No.62 ミクロの戦い
湯浅 卓
調査雑記には、山で出会った動物か、きれいな景色のベストショットでも載せたいと思いつつも、かれこれ6ヶ月も室内に籠もりきりの私には、そんな写真を撮るチャンスさえ無く・・・
そこで今回は、趣向を変えて、実験室でのミクロの戦いの様子を少しお届けします。
上の写真は、2本のツキノワグマの毛の付け根部分、いわゆる毛根部分を、顕微鏡で拡大した写真です。この2本の毛は同じクマから抜けたものでしょうか?それとも2個体から抜けたものでしょうか?
この6ヶ月、私は、こうした毛からクマを識別すべくミクロの戦いをつづけています(現在進行形)。毛からクマを識別するためには、毛のDNA鑑定が必要になります。これは、ヒトのDNA鑑定とほぼ同じ原理で行いますので、クマ版の科学捜査とも言えましょう。
下の写真は、その戦いに必要な、愛用の道具たちです。マイクロ剪刀、超精密ピンセット、マイクロチューブ、マイクロピペッター。さらには、2×PCR Buffer 12.5ul、dNTP 2ul・・・
まさに‘ミクロ(マイクロ)’の戦いです。
昨夏、WMOでは、ヘア・トラップ法と呼ばれる調査を、過去最多の7地域で実施しました。ヘア・トラップ法とは、山の中に点々と有刺鉄線の囲いを張り巡らしクマの体毛をサンプリングする方法です(サンプリングにまつわる苦労話は、また他のメンバーから紹介してもらいましょう)。
さて、私の下に届いた7地域のクマの毛は、総数2601袋。その一つ一つを開封し、ピンセットでつまみ出し、顕微鏡で毛根部分の有無確認し、切り分け、分析する。ひたすらその繰り返し・・・
一般に、ヘア・トラップ法は、クマを生け捕りする方法に比べ、調査員とクマにかかるストレスや危険が少なく、ヒトにもクマにも‘やさしい’方法といわれています。
しかし、分析作業は、目、肩、腰などに負担がかかる上、ミクロの戦いゆえに、最後まで分析が成功したかどうかが分かりません。そして、毛に含まれるDNA量が少ないため、分析失敗への不安が絶えずついて回るという、分析者には、肉体的にも精神的にも、間違いなく‘やさしくない’方法です(苦笑)。
分析作業もいよいよ大詰め。さあ、もうひと頑張りするかな・・・
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