No.242 近くて遠い
海老原 寛 ある動物園のバードゲージには、カワウやアオサギなど、日本の鳥が多数放たれていた。ちょうど時期だったようで、多くの鳥が営巣している。ふと見ると、ケージの鉄骨の角でカワウとアオサギが突っつき合いのケンカをしていた。だが、お互いの嘴は相手に届くことはない。なぜなら、2羽の間には金網があるからである。そう、アオサギはケージの外にいるのである。ケージの中にサギが多数飼育されているため、野生のサギ達が安全な場所だと勘違いをし、コロニーを形成してしまったようなのだ。雛が孵り、巣立つまで延々と続くであろうこの不毛な戦い…
No.241 クスさん
宇野 浩史 イノシシ痕跡調査の道中、美しい網目状の繭を見つけた。 調べると、クスサンという蛾のものであるそうだ。クスサンは、漢字で樟蚕と書き、その名の通りクスノキなどを好んで食す、ヤママユガ科の一種だ。幼虫はシラガタロウと呼ばれ、クスノキだけでなくクリやクルミ、トチなどに食害を与える害虫として扱われる一方、誰が思いついたのか、その繭糸腺はテグスとして利用されることもあったそうだ。 「クスサン」、「シラガタロウ」という、害虫にしては何となく愛嬌を感じてしまう名称も、現在の主流であるナイロン製の釣糸がまだ手に入りにくか…
No.240 針の穴を通す
岸本 真弓 錯誤捕獲されたクマに麻酔をかけ、檻から出して山に返す。移送放獣という。ハコワナの場合普通は吹き矢を使うが、捕獲檻が脆弱で壊されそうというお話なので、少し遠方から麻酔銃で麻酔をかけることになった。1射目、ちょっと失速し手前の何かに当たりクマに到達せず。その後無事命中し、クマはやがて一時的な眠りについた。 動かなくなったことを確認して、近づくと最初の矢がものの見事にハコワナの針金に刺さっているのがわかった。こんなところに当たる確率は、10cm×7cm格子の3mm径ワイヤーメッシュなら、102/7000(約…
No.239 いにしえ石を発見
姜 兆文 丹沢山地でのシカ調査を終了後、川沿いを歩いて山を降りる途中、写真1に示した石を発見した。この石を見た瞬間、農耕時代の石器ではないかと思った。鋭い三角形の先端部および鋭く磨くために残ったはっきりした稜状線、石全体の滑らかな流線形(写真1)と直角の後部(写真2)。どちらの特徴も、昔、農作業で牛や馬に曳かせた、田起こし用の犂の鍬(写真3)の部分だと思われる。皆さんはこれが人間の手で加工されたものだと思うでしょうか。いつか、考古学者に依頼し、鑑定してもらいたい。 写真1.鋭い先端部と直角な後部 写真2.磨くため残…
No.238 心霊写真の正体
檀上 理沙 サルの性年齢識別研修のため、ある野猿公苑を訪れた時のこと。 突然、サルの横から生首がこちらを見ていた(写真1)。 正体→サル用の餌を求めて現れたシカ(写真2)。 20160502_shinrei3.jpg
No.237 甘い椿
岸本 真弓 椿の花は甘い。花が大きいので蜜もたっぷりだ(写真1)。 冬の間地味な色合いの林を彩ってくれる椿の花も春になると、ポトリと落ちる。 その落ち方が首を切り落とされるようだとのことで、武士には忌まれたと中学の時の英語の教科書に載っていたのを思い出す。 そんな花の落ち方の恩恵にあずかっている動物を映像が捉えた(写真2、写真3)。 シカだ。動画で見るとそこいらに落ちている椿の花をパクパク食べている。 シカの食べるもので甘いものはあまりないように思う。年に一度のデザートの季節なのかもしれない。 20160428…
No.236 天罰でしょうか?
姜 兆文 山のアカマツ林内を夢中で糞塊調査していたときのこと。下を向き、歩きながらシカの糞塊を確認していると、誰かが私の頭を一撃した。 「痛い、イタイ!誰だ!?」 落ち着いて周囲を見回すと、まっすぐ横に伸びた腕と、その先には固く握られた“拳”があった。私の頭を殴ったのは木の“拳”だったのだ(写真1)。 木と木の間隔が広く、歩きやすい林内を心地よく調査していたため、突然のパンチは余計にインパクトがあり、不思議にも思った(写真2)。私は何か悪いことをして、天罰を受けたのだろうか。かえりみても、天罰を受けるようなことをし…
No.235 丹沢
三井 夏紀 本社から徒歩2分プラス階段で、遊歩道に出ます。運動不足、ストレス解消に、朝、長い階段を上り、丹沢を眺め、写真に残します。 事務担当で調査に出ない私は、みんなが調査に出る丹沢がどの辺なのか分かりませんが、そのひととき、調査の無事を願います。 WMOには、調査に出る人だけでなく、事務所でみなさんの帰りを待つ人もいます。 20160422_tanzawa.jpg
No.234 白い花、赤い花。好き? 嫌い?
岸本 真弓 関西分室の玄関脇に立つハクモクレンはもう若葉の季節となったが、京都の日本海側の町に行った時、モクレン(紫木蓮)が満開だった。モクレンとハクモクレンは色が違うだけで同じ種類の植物かと思っていたが、違う種だと調べてわかった(モクレン:Magnolia quinquepeta、ハクモクレン:Magnolia heptapeta)。 春のシカ調査で山を歩くと、シカの忌避植物として我が世の春を謳歌するようなアセビが白花をたわわにつけている。よく見ると、スズランのような釣り鐘型の可憐な花である。色は、房すべてが真…
No.233 冬の山の彩り
岸本 真弓 サルを追いかける山の中で、小鳥の姿に癒やされた。 冬、木々は彩りを落として静かに息づいている。 ウソの桃色の喉はあでやかだ。 あでやかさに嫉妬した人が「ウソ」などという名をつけたのではとさえ思うほどだ。 ジョウビタキのお腹は地味な背景には真紅とさえ見える。 そもそも真紅などという色は何から定められたのか。 空は水色というが、水は透明だ。 色をインプットする際に何を植え付けられているのだろう。 20160119_syashin2.png
No.232 天然盆栽
姜 兆文 9月末、尾瀬沼の周辺を散策した時、歩道の遠く前方に、太い枯れた切り株の上を彩る、華やかで盆栽のような色鮮やかな紅葉の藪を見つけた(写真1)。切株の上に古木のひこばえから成長した「老いた株の上の新芽」が、また長年に渡って蓄積されたほこりと落葉などを由来とする土壌で成長した植物だと思った。距離を縮めて見ると、老いた株の上にはびこる根を発見した(写真2)。株の幹に貼り付いている付着根を辿ってみると、つる性の茎は、地面に達していることが分かった(写真3)。そしてついに、この天然の盆栽の正体がダケカンバの切り株に…
No.231 本人たちが納得しているならば
海老原 寛 アカメガシワは、明るいところになら比較的よく見かける木本である。この植物は、アリを利用して外敵から防衛することで有名である。葉の付け根などに蜜腺があり、その蜜を提供することでアリを呼ぶ。そのついでに、アリは葉を食べる蝶の幼虫などを捕えていくため、結果的に防衛ができるのである。ところで、アカメガシワは「蜜」というコストを払って「防衛」というメリットを得ているにもかかわらず、アリは「蜜」と「幼虫」というメリットを得ただけで、コストを全く払っていない。これも一種の相利共生なのだろうが、不適切ながら私には「ヒモ…
No.230 スズメバチとスズバチ
岸本真弓 スズメバチは私の天敵だ。前回刺された時にかなりの症状が出たので、次はただではすまないだろう。 そんなスズメバチが糞虫を殺すところを見た(写真1)。シカの糞に数匹の糞虫が集まっていた。写真を撮ろうと近づくと、私より早くスズメバチが糞虫にとびかかり、1匹を捕まえた。スズメバチを恐れる私は3mほどさがった。スズメバチはその場でバリバリと音を立て押さえ込んだ糞虫のどこかを噛み砕いている。周りにいた他の糞虫たちは、慌てるでもないが、そそくさといなくなった。十数秒だろうか、数十秒だろうか、噛み砕きを終えたスズメバ…
No.229 暑い夏を乗り切る方法~民家の瓦~
檀上 理沙 毎日厳しい暑さが続いていた2014年8月の朝7時ごろ。 早朝の涼しい風がやみ、徐々に日差しが攻撃的になり始めた時間帯に、ニホンザル♂がとった行動(写真1)。 民家の屋根にへばりつき、夜間のうちに冷やされた瓦で自分の身体を冷やしたかったようだ。 林内の木陰で休むことよりも、人目をはばかることなく屋根の上で大の字になることを選んだ彼は、とても気持ちよさそうな顔つきで寝ていた(写真2)。時より、車から観察する私をチラ見するが、ピクリとも動こうとしないという少しふてぶてしい態度。 人馴れが進んだ地域の加害群では…
No.228 人のこと言えない
海老原 寛 糞を探しながら下ばかり見て山を歩いていると、顔にクモの巣が絡まることが多々ある。調査中に私がわずらわしく感じることランキングでは上位に位置している。それにしても、あのタイプのクモはなぜ巣の中心にいるのだろうか。どこに獲物がかかってもすぐに駆けつけることができるメリットはありそうだが、小さなクモならまだしも、ジョロウグモのような大きさであれば獲物に簡単に気付かれそうなものだ。虫の感覚について詳しいことはわからないが、もう少し注意したらどう?と言ってあげたくなる。と言いつつ、私もまた引っかかっているのだが。…
No.227 石のイノシシを発見!
姜 兆文 シカの糞塊調査ルートで、イノシシの掘った跡がよくあった。イノシシの姿も見えるかなぁーと思いながら調査を続けた。突然、調査ルート上、一つの巨石に私の進路が阻まれた。迂回して通って、背後の巨石を見ると、巨石の根元に隠れたイノシシがと思うような石を発見した(写真1)。皆さん、この石はイノシシだと思いますか。私は見た瞬間、特に頭部と前半身(写真2)、イノシシだと思った。巨石の側面から見ると、本来、イノシシは巨石の一部として、巨石から綺麗に分かれて、薄い石の板になった(写真3)。 地質変遷の長い歴史の中で、何らかの…
No.226 声なき声を聴く
岸本真弓 5月、山を歩いていたら何かが頭にポツンと当たり、落ち葉の重なる地面にカサっと落ちた。見ると長さ1cm直径5mmほどの葉っぱの巻き物だ。とても丁寧に巻いてある。 開いてみる。筒の側面の折り込み方など、かなり精巧な仕事だ。巻きをはずし、綺麗に半分に折られた葉を開くと、中にトビウオの卵のような黄色透明な卵がひとつあった。これは? パソコンで「葉、虫卵、巻物」で検索すると一発で答えがでた。“オトシブミ”だ。名前は聞いたことがあったが、初めて見た。まさに落とし文。中に伝えたいことが書いてありそうだが、いくら開い…
No.225 ブレーメンのカキもぎ隊
檀上 理沙 ※合成ではありません。 サルの群れを追跡していたときの一コマ。 民家脇にあるカキの木を狙うサルたちを記録するためシャッターを切った瞬間、私は叫んだ。『ブレーメンッ♡』 グリム童話の一編「ブレーメンの音楽隊」には、ロバ・イヌ・ネコ・ニワトリが団結して縦に連なり、家の中にいる泥棒たちを脅かしてごちそうを奪いとるシーンがある。 今回は、この偶然撮影できた1枚の写真に私が釘付けになっている合間に、まんまと彼らはカキをゲットし、そそくさと逃げて行った。 (写っていませんが、写真左横にカキの木があります…
No.224 両立の大変さ
海老原 寛 山を歩いていると、伐採地に出た。そこには一面に草本が広がっていたのだが、ほとんどがダンドボロギクであった。ダンドボロギクは外来種であると同時に、シカの不嗜好性植物として知られている。今後、スギやヒノキなどの人工林を広葉樹林に変えていく取り組みがおこなわれていくだろうが、伐採後に芽を出した日本原産の草本はシカに食べられ、代わりに外来の不嗜好性植物が広がる光景が増えていってしまうのか。頭で予想はしていても、実際に目にするととても残念な気持ちになる。 20150810_ryouritsu.jpg
No.223 山のベンチ
岸本真弓 ある山の小さな鞍部を通り過ぎようとしてふと見ると、ハシゴのようなものが見えた(写真1)。近づいてみると、苔生したベンチがあった。鞍部を見通すような位置に設えられたベンチ。旅人の休憩所か、山の精たちの語らい場か。。。 夢を壊してしまうが、種明かしは写真3。山越え旧道の欄干である。下に現在の車道が見える。いつの時代のものか分からないが、現代のガードレールのようなものか。時を経て、土は削られ、緑の絨毯をまとい、鞍部を渡る動物たちの観覧席になったようだ。 20150804_yamanobenchi.jpg