No.172 従順な子ジカ
横山 典子
滋賀県の山を歩いているとき、登山道の脇をふとみると、薮も何もないちょっとしたくぼみに子ジカが寝ていた。朝の9時くらいのことである。とりあえず写真を撮りその場を去った。
山頂で仕事をして同じルートを戻った。もういるはずはないだろうと思いつつ、子ジカがいた場所を見ると、寝返りをうったのか、寝ている向きは変わっていたが、まだそこにいた。午後4時くらいである。つまり、7時間はずっとそこにいたことになる。
さわれるかもしれないと思って近寄ると、相変わらずじっとしている。そーっと手を伸ばして頭に触れると、全く逃げる様子もない。ただ、目はぱっちりと開き、徐々に呼吸が速くなり、緊張している感じが私にも伝わった。可哀想かなと思いつつも、私も去りがたく、しばらく触っていた。子ジカの毛は先がクルッと丸まっている感じで、成獣のシカよりもざらっとしていた。
生まれたてのシカは、薮の中でじっとして、危険が去るのを待つ習性がある。親は子ジカから少し離れた所で、警戒声を出し、こちらの気を引きつけ、子ジカに気付かせないようにする。
でも、この子ジカの寝ている場所は薮がなく、かなり開けた場所である。その上、近くに親がいる気配もない。親はどこに行っているのか。この子ジカは親の言いつけを守りすぎやしないか、隠れ場所もないところで触られても逃げないとは。
周辺は、本来隠れるべき薮が一切ない。シカに食べられて植物がないのだ。この子ジカの親世代が薮をなくし、ちょっとしたくぼみにしか隠れることができなくなった子ジカ、皮肉な状況である。
※寝ている子ジカを見ても、親とはぐれていると思って、持ち帰ったりしてはいけません。きっと近くにお母さんがいるはずで、子ジカは親の言いつけを守っているだけです。
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