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No.98クマ類の錯誤捕獲の防止の取り組みとその評価

2008年04月発行

クマ類の錯誤捕獲の防止の取り組みとその評価

片山 敦司(WMO)

平成19年1月29日環境省令第3号により、鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律施行規則等の改正が示された。改正内容には『くくりわな』の使用に関する制限が盛り込まれた。すなわち、くくりわなを用いる場合、輪の直径が12cmを超えるもの、締付け防止金具が装着されていないものの使用が禁じられ、イノシシ及びニホンジカの捕獲を行う目的の場合は、よりもどしが装着されていないもの又はワイヤーの直径が4mm未満であるものは使用が禁止された。本施行規則は平成19年4月16日をもって施行されることとなった(図1)。

図1.くくりわなの規制強化を示す環境省のリーフレット
http://www.env.go.jp/nature/yasei/hunt_gear/leaflet1.pdf

本改正は、くくりわな等による錯誤捕獲(捕獲対象動物以外の動物が誤って捕獲されること。誤捕獲とも言う。)が頻発し、特にクマ類の錯誤捕獲で多数のクマが放獣の術もなく殺処分されていることから、これらのわなの使用を制限することで錯誤捕獲の発生を抑えることを意図したものである。
一方、『はこわな』による錯誤捕獲も多発しているが、これに対しては今のところ発生を予防する観点での具体策は制度化されていない。クマが周辺で活動していることが確認されている場合はわなを設置しないようにすること、誘引餌としてクマ類が好むものを使用しないこと、天井などに脱出口を設けて万一捕獲された場合でもクマが脱出できるようにすることなどの対策が自主的な取り組みとして行われているが、錯誤捕獲に関する諸問題をうまく解消する決め手がないのが実情である。
本文では、主に『くくりわな』による錯誤捕獲の防止の取り組みに対して、現時点で私が感じていることを述べようと思う。この中で述べることはあくまでも私個人がこの一年間に見聞きした情報の中での私見である。おそらく異なる見解を抱かれている方も多いと思うので別の意見をお持ちの方は、是非本誌に投稿いただいて意見を述べていただきたい。なお、以下で扱う「クマ」は、私が扱うことの多いツキノワグマに限定したものとする。

さて、本論に入る前に、まずは『くくりわな』がどのようなわななのかを簡単に説明しておこう。狩猟読本(発行:社団法人大日本猟友会・監修:野生生物保護行政研究会.2007)では、以下の説明がある。
「くくりわなとは、鳥獣の通り道などに設置しておいた針金やワイヤーロープなどで作った輪によって、鳥獣の足や体をくくり捕えるわなのことである。わなの形などの違いにより、くくりわな、ひきづり型、はねあげ型、鳥居型、ピラミッド型、筒式イタチ捕獲器、バネ式くくりわなに分類されている」(図2~5)。なお、くくりわなには、冒頭述べたような使用制限が付加されているのみならず、クマ類の狩猟目的ではくくりわなを含むすべてのわなの使用が禁止されている。


図2.ひきづり型(狩猟読本から転載)


図3.はねあげ型(左上)、鳥居型(右上)、ピラミッド型(左下) (狩猟読本から転載)


図4.イタチ用捕獲器(狩猟読本から転載)


図5.くくりわなの構造・作動時の状況の例(コイルスプリングを使用したわなの一例)〔★印は平成19年1月29日の環境省令第3号による制限項目〕

くくりわなによる錯誤捕獲は、イノシシ・シカの生息数が多い西日本から、東日本の太平洋側の地域で多く発生している。発生の時期はツキノワグマが活動を休止する厳冬期以外の時期である。多雪地帯では雪によりわなの作動が妨げられるために、積雪期に踏み板式のくくりわなが使われることはあまりない。しかし、近年の暖冬・寡雪により、冬期においてもわなの設置が可能となった地域が増え、錯誤捕獲の発生が報告されている。もちろん、このことはイノシシ・シカの分布の拡大や冬期におけるクマの活動頻度の高まりとも関連する。
錯誤捕獲されたクマの行動はさまざまであるが、多くの個体はわなから逃れようとして暴れ回り、ワイヤーの伸びる範囲内の立木を損傷させる(図6)。また、ワイヤーの一部を断線させるなどくくりわなそのものも破損させる場合がある。このような状態にある捕獲個体に接近することは非常に危険であり、実際にわなを破壊した捕獲個体からの攻撃を受けた負傷事故も発生している(例:2007年5月9日長野県)。
捕獲されたクマのワイヤー捕縛部より先の手足は、血液が妨げられることから浮腫(むくみ)により肥大し、ワイヤーによる結束が強固である場合は速やかに解放しなければならない。また、ワイヤーとの強い摩擦による裂傷、自らの手足に噛みつくなどの自傷行為による外傷も見うけられる。このように錯誤捕獲は人とクマの双方にとって大きな問題を抱えており、わなの設置と管理にあたっては錯誤捕獲の予防に充分留意する必要がある。

図6.立木の損傷例 (本例では、中央右の竹にくくりわなの固定部(根付け)があった)


冒頭に示した制限は狩猟のみならず有害捕獲等にも適用されるが、有害捕獲等における制限については、環境省告示による「鳥獣の保護を図るための事業を実施するための基本的な指針」(平成19年1月29日 環境省告示第3号)において、「くくりわなの輪の直径については、捕獲場所、捕獲時期、クマ類の生息状況等を勘案して、錯誤捕獲のおそれが少ないと判断される場合」には、法改正による制限に関わらないものとされた。また、クマの生息が認められない自治体やイノシシ等の被害が甚大である自治体などではイノシシ、シカの特定鳥獣保護管理計画において狩猟期の制限を解除することも可能とされた。

法改正によるくくりわなの使用制限が公表された当初、イノシシ等の被害が大きい自治体では戸惑いの声が広がった。イノシシの捕獲により被害の軽減を図っている自治体では、農家にくくりわなを用いた「わな猟」免許の取得を推奨しているところも多い。法改正によるわなの使用制限はイノシシの捕獲効率を下げ、捕獲の意欲を減退させるものと考えられた。イノシシの捕獲が低調になることから農業被害のさらなる拡大を危惧する声も多く、特定鳥獣保護管理計画により制限を解除する自治体も現れた。一方、四国などクマの絶滅危惧個体群を抱える地域では、クマ保護の観点から法令の厳格適用を求める声もあり、例えば同じ県内でも特定の地域に限定して規制を解除する処置をとるところも見られた。

このように、くくりわなの使用制限はクマの生息する多くの自治体で受け入れられているが、イノシシの被害の大きい地域を抱える自治体では解除に踏み切ったところもある。これまでのところ、私の知る限りではどちらの自治体においてもクマやイノシシなどの保護管理上重大な支障が生じているという声は聞かないが、現場の実態はどうであろうか。

昨年度(2007年度)は、クマの出没情報は比較的少なく、我々が錯誤捕獲の対応のため、現場に出る回数もあまり多くなかった。図7は、我々(野生動物保護管理事務所関西分室)が、近畿地方において自治体の要請により行った錯誤捕獲個体放獣業務の捕獲形態別件数を示した円グラフである。ここで扱った数値は近畿地方の複数の府県で発生した錯誤捕獲事例数の合計であり、学習放獣等の目的で積極的にはこわな(ドラム缶式檻を含む)で捕獲された事例数は含まない。また、捕獲種別は「くくりわな」、「はこわな」、「その他」と分類したが、「その他」は捕獲柵(囲いわな)などによる捕獲やとらばさみによる捕獲などである。

図7.錯誤捕獲対応事例における捕獲形態別件数と割合(2004-2007年度)
〔上段または左側の数字は件数を、下段または右側の数字は割合(%)を示す〕

2004年度と2006年度はクマの大量出没が問題となった年で錯誤捕獲の対応件数は2004年で70件、2006年で46件と高い数値を示した。両年においては総錯誤捕獲数のうち、くくりわなが占める割合はともに28%台となった。2005年度はクマの出没情報数が全般に少ない年であり、総錯誤捕獲数19件のうち、くくりわなは13件(68.4%)であった。2004年から2006年度はくくりわなの使用制限が行われていない期間に該当するが、くくりわなによる 錯誤捕獲の発生件数は2005年と2006年でともに13件であった。はこわなによる錯誤捕獲の発生件数と割合は、大量出没年(2004年、2006年)とその谷間にあたる2005年では大きく異なり、はこわなによる錯誤捕獲は大量出没年に増加する傾向があることが示された。
2007年はくくりわなの使用制限が導入された年である。本事例で扱った府県の一部にはくくりわなの使用制限を解除した自治体も含まれ、その自治体における錯誤捕獲件数は19件中6件であった。本図では表現されていないが、その6件のうち、くくりわなによる錯誤捕獲の発生件数は5件であった。使用制限を実施した自治体では錯誤捕獲件数13件のうち、くくりわなの件数は4件である。

捕獲件数が少ない2005年と2007年(ともに錯誤捕獲総数は19件)を比較すると、くくりわなによる錯誤捕獲件数は、使用制限がかかる前の2005年が13件であったのに対して、使用制限が導入された2007年は9件と減少した。また、上述のように制限解除をした自治体では、くくりわなによる捕獲の割合が制限を行った自治体よりも高いことがわかった。情報数が充分ではなく、正確に現場の実態を反映しているかどうか明らかではないが、以上のデータからは、くくりわなの使用制限には錯誤捕獲の発生確率を低下させる効果がある可能性があることが示唆された。(なお、大量出没年においてはこわなによる錯誤捕獲が増加する背景には、はこわなの設置時には誘引餌を多用すること、大量出没年にはクマ類の食物資源量が減少し、食物に対する需要が高まっていることから誘引餌の効果が高まっていることなどが関係すると思われる)
くくりわなの使用制限は、わなの輪の口径を12cm以下に狭めることでクマの手足が輪に入らないようにし、わなが作動しても捕獲が避けられるよう定められたものである。従って制限の導入でくくりわなによる錯誤捕獲の発生数が低下することは当然の結果であると言える。一方、制限の厳密な遵守はわなの構造、設置条件によって困難な場合もあると推察され、また、捕獲者の心理としては制限ぎりぎりの直径で設置することが多いと思われる。そのような中で、実際に錯誤捕獲の発生確率を低減させることができたとすると、制度が厳密に遵守された時の錯誤捕獲の予防効果は上述した数値以上のものになると考えられる。
他方、使用制限がもたらす負の影響も評価されなければならない。現在のところ、くくりわなの使用制限によるイノシシの捕獲効率の変化を評価する手法そのものが確立されていない。輪の口径を狭めることの影響として、直感的にはイノシシ等の捕獲効率を低下させることにつながるという思考が優先する。特定鳥獣保護管理計画によりイノシシ等の個体数低減を目標としている自治体では、捕獲効率の低下は大きな問題である。輪の口径が狭められたために捕獲効率が減少し、農業被害が拡大することが示された場合は、クマの保護管理上の利益とイノシシ等の保護管理上の利益について利害関係者が調整を行い、その地域において必要な政策を定める必要がある。使用制限が総合的にみてその地域の野生動物の保護管理に役立っているのかどうかという評価は、多面的な指標を得て行わなければならない。以下、本改正にかかる制限の有効性を評価する指標として、保護管理のレベルアップのために集積が望まれる項目を挙げる。

・クマの錯誤捕獲の発生確率が低減したことを示す指標(錯誤捕獲の発生理由別件数(錯誤捕獲を有害捕獲と混同させない)、錯誤捕獲個体を殺処分した場合にはその理由の明確化、情報のデータベース化)

・クマの錯誤捕獲が発生した場合のわなの設置状況等に関する情報の集積(わなの構造、設置方法、制度の遵守に関する情報を的確に把握し、使用制限の妥当性を評価する材料とする)

・クマの錯誤捕獲の放獣作業の安全性に関する評価(くくりわなの輪の口径の制限により、手足の末端部のみが結束されるという危険な捕獲状況が増える可能性がある。危険事案が放獣作業の支障となり、クマの放獣ができなくなるという事態が生じては本件にかかる改正の趣旨が損なわれることになる。また、ワイヤー、よりもどし等の強度に関する条件が定められていない中で、本件にかかる条件を満たすことだけを目的とした不完全な製品が使用される危険性もある。放獣作業の実施にあたっては必ず専門家が実施することを必須要件とするとともに実施者の技能を高め、安全に関する情報を集積していくことが求められる)

・イノシシ等の捕獲効率に関する評価(制限の導入の前後における捕獲効率の比較。既にイノシシ等の狩猟カレンダーを導入している自治体では、わなの種類別の設置日数(捕獲努力量)あたりの捕獲数の評価が可能と思われる。制度の遵守を徹底しつつ、捕獲効率に関するモニタリングの質を高めることが、評価の質を高めることにつながる。狩猟カレンダーを導入していない自治体では、モニタリング調査項目としての同調査の導入が推奨される)

・わなの構造、設置条件等に関する調査(わなの構造、設置条件を改善すれば使用制限を導入し・厳密に遵守してもイノシシの捕獲効率を著しく低減させない可能性がある。クマの錯誤捕獲の可能性を低め、同時にイノシシの捕獲効率を低下させないわな構造を標準化し、適切な設置方法を指導することで、保護管理の質を総合的に高めることができると考えられる。そのためのわなの開発に関する研究と検証試験等を行う。)

参考文献:
狩猟読本.2007.社団法人大日本猟友会発行・野生生物保護行政研究会監修.
環境省.2007.鳥獣の保護を図るための事業を実施するための基本的な指針(平成19年1月29日環境省告示第3号).

 

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