウは、広域に移動するだけでも面倒な動物なのだが、これに集団性と高い環境適応力が加わる事で、カワウの保護管理はさらに難しい課題を突き付けられることになる。
カワウのねぐらやコロニー(繁殖地)は、基本的に集団で形成される。集団のサイズは数十羽という規模から、大きなものでは数千羽~万以上になる場合もみられる。餌場となる水面には複数で飛来する事が多い。厄介な点は、これらの集団が利用するねぐら・コロニーや餌場となる水域は、状況に応じて柔軟に変化することである。例えば、ねぐらやコロニーが何らかの要因により攪乱を受けた場合は、カワウはその場所を放棄し、別の場所に新たなねぐら・コロニーを形成する。

新たなねぐら・コロニーの形成を促す要因としては、自然要因(樹木の自然枯死等)もあるが、近年みられる新しいねぐら・コロニーの形成の背景には、人為的要因(追払い、捕獲等による攪乱)が影響している場合が多い。特に個体数の多いねぐら・コロニーを対象にした対策では、攪乱の影響が大きく、その近隣のみならず自治体や水域を超えてカワウが広域に分散する可能性があることから、対策の実施前には広域レベルでの協議や説明、情報交換の体制が必要となる。
このような新しいねぐら・コロニーの形成は、被害地域の拡大を促すことにもなりかねず、カワウの保護管理上、十分な注意が必要なポイントと考えられている。

2.ニホンザルの保護管理 カワウとの共通点
ニホンザルとカワウの保護管理の要点は、いくつかの共通点がみられる。共通する大きな特徴としては、
①集団性の高い動物であること
②目に見える(数えることができる)動物であること
③ときに、「分裂」する動物であること
等が挙げられる。
この、集団性が高く目に見える(数えることができる)という特徴は、ニホンザルやカワウの個体数や分布域を把握する事が技術的には可能、ということを意味し、カワウやニホンザルの適切な保護管理を進める上で非常に大きなメリットとなる。もちろん、カワウやニホンザルの保護管理は、それぞれ種特有の重大な課題を抱えてはいるのだが、個体数の推定が非常に困難で膨大なコストがかかるシカやイノシシ・クマ等の獣類に比べれば、とても分かりやすい(=計画を立てやすい)動物たち、なのである。
一方で、「分裂する」という特徴は、カワウの場合でも、ニホンザルの場合でも、非常に厄介な問題となる。具体的な事例は諸事情によりここでは挙げる事はできないが、近年、カワウについてもニホンザルについても、人為的な攪乱により群れが分裂するという現象がいくつも確認されている。
ニホンザルの群れの分裂は、カワウと同様に、保護管理上の非常に大きなポイントである。不用意な対策によって群れの分裂を誘発してしまうと、被害地域の拡大や、対策の非効率化(1つの地域で複数の群れを対象に対策する必要が生じる)などにより、かえって状況を悪化させてしまうことにも繋がりかねない。
 ニホンザルの分裂を引き起こす要因としては、諸説あるところではあるが、個体数が著しく増加した場合や、群れの中心的なメス成獣の捕獲等が分裂の引き金になるとも言われている。群れの分裂により状況の悪化が懸念される場合は、分裂を誘発しないよう、個体数の適切な管理と、分裂のきっかけとなりうるメス成獣は不用意に捕獲しない等の対策が求められる。
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3.ニホンザルの群れの分裂と、ジレンマ
 加害性が高い群れでは、群れの中心的なメス成獣が加害性の高い個体である場合が多い。群れの加害レベルを低下させるには、加害性の高い個体を優先的に除去することが直接的な方法として挙げられるが、群れの分裂を警戒するあまり、このようなメス成獣の捕獲に慎重にならざるを得ない場合も出てくる。このとき、本来捕獲するべき悪質な個体を捕獲することを躊躇するあまり、群れの加害レベルを下げるための有効な手段の選択肢が限られてしまうというジレンマが生じる。
実際、ニホンザルの被害が深刻化する地域では、加害性の高い個体を捕獲する事が早急な課題の一つとなっている。このような分裂のジレンマをどのようにクリアしていくかについては、行政施策をコーディネートする我々のような立場の者にとっても整理しなくてはならない課題である。
4.分裂を誘発しない捕獲方法は存在するか
カワウの場合、ねぐらやコロニーでの捕獲等の被害対策は、大小の規模にもよるが、常に分裂(分散ともいう)の影響を及ぼす事が懸念され、絶対に分裂を引き起こさない方法というものは、今のところ確立されていない。発砲音が小さい空気銃でさえ、カワウが全く気にしないという事はなく、少なからず影響を与えることが懸念される。むしろ作業で人が立ち入る事そのものが影響を与えているとも言える。
河川等の被害地での銃器捕獲(主に散弾銃を用いた)は、個体数管理の効果も期待できるのだが、発砲できる環境が少ないことと、1発の発砲音でカワウの警戒心が高まってしまい、高い捕獲効率が期待できないという問題がある。今のところ、カワウの個体数管理は、コロニーにおける計画的で専門性の高い捕獲手法が有効とされている(※3)が、これによっても分裂を引き起こす可能性があることから、分裂を想定した総合的な対策が求められている。
(※3)現在、WMOでは、コロニーにおける直接的な対策ではない手法によって、対象となるコロニーの個体数管理を目的とした捕獲手法についての技術開発を行っている。
ニホンザルの場合、被害を軽減するための対策としては、群れの中心的なメス成獣は選択的に捕獲しないという手法の他、加害性の高い個体を一度捕獲し学習させる(学習放獣)ことも一つの手段として位置付けられるであろう。しかしながら、結局、分裂のメカニズムについては未解明な部分があり、カワウと同様に絶対に分裂を引き起こさない方法というものは今のところ確立されていないというのが現状である。
4.分裂を把握する方法と、分裂に対処する方法
 カワウもニホンザルも、絶対に分裂を引き起こさない方法は存在しない。そもそも、人為的な攪乱に関係なく自然に分裂が起こり得る事は十分に想定されることから、両者の保護管理を進めるためには、分裂を想定した総合的な計画が必要である。
そのためには、まずは分裂を把握する体制や技術が求められる。幸い、カワウやニホンザルは、「見える」動物であることから、対策による分裂等の影響を把握するための体制や、モニタリング調査は技術的には可能で、既に実施事例はいくつか上がっている(※4)
 カワウでは、ねぐら・コロニーの分裂が確認された場合、新しいねぐら・コロニーの定着性が高まる前にカワウの分布を抑制する技術も開発されている(※5)。しかしながら、ニホンザルでは、分裂してしまった後の各群れに対する有効な対策というものは知見が少なく、場合によってはどちらかの群れを全体捕獲する等、かなり高レベルな対策が求められる。
(※4)カワウの例…関東・中部近畿・中国四国カワウ広域協議会等による広域的なモニタリング体制整備
    ニホンザルの例…ラジオテレメトリー調査、出没カレンダー調査等の技術的進歩とその普及
(※5)ビニルひも張り対策…カワウが分布する樹冠に生分解性のビニルひもを張り巡らし、カワウの分布を抑制する手法。ビニルひもによる物理的侵入防止効果の他、心理的忌避効果が期待できる。  技術開発:坪井潤一氏(水産総合研究センター)
5.カワウ目線で考えるニホンザルの保護管理
 前置きするが、ニホンザルの保護管理は、基本は被害管理を徹底する事が重要であり、これにより、群れの頭数を増やし過ぎない、悪質化させない対策こそが最優先である。しかしながら、既に悪質化したニホンザルの群れが全国的に増加し被害が甚大となっている中、残念ながら被害管理だけでは手に負えない現状が多くの地域でみられる。
このような現状を踏まえ、ニホンザルの保護管理を考える上では、分裂を警戒して対策の選択肢を狭めるよりも、分裂を予め想定し、かつ対策後の変化への対処法(方針等)まで含めた総合的な計画を以って保護管理を進めることの方が、今後必要になる局面が増加する事が予想される。すなわち、分裂を恐れず、「見る目」と「実行力」を備え、知恵と勇気(と予算)をもって対策を進めることが、これからのニホンザルの保護管理に求められるだろう。
6.最後に・・・
カワウとやや異なる点は、ニホンザルは群れの「質」が保護管理の方向性にとって重要なポイントとなる事である。分裂は、以上に述べたようなリスクを含む現象ではあるが、群れの分裂を把握しきちんと評価することができれば、分裂を踏まえた上での共存のための適切な保護管理を計画することもできよう。
以下、現在実施途中であるが、とある地域のニホンザルの群れ管理計画の一例を紹介する。

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