No.500 神秘との遭遇
ペンネーム:山稜
捕獲のためにサルを追跡していた時、ふとそれは目の前に現れた。
林道のどん詰まりまで車を押し込み、谷をこちらに向かって進むサルの群れを車内で待っていた1月中旬、正午前。右から来るはずのサルの群れをいち早く見つけようと、運転席から上半身を右にひねって待機。待てど暮らせどサルの気配は一向に感じ取れない。疲れてきた姿勢に変化を加えようと、車の正面に目を向けた時、視界に飛び込んできたのは白い何かだった。
第一印象は、ヤギ。
体高は1m程度、頭部には二本の黒い角があり、体色は真っ白。
20mほど先の、昔は道だったであろう藪の中からひょっこり顔を出しているそれと目が合った。
え、ヤギ逃げたんか?
そう思うか思わないかの刹那の思考の後、それの正体が真っ白なカモシカだということに気が付いた。
慌てて、しかし脅かさないように慎重に、スマホのカメラを起動し録画を開始する。同時に白いカモシカが車に向かって歩き始めた。私は息をのみ、目を見開いたまま撮影を続けた。
こちらを気にする様子はないままどんどん近づいてくる。スマホを動かしてもまったく気にしないし、むしろこちらに気が付いていないような素振りで悠々と足を進める。
カモシカの体毛は驚くほどに純白だった。冬毛だったためかまるで綿菓子のようにふわふわで柔らかそうに見える。顔だちも整っていて、とにかく美しい。
カモシカはついに車の目の前までやってきた。ズームして撮影していては画角に収まらなくなり、引きの画にする。写真からも車との近さが伺えるだろう。しかしこいつはこちらに見向きもせず、まるでランウェイを歩くかのように、優雅に足を進めて車の右側面を、運転席のすぐ横を通過した。
窓を開けて腕を外に垂らしていれば、きっと背中を撫でることができただろう。そんな距離をカモシカが通過していく。一瞬目が合って動きを止めたが、「なんだ、人間か」とでも言うようにすぐにまた前に進み始めた。
バックミラーから見えるおしりが愛らしい。エンジンをかけたが反応はない。窓を開けてスマホを車外に出すと、流石にこちらに顔を向けた。ファンサしてもらった気分だ。
しかしすぐに興味は足もとの枯葉に移り、そのまま後方へとゆっくり歩みを進め、白いカモシカは姿を消した。
カモシカは特別天然記念物である。狩猟することはおろか、触れること、骨を拾うことすら禁止されている。そのため一部地域ではその数は増え、人間は安全、手出ししてこないと認識した個体が人の居住区域を我が家のように闊歩していたり、畑の作物を荒らしていることもある。
人間に対して警戒心が少ないのは頷けるが、ここまで人間をなんとも思っていないような堂々たる態度の真っ白なカモシカに対して、もののけ姫に登場するシシ神様のような神々しさを感じずにはいられなかった。
私はすぐに、共に調査に入っていた職員たちに動画を共有した。これがサル捕獲の吉兆であることを願うばかりだった。
サルは捕れなかった。
山に入っているとこんな出会いがあったりする。我々は彼らの住まう山に「お邪魔している」のだ。
(急遽休日出勤延長戦の末、捕獲しました。)
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