No.20 そこはイノシシパラダイス
名矢結香
先日、神戸の六甲山のイノシシ調査に行く機会があった。噂にはきいていたが、そこは想像をはるかに上回るイノシシの楽園だった。
WMOでは六甲山でイノシシの通るケモノ道に有刺鉄線を張り、イノシシの体毛の採取を試みている。その毛からDNAの抽出をして個体識別をし、個体数の算出をしようという、遺伝研究室泣かせの壮大なプロジェクトだ。
その日はその有刺鉄線 – ヘアートラップ – の見回りを行う予定だったのだが、トラップの場所まで来て驚いた。閑静な住宅街からほんのすこし林に入っただけなのに、そこはイノシシの痕跡だらけなのだ。足跡はそこら中にあり、山ではあまり目に付かないと教わった糞もタメ糞状態。広くて使い込まれた豪華なヌタ場があり、その周りには彼等にこすられすぎてツルツルになった立木が点々とある。そしてヘアートラップには毛根がついた、分析するのに理想的な毛が多数採取されていた。
さらに車で移動中にイノシシ親子に遭遇した。まだ可愛らしいウリボウが4頭とお母さん。そこはかなり交通量の多い鋪装道にも関わらず、子供までが堂々としており、何を求めてか私たちの車に寄って来た。しばらくして私たちから何ももらえないと悟ったのか、お母さんを先頭に親子はゆっくりと去っていった。
その後も成獣と亜成獣のイノシシ1頭ずつを目撃したが、彼等も人間を全く恐れておらず、観光客が物珍しそうにじろじろ見ているなか、横になって休みはじめるほど大胆だ。観察するには非常に都合のいいイノシシたちだったが、こちらが戸惑うほどの近い距離。もしかしたらペットなのだろうか、と疑いたくなるくらいだ。
私は別の調査地で何回かイノシシに遭遇したことがあるが、たいていはこちらに気付くと慌てて逃げて行く。野生のイノシシが普通持ち合わせている人への恐怖心。それを六甲山のイノシシがなくしたきっかけは、人による餌付けだ。餌付けによって、イノシシは人を恐れなくなり、行動域を住宅地に広げ、時には人の持っている荷物を奪うまでになった。ここまでくると「可愛い」で済まされることではなく、人に危害を加える危険な動物だろう。
もともとは人間が自然を奪ったのだから、エサぐらいあげてもいいだろう、という意見もあるかもしれない。けれど、餌付けによって人慣れし、攻撃的になったイノシシは結局人の生活圏から排除される運命なのではないか?それならば、はじめから人間の生活の中心部にイノシシを惹き寄せる必要はないだろう。
人の手によって歪められた人間とイノシシの関係。今後この関係はどうなっていくのだろうか。
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