研究員によるフォトブログ

No.17 立ち食いするシカ

2003年12月02日

濱崎伸一郎
 今年5月、滋賀県でシカの調査をしていたときのこと。林道を車で走っていると斜面を駆け上がる3頭のシカの群れに出くわした。
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最初はこちらを警戒していたが、しばらく車の中でじっとしていると、警戒心が薄らいだのか、あたりで採食し始めた。やや緊張が残っているのか、頭を上げ下げしながら草を食んでいたが、そのうち一頭がおもむろに後ろ足で立ち上がり、広葉樹の若葉を食べ始めた(写真1)。
それも一瞬立ち上がるだけでなく、10秒くらい立ち続けているのである。しばらくすると隣にいたメスも後ろ足で立ち上がり、若葉を食べはじめた。今度は前のメスより垂直に近い角度を保って10数秒間立ったままである。長年シカを調査してきたが、このように長い時間、後ろ足で立ったまま採食するシカを見るのは初めてであった。
 シカのような有蹄類も二足で立ち上がることは珍しいことではない。敵対する相手を威嚇するときや交尾の時などにそのような姿を見ることができる。しかし、多くの場合は一瞬であるか、前足を相手あるいは何かにもたれかけているかのどちらかであり、長い時間後ろ足だけで立つことは稀である。
 シカとは少し違う仲間であるが、アフリカのサバンナには器用に後ろ足で立ったまま採食をする動物がいる。ガゼルの仲間のゲレヌク(gerenuk)がそれである。10数年前、ケニアのサンブル国立保護区(Samburu National Reserve)を訪れた時に数回見るチャンスに恵まれたが、それは見事な立ち食いぶりである(写真2)。
写真ではわからないが、犬でいう”ちんちん”をした状態でうまくバランスを取りながら横にも動いて若芽を食べ続けることができる。ゲレヌクはこの器用な食べ方を獲得することで、サバンナの厳しい環境にうまく適応した動物である。近縁のガゼル類が主として草本を食べる中で、ゲレヌクは他のガゼルの口が届かない灌木の若葉や若芽を主食とし、エサを巡る競合をせずにすむようになった。また、水分を多く含んだ若葉を独占的に食べることで、ほとんど水を飲まないでも生活できることから、より乾燥した環境の中でも生きていくことができるようになったのである。
 私が見た”立ち食いジカ”は、もちろんゲレヌクの立ち食いの芸当には遠く及ばないが、シカの運動能力の高さと新たな環境への適応の可能性の一端を垣間見た気がする。シカの密度が増加し、エサとなる下草がなくなったら、ひょっとすると二本足で立ち、美味そうに木の葉を食べる”進化したシカ”の群れを見ることになるのかもしれない。

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