研究員によるフォトブログ

No.38 クマの家宅訪問

2006年09月15日

片山 敦司
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 西日本では,初秋に集落周辺へのクマの出没頻度が高まり、対策を求められることも多い.住宅地への出没や果樹の食害など問題はいろいろだが,その中でも緊張感の高い対策を迫られるのがクマによる「住居侵入」である。
 農家の倉庫や山小屋の炊事場のように,食べ物の香りがある場所ならば納得するが,玄関から役場の建物に入ったり,食品と無関係の工場に入り込んだりするクマが何を考えているのかわからない.クマにしてみれば,人間の作った構造物も森の一部であり,コンクリートの建物もへんてこな洞窟にしか見えないのかも知れないが.
 玄関からお行儀良く入って,御用向きがないことがわかっておとなしく立ち去ってくれれば問題はないが,中には建物内に居座ってしまうクマもいる.また,人間の方がびっくりして建物内に閉じこめてしまう場合もある.そんな時には,人の安全を第一に考え,山奥に放獣するために麻酔銃などで不動化し,身柄を確保することになる.
 住居侵入するクマが皆,少しとぼけた健康なクマで,うっかりと家に入り込んでしまったというならば,(麻酔作業は非常に危険ではあるが)私としても気が楽だ.しかし,中には身体上のトラブルがあって行き倒れ状態で家に上がり込むクマがいる.そうしたクマの多くはおそらく野生の状態では人知れず死にゆく運命にあるもので,私たち人間は可能ならば手を加えるべきものではないとは思う.クマが人に救いを求めてやって来るはずはなく,おそらくは薄れゆく意識の中で,隠れ場所を求めて建物に迷いこんでしまうのだろう.
 2006年の初秋にも住居に入り込んで倒れたクマがいた.通報があって駆けつけた時,倒れたクマは,私が近づいても立ち上がることすらできなかった.手を加えるべきではないとわかっていても,できることならば元気な姿で山に帰って欲しい.そういう気持ちで糖液を口に含ませた.しかし,クマは舌を動かすこともしなかった.
 間もなくそのクマは死んでしまった.森の中で静かに死を待つべきクマに,喧噪の中で死なせてしまったことを申し訳なく思いながら,人は人らしく,クマはクマらしく生き,そして死にゆく場所が得られることを願わずにはいられなかった.
(不自然な死に方をしたクマの遺体は死亡原因の解明等の目的で研究機関に委ねます. 住宅地への迷入個体の死因には疾病のほかに交通事故によるものと推定されるものがあります.)

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