No.499 シカの不嗜好植物シリーズ①―トリカブトも食べる
2026年09月25日
姜 兆文
植物は草食動物に食べられないように、適応と進化の中で様々な防衛手段を獲得してきた。防衛手段は主に「物理的防衛(トゲ、硬い葉など)」と「化学的防衛(毒素、苦味、揮発性においなど)」に分けられる。
化学的防衛の典型とされるトリカブトは、強い毒性を持ち、強力なアルカロイド系毒素(アコニチンなど)によって少量でも命に関わるほどの危険性があることで知られている。通常は動物が避ける植物とされている。
しかし近年、私はシカがトリカブトを採食している事例を各地で確認しており、従来の理解に対する再考、その実態や背景についての調査をやってみようと思った。
私の観察記録は下記のとおり。
- 2012年9月(神奈川県・丹沢山稜線(標高約1,500m))
植生保護柵内ではトリカブトが多数確認されたが、柵外ではほとんど見られなかった(写真1)。この差異から、柵外でシカによる採食が行われていると推察し、実際、シカによる食痕も確認した。
- 2012年8月(山梨県・南アルプス北岳へ標高約2,500m登山道)
登山道沿いと林縁部でトリカブトの葉にシカによる複数の食痕を確認した。 - 2018年9月(群馬・福島県境、尾瀬ヶ原(標高約1,400m))
トリカブトの葉に食痕を複数確認。ここでもシカが採食していることが明らかとなった。 - 2020年11月(山梨県・都留市、標高(標高約1,000m)の低い山地)
トリカブトの葉に複数の食痕を発見(写真2)。標高の低い地域でもシカによる採食を確認した。
各地で確認したシカによるトリカブトの採食は、以下の可能性が考えられる。
- 餌の不足に伴う採食:食物が乏しい時期や環境において、シカがやむを得ず通常は忌避される毒性植物を採食している可能性。
- 地域的・個体的な習慣化:一部の地域または個体群において、トリカブトを食べる行動が常態化している可能性。
- 毒性が低い時期と部位で採食:トリカブトの毒性成分は成長過程や季節によって変化する可能性があり、毒性が相対的に低い時期に特定部位が採食された可能性。
- 毒素への耐性または解毒機構の存在:トリカブトに含まれるアルカロイド類による毒性を回避する、毒素を分解・無効化する何らかの消化生理的メカニズムが存在している可能性。
以上4点の可能性を上げたがいずれも推測であり、現時点では未解明だが、興味深い研究テーマであると思っている。
結論としては、トリカブトのような猛毒植物であっても、シカによる採食は各地で確認され、これまでの常識を覆す興味深い現象である。猛毒植物に対する草食動物の餌資源の環境変化、採食適応、そして解毒機構など複数の要因が考えられる。シカによるトリカブトの採食は、生態系の複雑さ、そして動物の柔軟な行動の一端を垣間見せてくれる興味深い事例である。個体群の行動など毒性植物に対する野生動物の行動適応や生理的耐性の解明に向けて、採食時期・頻度・毒素濃度の変化、地域ごとの個体差などを含めた詳細な調査と消化生理学的分析を行いたいと思っている。
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